第8話

新しい生活


若きイケメンの新木田君とのランチタイムは、次から次に揚がってくる串揚げのお陰で。話題に欠くことがなかった。

久しぶりに来たはん亭の串揚げを幾つか食べると、新木田君と味の好みが似ているのに気付いて、似ているのは「らっきょ嫌い」だけじゃ無いのねと思った。

最後に追加に頼んでくれた2品はどちらもナイスチョイスで、嬉しくなった。

食事は、味覚や金銭感覚が近い人と食べる方がより楽しい時間が過ごせる。

いくら素敵な店で食べてもオドオドと物怖じしていては味は半減しちゃうし、ガブガブ立ち食いが美味しい焼き鳥屋で気取ってかおちょぼ口で食べていたって美味しくない。

それを考えたら新木田君は感覚が近いのかもしれない。まぁ、目上に合わせる感覚をお持ちなのかもしれないけど。


ご飯の支払いをする時は笑ってしまった。

若い男の子があんなに固辞するなんて考えていなかったから、こっちも引き下がれなくなって、おばちゃんのやりとりそのものになってしまった。

うんと年下にご馳走になるなんて、私達のお年頃には無い感覚だ。

どっちのお財布が分厚いのかの問題ではなくて、単純に上の者がご馳走するって刷り込まれている。

だからご馳走になってしまった分を、挽回させてくれる機会を与えてくれた新木田君に感謝だ。


青年とデートの様に谷中を散策している事実が、おばさんの足取りを軽くする。

抜群にハンサムで礼儀正しいし、話しやすい人とお出掛ける機会は滅多にないよね。今日は満喫してしまおう。


さっきバスに乗った時におっちゃんが話しかけて来た。こういうノリは大好きだ。

根津神社の躑躅祭りの話を暫くすると、やっぱり世の中それほど捨てたもんじゃ無いなぁなんて思っちゃう。

都会はギスギスしているっていうけど、そうでも無い事だって多々あるのよ。と言いたいけど、悪い人も沢山いるから大きな声では言えない。

気を付けてぇ〜って叫んで若い子が怪しい客引きに連れて行かれるのを手を引っ張って救い出したい場面だって、そりゃ度々遭遇するからね。


でも、今日みたいに知らないおっちゃんが楽しく話してくれると嬉しくなっちゃうんだ。もう私だって結構いいおばさんなんだから、若い子に、気楽に話しかけても良いのかななんて思うけど、何故かまだそう出来ない。なんだろう。まだ気取りが有るのかな?ご迷惑かしらってつい思っちゃう。


滝があるのは須藤公園と教えてもらったので、安田楠雄邸の後に地図を見ながら行ってみる事にする。

住宅地に囲まれた山のヘリの公園に滝がある。崖と言ってもイイのかな?

その須藤公園の滝の上の辺りはお屋敷街でため息が出るほど素晴らしい邸宅が建ち並んでいる。

昔から有る武家屋敷の様なお宅も、新しい雰囲気のお家も素晴らしく豪奢なお宅が多い。山手ってこう言うことかしら?


屋敷内の見学は勿論出来ないけれど、建物好きの散歩には楽しい地域だ。大森の山の上にもそう言えばそんな感じだったな。今度久しぶりに行ってみようっと。


それにしても今日は、お土産までアレコレ買ってしまって親戚のおばさんさながらだったと後になって思った。ちょっと反省。

もしかしたら、はしゃいでる変なおばさんって思っているかもしれない。


はしゃいでいる様になったのは、行きたかった安田邸の枝垂れ桜を見られたりお茶飲んだりしている時に、甥っ子と一緒にいる様な感覚に陥ったからなのか。

いや、ちょっと違うな。

彼は博識でいろんな話をしてくれた。藍染川の事、上野の山の歴史谷中に寺が多い理由。

どれも会話の補足という感じにさらりと挟んでくる知識の広さに、実は凄く感心していた。

それなのにひけらかす訳でも無くみなさんご存知の通りっていう佇まいで、押し付けがましくない。

「よく知ってるね」とビックリすると

「本からの受け売りです。」と照れ臭そうにする。

お育ちがとても良いと言うのが、初めから私の印象なんだけど、それに今日は太鼓判を押したって感じ。

私は知らない話を沢山してくれる人がとにかく好きだ。

新木田君は私の好きな人分類に所属すると言うことに気付いたんだね、だからちょっとはしゃいでしまったんだろう。

若い男の子だったからっていうのもプラス要因でしょ!と自分にツッコミを入れる。

ハイハイそうです。さらにイケメンだしね。


とにかく、ちょっとした反省は有るけれど今日は楽しい1日だった事は間違いない。

そんな事をチョコレートケーキを頬張りながら考えた。

本当に店子になるのかなあ?

そうなったら、楽しそうだけど今日みたいな調子でハイにならずに距離感を保つ様にしなきゃなと、先走って思う。

アハハまだ浮かれてんな。

苦目に淹れたコーヒーを戒めの様にガブリと飲んだ。


そして、5月の連休が明けて世の中が平常に戻った水曜日、4tトラックが我が家の前に横付けにされる。

母屋の玄関や窓を開けて風通しをして待っていた私の前に、新木田君がやって来て、

「今日からお世話になります。」

と、誰をもとろかす爽やかな笑顔で挨拶をした。

「はい、宜しくお願いします。」

ちょっと母親の様な気分になって、よく出来ました。と誉めたくなったけど、イヤイヤイヤと我慢して、こぐ当たり前の返答をした。

そんな風に隣に家族じゃない人が住む大家生活が始まる。

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