第20話
帰路に思う
私の今横に座っているのは、一体何者なんだろう。
長崎からの帰りの飛行機の中でふと考える。
いつの間にか家族の様にこうして旅行まで一緒に行く事になった。
一緒に居ると楽しくて、知識が増えたり知らなかった自分の側面を発見出来たりする。
お互い独身同士の男女だし、一回りも歳下の彼氏がいる事も昨今珍しい訳でもない。
だから、よく恋人?恋愛関係?そんなに気が合うなら付き合っちゃえば良いじゃんと勧められたりするけれど、何で?って思う。
男女だからって、気が合うなら付き合わなきゃいけないんだろうか?
「だって大家と店子が、旅行行ったりしないよ。」と言う輩も多い。確かにレアケースかもしれない。しかしだ、しかしだよ、いいじゃない気が合うんだし、一緒にいて楽しいんだから、恋人じゃなくたって。
それに、恋愛感情は申し訳ないけど湧き上がってこない。こんなにイケメン君で感じが良くて、気が合うんだけど、なんか違うんだよな。
甥っ子の豪太に対する感情に近いけど、それも違う。
家族の様で家族ならではのわだかまりや、責任みたいなものが無いところが、楽なのだ。
共有する趣味で繋がっている感じと間違って、お互いが独立している。
この距離感がかなり気に入っている。
もしかしたら、男女だからの距離感なのかな?人と人?どちらにしても、この関係を表す言葉を私は持ち合わせていない。
そしてその距離感を壊す気も無い。
それに、今はこんな風に共有できる時間が永遠に続く様に感じるけれど、時が経って見返してみたらほんの一瞬のことなんだろうと、経験値として知っている。
新木田君はもう少ししたらきっと母屋を出て行くだろう。
それまでの短い時間だからこそ、他の誰かの価値観で不自由になるのは御免だ。外野のご意見はうっちゃって、只楽しもう。
五島列島では、豪太がリサーチしている間に教会を軸に新木田君と2人で観光をした。ヨーロッパのそれと比べると小さくて質素な建物は、人々の思いが直に響いてくる様だった。
私は、特に熱心に信仰しているものがないからか、多くの日本人と同様に神社にもお寺にも気兼ねなく手を合わす事ができる。
どんな信仰でも、根底にあるのは世の中の安寧と家族の平和だ。
古い建物の造りにそういう思いが詰まる為なのか、質素でも小さくても美しい。
青い空と潮の香りが、その佇まいをさらに清らかにしている様だ。
島の文化は、どこでも独特な発展がある様だけれど、それは研究者達に任せて、私は写真を撮りスケッチをして、美味しいものが食べられる店を探す。
豪太の目論み通り、学生の財布じゃ泊まらないホテルに泊まり、郷土料理をたらふく食べた。たった3日の駆け足のツアーだったが、本当に来て良かった。
潮風に吹かれながら旅に出てから何度となくそう思った。
帰りのフェリーに向かいながら、
「来て良かったね。」と新木田君に話しかけると、やけに真剣に
「はい。」と答える。
私はいつものように、あの教会の良いところ。あそこの食堂のおばさんの話し方。お土産は長崎に着いてから買う時間有るかしら?と脈略なくペラペラと話しかける。いつもならそれに、そこまで真面目に答えなくてもいいんだよと言いたくなる位丁寧に応えてくれるのに、新木田君は私の話を右から左へ聞き流しながら生返事をする。
私は、ただ話したいだけで、返事を期待していないからそんな様子に気づきもしなかったけど、後ろから豪太が、
「どうしたの?アラッキー。いっちゃんの話にもう辟易しちゃった?」と笑いながら言う。
「えーそうなの?ゴメンゴメン。喋り過ぎたぁ?」
「あっ。いやそうじゃなくて。えっと、ごめんなさい。話しが頭に入っていかないんです。」
とヘドモドと青い顔で言う。
豪太と目を合わせて、なんか変だねと無言の会話をすると、
「あっ!そうか」と手を打って
「いっちゃん、酔い止めの薬出して出して。」と豪太が早く早くと急かす。
「そっか、そっかそうだった。ちょっと待ってよぉ。」
と乗船場の入り口に立ち止まって、リュックから薬を出す。
「忘れてた忘れてた。
さぁコレ飲んどけば大丈夫だからさ。」とニヤニヤして薬を手渡すと、
「スミマセンありがとうございます。」と律儀に頭を下げてからペットボトルの水で薬を飲み下した新木田君は、いつもよりグッと若く見えた。本来の年頃らしいのかもしれない。
新木田君でも苦手なものが有ると思うと、ちょっといい気分だ。
これは意地悪じゃなくて、完璧さは人に恐怖を与えさえするから、長所の発見だということにしておこう。
帰りのフェリーでも豪太はグーグーと気持ち良さげに秒速で寝入り、それを羨ましそうに、顔を青くしながら新木田君もどうにかやり過ごしてた。そして長崎空港で、豪太と別れて羽田を目指す飛行機の中で隣でうたた寝をする新木田を見て、飛行機は平気なんだねとつまらぬ事を考えながら、いつまでうちの店子でいるかな?そんな事を思っていた。
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