第17話

初秋


夏の終わりが近いとは思えないのに、空には赤蜻蛉が沢山飛んで、庭木の間からひぐらしの声が聞きこえてくる。

暑い夏ではあったけど、夕立も度々あったので野菜たち葉を元気に広げている。

何かを栽培し始めると、日照りや長雨に一喜一憂する。天気予報の見方も変わった。

ダムや水道施設が無かった昔の人が、雨乞いをしたくなる気持ちが分かる気がする。


変わったと言えば、僕は近頃よく思ったことを口にするようになったらしい。それと言うのも編集の乾山さんと打ち合わせをしていたら、

「近頃なんだか楽しそうですね。」と言われて

「?」を貼り付けた顔で相手を見つめていると、乾山さんは

「あはは、いやぁ前は何か提案をすると、必ず自分の中に一度ドボンと浸かって、答えを出してから話し始めていたから、こちらに疑問を投げかけたり、答えを頂くために結構待っていた記憶が有るんですけど、近頃はなんていうのかなぁ言葉のキャッチボールのレスポンスが良くなったから。

勿論考えて無いってわけじゃないんですよ。会話を楽しんでらっしゃる感じが伝わってくるんです。

前は答えは、いつも自分の中にあるって思っていたんじゃないですか?今は会話の中から導き出そうとしているそんな感じです。うん。」

そう結んで、どうですか?という目線を送ってきたからだ。

その時、そうかなぁと前の自分に戻ったように沈考してしまったので、大いに笑われたというオチが付いたのだけれど。


確かに仕事を辞めてから、お喋りになったのかもしれ無い。イヤ東所沢に住むようになってからは、前に比べたら格段に自分の気持ちを言ってしまうようになったと思う。

そして、言葉に出してみると自分の考えが形を成していくことも今更ながら覚えた。同じ様に頭の中でも考えてもいるのに、どうして言葉に出すと明確になっていくのだろう不思議だ。


そう言えば、この間バーベキューをした時も瀨在君が、

「社長なんだか明るくなりましたね。色黒にもなって、此処の水が合うんですね。話しやすくなった。」とも言われた。立場が変わって僕だけじゃなく瀨在君の感覚も変わったんだろうけど。

水森さんにも

「まさか社長が畑仕事してるなんて思いもよりませんでした。」と驚ろきながら

「眉間の皺取れたみたいですよ。前は1人で全部抱えているって感じで、お手伝い出来ないこちらが情け無いってよく思っていたので、日焼けし元気にされているのでホッとしました。」って笑っていたな。

東所沢に住み始めたことで、僕に変化があった事は間違いない。


バーベキューに来た前澤君の同期達は、会社を30人規模に大きくする時に入社してくれ、その後各部署で肝となって働いてくれた精鋭揃いだ。

キャピキャピして若く見える佐藤さんだって、人事部門で課長を務め、平均年齢も若くてどうしても弛みがちな社内の規律をピリッと締めてくれていた。

出来立ての会社の就業規則を取りまとめていくのは結構大変な事だったろう。

そんな佐藤さんも、青空の下では伸び伸びと笑ってバーベキューを頬張っているのを見ると、他社に転職したと聞いてはいたが、元気にやっているんだろうとホッとした。


思いの外楽しかったホームパーティのお礼を前澤君にすると、その返信に胃の腑が重苦しくなった。


「先日は大勢で押し掛けてスミマセンでした。まさかあの様な郊外で隠居生活を満喫しているとは思いもよりませんでした。

まだお若い新木田さんが、そのように燻っているのを見るのは忍びないです。

今、一つのプロジェクトが進行中です。我が社へとは言えませんが、そこに携わる企業の方とお会いになってみられませんか。

先方は是非にと仰っております。

色良い返事をお待ちしています。」

僕は燻っているのだろうか。

そう見えるのか。

それよりも、先方の意向が先に出されている事に不快を感じる。

相変わらずの推しの強さだな。

さて、どう断ろうか。


そんな事を考えながら、コンビニから帰ってくると堀川さんが茗荷を採る所に居合わせ、お昼を一緒にする事になった。

大家さんの家へ行くと、チーさんやキャプテンも来ていて、秋の味覚溢れる賑やかなランチになった。

そこで何故か、僕は料理を習う羽目になる。

イヤ、羽目になるなんて言ったら粕谷さんに叱られるな。粕谷さんは、僕の体のことを思って料理を教えてくださると言うのだから。

料理をするようになったら、それもやっぱりこの自然豊かな此処で堀川さんに出会ったお陰と言えるんだろうな。と前澤君の申し出に落ちた気持ちを拭う様に、ちょっとワクワクしながら調理道具をネットで調べ始めた。

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