第18話
落ち葉
「秋深し、隣は何をする人ぞ」
昔のカルタの語句かな?俳句?
パッと頭に浮かぶのは、4コマ漫画の「より抜きサザエさん」で、この歌を波平さんだったような気がするけど、口ずさむと隣でスリをしていた人が、ギョッととして止めるという一コマだ。
私の記憶は、時々こんなふ風にフラッシュバックして、画像として頭の中に浮かぶ。それが人と違うのかはよく分からないけれど、頭の中に夢に見た風景や昔行った場所、特に印象的でも無かったドラマの一コマが思いがけずパッと浮かぶ時がある。
何かスイッチになることが起きたのかもしれないけれど、特に繋がる事項がない事が殆どだ。料理をしている時、掃除をしながら、仕事でパソコンに向かっていたり買い物している時など、ところ構わず頭に何処かの風景が浮かんでくる。だからといって、別に仕事が疎かになったり、運転をミスするほど鮮明でもなければ、持続的でも無い。
みんなそうなんだと思っていたけど、違うのかもしれない。何かを見て音楽が頭に流れ出すというのは聞いたことが有るから、それが私の場合は景色って事なのかなくらいに思っている。検証するのは、変に怖いのでやめておく。
なんでそんなことを考えたかというと、この間友達の奈央ちゃんと会った時、美味しいパン屋が九段下に有るんだよと道順を教えていて、行き方をどうやって覚えているかって話になった。
私は、行ったことのあるところなら、見たままの風景を辿って覚えているし、教える時もその風景を思い出しながら道順を言って行く。
「市ヶ谷から行くなら、JRの改札を出てみずほ銀行側に渡って、更に向かい側の三菱の方へ行く。そうだ今は角には三菱じゃ無くなっちゃったけど、靖国通りに沿ってを少し行くと三菱あるからそっちへ向かう。
桜並木の歩道をしばらく歩いて、郵便局の前も通り越して、ゴンドラっていう老舗の洋菓子屋さんも通り越した先に靖国神社が右手に見えてきた辺りの右側に「ファクトリー」って小さなパン屋さんがビルの一階に有るから、そこのベーグルを是非買って。もしチョコレートベーグルが有ったら必ずゲットして。」とそこまで自分が歩いている風景を思い浮かべながら、勿論factoryのふっくらと艶やかなベーグルも頭に浮かべながら説明する。
でも、奈央ちゃんは道を覚えたり説明する時そんな風にはしないって言って、
「だから余計な情報が多いんだね。変なの。」って言われてしまった。じゃあどうやってって覚えたり思い出したりするのと聞くと。
「普通に地図みたいに靖国通りを九段に向かって真っ直ぐ行って7.8分歩いたら右側って感じよ。」
「普通なんだ。」
「そうよ。」
「ふーん。」
そうなんだぁ、普通じゃ無いんだ。
風景のフラッシュバックも、もしかしたら「普通」じゃ無いのかな?って思い始めたのだった。
でも、何が普通で一般的かなんて、統計取ってみなきゃ分かんないしねと。そんな事は、学者に委ねたらイイよねと、ちょっと拗ねながら思った。
庭木が色づき、秋を感じる。
乾いた空気、色の薄くなった高い空、赤や黄色の葉っぱたち。
ガサガサガサガサ、落ち葉を集める時の箒の音にも秋を感じる。
新木田君サンキュー。言わなくても近頃は庭の手入れをよくやってくれる。
コンポストに集めた落ち葉をを入れておけば良い腐葉土になる。背の高い広葉樹に囲まれた我が家は、コレが結構毎日の重労働なので、本当に助かる。
今日は、約束したわけでは無いが料理教室ということにするかな、などと考えて作業を見ていたら、フッと視線を感じたのか新木田君が振り向いた。
いつもながらのイケメン君は、ニコッと笑って手招きをする。
「堀川さんも手伝って下さい。」
私は、ピラピラと手を振って
「今からお昼ご飯の準備するから勘弁して〜目処ついたらこっち来て。」と今日は料理教室ですよとそれとなく言う。
「そういうことなら、仕方ないですね。」と腕で丸を作って、作業に戻っで行った。
「今日は何ですか?」
こざっぱりと着替えて来た新木田君は手を洗いながら、材料を確認する。
「ピロシキが食べたくなったのよ。好き?」
「あのロシアのですか?」
「そうそう。」
「ピロシキって味は色々あるんですか?前に渋谷のロゴスキーのを食べた時は美味しいって思いましたけど。」
「よく知らないけど、日本のレストランで出てくるのは大体似てるよね。ひき肉と春雨が入っている揚げパン的な感じ。」
「家でも作れますかね?」
「どうでしょうねぇ〜。」
と言って、ネットで検索した材料を一揃えシンクの上に並べた。
パン生地は今朝パン焼き器きで一時発酵まで終わらせたのを冷蔵庫に入れて低温で二次発酵させてある。
具材を炒めたり、生地を捏ねて伸ばしたりをネット検索しながら、これはお料理教室では無いよなと思う。
教室と言うならば、教える方と教えられる方がいてこそ、そう呼んで良いはずだ。じゃあコレは何だろ?
あっそうか、今日もだけど粕谷婦人先生が居ないから、自主練ってことねとかと納得してピロシキを揚げるか焼くかで大いに揉めてみる。
やはり初めてなら、伝統製法なんじゃ無い?と言うところに落ち着いて揚げたけど、2人なのに沢山出来過ぎたので後で粕谷婦人とチーさん達に持って行くことにして、熱々をロシアンティーと共に頬張る。
揚げたてはカリッとモチモチで具にたどり着く前でさえ美味しい。
「揚げて正解でしたね。餃子でもおまんじゅうでも、やっぱり皮が良いのが、格段に美味しくなりますよね。」と普段から私が思っていることを新木田君が代弁してくれる。
「やっぱりぃ、私もいつもそう思ってるのよ。だからさ、台湾の中華饅頭は皮が厚くてふわふわで、コンビニのおまんじゅうでも美味しいのよ。行ったら食べてみてね。」
「へぇ、そうなんだ。それだけでも行ってみたくなりますね。」
「それだけでは、台湾は勿体ないよ。何気なく入った店のお粥とか小籠包がさりげなくめっちゃ美味しいんだから。話してたらまた行きたくなっちゃったなぁ。」
「今度皆んなで行きましょう。」
「良いね楽しそう。」
ピロシキなのに、何故か台湾の話で盛り上がる。
ロシアンティーは、紅茶に苺ジャムを入れて飲むもので、苦手な人も多い。私は何故か小学生の時に漫画にマーマレードを入れると書いてあったので、ずっとそれがロシアンティーだと信じていた。
今でもちょっと甘酸っぱくて苦味の有るマーマレードを入れるのを好んで飲む。今日もそうしてみた。
「あっ。」と声を上げてレシピを出していたパソコンがら目を上げて新木田君がニヤリとする。
「何なに?」
「どうやらロシアンティーは、ジャムを入れるのではなくて、ジャムを舐めながら紅茶を飲むらしいですよ。ウクライナとかでは入れて飲むこともあるみたいですけど。」
「えぇ、イチゴジャムを入れるのも正統なロシアンティーじゃないなら、私が飲んでるマーマレードティーは何者何だろうね?」と2人で笑った。
そうやって作れるご飯のレパートリーが増えるだけでなく、変な知識も増えていく料理教室は、私にとって生活の一部になりつつある。
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