第37話

春は花の思い出


三寒四温とは良く言ったもんで、この前雪が降ったかと思ったら、今日は日差しが強く上着を2枚も脱いでロンT1枚で掃除をする。

それでも汗をかいて、こんなに急ぐと桜咲いちゃうなぁと卒業式や入学式の心配をする。特に知り合いに式に出る子がいる訳では無いけれど。

蝋梅も梅も木蓮も一気に咲いて、ふんわり梅の香りがどこからともなく漂ってくる。

今年は、村井さんのところの梅は実をつけてくれるだろうか。

実りには当たり年と言うのか、よく生る年とそうで無い年がある。

椎の実などは動物の繁殖を抑える為に2年に1度しかならないと聞いた事もある。本当なのかな?

まぁ確かにネズミが増えすぎるのはちょっと困る。

去年は、梅があまり実らなかったと村井さんがぼやいていて、それでも

「はい、今年のは大きいよ。おばあちゃん好きだったろ。」と毎年作っている梅干しをお供えしてと持って来てくれた。ぽったりと重みのある梅干しは、昔ながらの酸っぱさと塩加減で梅キュウにすると格別だ。

鰯の梅肉煮やおにぎりも無論美味しい。

ウチの花桃も芽が膨らんで、開花を待ちきれないと言わんばかりだ。

梅も桃も同じバラ科だから、虫がついて枯れてしまうかもと心配したけれど、どうやら大丈夫そうだ。ピンクと白を隣に植えているせいか、ところどころに混ざった花がつく。お祖母さんはわざとそうしたのだろうか。以前から花桃が咲く季節は、よくお祖母さんを思い出す。亡くなってからは余計にそう思う。


書道家だったお祖母さんは、私が車の免許を取ると仕事で出掛ける時には、よく乗せてってと電話をかけてきた。

車のローンの頭金を出してくれていたので、外せない用事がない限り運転手をやるようにしていた。

お祖母さんは、講演やお寺やお店の扁額を頼まれる事もあり、地方へ行くのもしばしばで、飛行機や新幹線を使わない時が私の出番だった。

打ち合わせもそこそこに、その土地の美味しい物や観光名所に行くのを彼女は楽しみにしていた。

「帰る時にね、ほらお弟子さんとか、依頼主さんがすぐ駅まで送ってくれちゃうのよ。勿論美味しい料理屋に連れて行ってくれることもあるけど、その後は駅なのさ。つまんないだろ。」と車の中で私が免許を取ってくれて助かったよ話してくれたことがあった。

「お父さんに頼めなかったの?」と聞くと、

「あの子は約束したって気の赴くまでだろ。おじいさんと一緒でさ。だから当てにしてると仕事に穴を空けてしまうからね。」

と朗らかに笑った。

お祖母さんは、自分の息子のそういうところを気に入っているのだ。

ウチの父は、写真家でいつも何処かを飛び回っている。近頃は日本にいたことが無い。さすがにお祖母さんが、具合の悪くなってからお葬式まではコチラにいたけれど、それでも一週間と家に留まることはなくここぞとばかりに日本中を飛び回っていた。その分元々お祖母さんのお弟子であった母がお祖母さんとの時間を大事にしていたな。


そんな事を思っていたら、何かとてつもなく寂しいような懐かしいような気持ちになって、今日は車で出掛けることにした。


この間は、新木田君と青梅に行ったから、今日は海の方角にしよう。

ことのほか青梅のミニドライブは楽しかった。

ちょっとした驚き。1人だと気後れしてやめてしまう境内の奥へ入って行ったり、お店の人に声を掛けたりも出来た。

それに、いつも思うことだけど、食のタイミングと重きを置くところが似ているので、食べる楽しみが存分に味わえるのだ。

そう思いながら、日帰り温泉にでも入るかもと荷物を準備していると、玄関の呼び鈴がチリリンと鳴った。

「誰だろ?」

扉を開けると、そこには新木田君が、重たそうなビニール袋を手に立っていた。


「今日料理教室ですよね?」とキョトンとしている私に声を掛けて、不安そうにしている。

そうだった。一つを思うと一つ忘れるそんなお年頃だ。

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