第31話

大騒ぎ


「きよしこの夜」が聞こえてくると、必ず僕の頭の中に浮かぶ光景が有る。それは、幼稚園の頃のクリスマス会の舞台の上だ。今も子供達の可愛らしい歌声を聞きながら、あの舞台の上の景色が目の前に広がっている。

そう言えば、音や匂いに触発されて、忘れていた様な場所や夢で見た光景がフラッシュバックみたいに頭の中に浮かぶ事がよくある。皆んなそうなんだろうか?


今何故僕達が、幼稚園の講堂で子供達の歌声を聞く事になったのかというと、モロさんを粕谷夫人のクリスマスパーティーにお招きする為に啄木鳥に行った時、

「せっかくなので、チーさんにサンタクロースをやってもらう事にしました。」と告げると、モロさんは手を打って、

「そりゃいい。毎年俺が出ている楓幼稚園のサンタもやってもらおう。」と言ったのだ。

楓幼稚園は、モロさんが土地を貸している幼稚園で、毎年クリスマス会の時にサンタ役を買って出てるらしいのだ。

しかし今年は、腰の具合が悪くて子供達にタックルを喰らったらかなりまずいと危惧していたところに、この話が転がり込んで来たと言う訳だ。同日開催というのも運命的だ



そんな訳で僕らは、子供達の歌を聴いた後に、楓幼稚園の舞台の上でボール紙で作った三角の帽子を被って手には鈴を持って、「あわてんぼうのサンタクロース」を歌っているのだ。

ピアノは粕谷夫人。キャプテンはアフリカっぽい太鼓を、そしてモロさんはバンジョーを肩から下げて掻き鳴らしている。


歌が終わると、チーさんは「ウォッホッホッ」とすっかりサンタになり切って笑い声をあげると、袋の中に手を入れて何かをばら撒き始める。

イヤイヤ、チーさん豆まきじゃ無いですよ。と言いたかったが後の祭りだ。

子供達は、きゃーきゃー言いながら我先にとチーさんの手から放たれた小さな袋を手に取る。

今時だから、アレルギーのある子もいるのでお菓子はNGなんだけど大丈夫だろうか?

僕も膝を折って近くに飛んできた袋を一つ取り上げた。

袋の中には、小さな猿ボボが入っていた。

「コレは子供を守るお守りだから、カバンなどに付けておいてね。」とよく通る声でチーサンタは言った。

子供達は、お菓子じゃないのかど残念そうにしながらも

「はーい。」と大きな声で返事をしている。


一次会の幼稚園イベントを終えて、皆んなで僕のウチに向かう時もチーさんはご機嫌で、会う人会う人に袋から「猿ボボ」を手渡していた。

「猿ボボ」奥さんの手作りで、子供達にあげて欲しいという奥さんのリクエストに応えて撒いたらしい。一人一人に手渡さないところがチーさんらしい。


玄関の所に寒そうに、背の高い若者が立っている。

「ゴメン待たせたね。」そう声をかけると

「日にち間違えたかと思いましたよ。皆んなでどこ行ってたんすか?」と豪太君が不満そうに返す。

「幼稚園へ興行に行ってたのさ、チーサンタ御一行で。」

豪太君は整った眉の片尻をクイっと上げて、曖昧に頷く。


その後ウチでのクリスマス会は、チーさんの詩吟、キャプテンのカンツォーネ、モロさんの手品と余興が盛り沢山で、大いに飲んで盛り上がった。僕にもお鉢が回ってきたので、昔取った杵柄でウケもしない駒回しをちょっとやってすぐにビンゴに移行した。みんなそれぞれに景品を手にして和やかに笑っている。

夏のバーベキュー以来の大人数だったが、あの時よりずっとリラックスして楽しめた。

チーさんの奥さんも、後からばら寿司を持って来てくれて粕谷夫人と料理談義で盛り上がっている。

粕谷氏がキャプテンやモロさんチーさん、そして僕にまで近くに来て

「ありがとう」と頭を下げて回るので

「お互い様ですから、お気になさらず今日は楽しみましょう。」と言うとキャプテンが、

「そうさ、いつ何時自分に降りかかってくるか分からない事だからな。俺にもそんな時が来たら、言ってくれ頼むよ。」と粕谷氏の肩をポンポンと叩いた。


昔は、『遠くの親戚より近くの他人』と言ったそうだが、初めて実感として理解した気がする。そうか、普段から接していれば様子がおかしかったらすぐ気付くしな。すぐに助けてほしくても、遠くにいたらなかなか頼めなかったりする事も、近くなら頼みやすい事もあるもんな。なるほど。などと考えていると

「何考えてんの?」と豪太君が隣に来て声を掛けてくれるまで、また1人でぼんやりしていたみたいだ。


豪太君に楽しめてる?と聞くと、おっさん達がクリスマスで浮かれてるのを見るのは楽しいよと、なかなかの毒舌で答えてくれる。

「来ないかと思ったよ。」

「うん、まぁちょっと報告もあったし、今年はいっちゃんに結構お世話になったからプレゼント持って来たかったしさ。」と照れている。

ニヤニヤしてしまう。

「ハイ。」と豪太君に用意していたヴィヴィアンのカードフォルダーを渡す。

「えっイイの?」

「アウトレットのだよ、近頃何でもiDが要るだろ。」

「サンキュー」と年相応の笑顔を見せてくれる。

何か話したそうだけど、それはお酒が抜けた後にしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る