第27話
役者が揃う
カタカタと薬缶が鳴って、シューっと湯気が噴き出す。
一度温めるために、陶器のポットにお湯を注いでからそれをカップに注いでいく。
ポットのお湯を空にして、茶葉を人数よりひと匙多く入れる。
何故ひと匙多く入れるんですかと前に粕谷夫人に聞いた時、
「あぁ昔にね、うふふ、そう大昔に小学校の図書室で[すてきなあなたに]っていう本を読んだ時にそう書いてあったのよ。」と気恥ずかしそうに教えてくれた。
それは、暮らしの手帖の単行本らしいから、小学生の粕谷夫人はなかなかのオマセさんだったのだろう。
ロシアンティーの時も思ったけれど、本は僕たちにいろんな足跡を残す。特にまだ真っさらな小さな時なら尚更だ。だから大人が、必死になって有害図書を子供に見せない運動をしているのを何でだろうと思っていたけれど、今の歳になると成程と膝を打つ。
茶葉が開いて良い色になった紅茶を温めたカップに注いでいる時に、チーさん達が、ドヤドヤとやって来た。
「おぉ、良い匂いだな。」とキャプテンが嬉しそうに言ったのは、スイートポテトなのか、紅茶の香りなのか?
そしてしんがりに、僕の知らないキャプテン位のお年頃のお洒落な帽子を被った方も上がって来た。
「そこでバッタリ会ったもんだから連れて来たよ。良かったろ?」と堀川さんに同意を求める。
「えっ、あっはい。こちらは?」とまるで初めて会う様な顔で堀川さんは、キャプテンに訊ねる。
「アラ、モロさん。」と言ったのは粕谷夫人で、師岡さんよと僕達に紹介してくれる。2人は此処で堀川さんのお祖母さんにお習字を習っていた生徒さん同士なのだそうだ。
これで役者が揃った。
「すっかりご無沙汰しちゃって、どうも。粕谷さんは元気だったかい?一周忌に線香上げさせてもらおうと、ずっと思ってたんだけど、中々機会作れなくてさ。もうそろそろ三回忌になるかね。今さっき楪さんとバッタリ会ったらここに来るってんで、ならば一緒にってさ、ずうずうしくてご迷惑じゃなかったかね?」と最後は堀川さんに向かって訊ねた。
「全然、大丈夫ですよ。お祖母さん達も喜ぶと思います。どうぞこちらへ。」と堀川さんは、御祖父母の写真が飾られているチェストの方へ案内する。
部屋の中に白檀の香りが、ふんわりと漂う。
皆んなが、ダイニングテーブルに落ち着いて思い思いにフォークを動かしながら、「美味い」「旨い」と舌鼓を打ちながらどうやって作るのか、どれくらい時間が掛かるのかとかを聞いてたので、粕谷夫人はうれしそうに大まかな手順を話す。チーさんはよっぽど気に入ったのか、うちのカミさんにも教えてやってくれよなどと頼んでいる。
本当に滑らかで口触りも良く、雑味のないお芋本来の甘さと香りがあってすごく美味しかった。
手間をかけるとこんなに美味しくなるんだなぁと感心する。
そうやって雑談をしながら暫く話をしていると、
「どうですか、近頃書いてますか?」モロさんが筆を持つ手付きで、隣り合わせた粕谷夫人に話かけた。
他のみんなは、聞かないふりで会話を続けていたけれど、若干声が小さくなる。堀川さんは、かなり緊張しているみたいで、急に動きがギクシャクしたので、もう少しで吹き出しそうになった。危ない危ない、このお膳立てが全てご破算になるところだ。そんな僕らの様子は、上手い具合に目に入らなかったようで、粕谷夫人はモロさんの質問に、
「そうね、ご祝儀袋に名前を書く時くらいしか筆を出さなくなっちゃったわ。モロさんは書いているの?」
「まぁ、時折ね。他の皆さんに会う時あるかい?」
「ええ、時々ウォーキングと称してランチに行ったりはしてますよ。そう言えば、この頃お会いしていないかも。寒いですしね。」
そんな何気ない会話が暫く続いてから堀川さんが、
「モロさんは、お祖父さんには会ったことがあるんですか。」と訊ねる。
「そうだな、此処での稽古の時は大将は顔を見せたことは殆ど無かったなぁ。でもよ、ほれあっちの喫茶店、啄木鳥ってとこに行った事ないかな、あそこでは時折会ってな、たまに話を聞いてもらってたよ。」と手を西の方に振りながら応える。
「そうなんだぁ。」と堀川さん。
「うん、お前さんは知らんかもしれんが、俺はこの辺りの大地主でよ。一時期なここいらでも道路の拡張やマンションの建設とか、代々伝わる土地をどうするかで結構悩んでいたわけよ。なぁ千葉さんあの頃は大変だったよな。知ってんだろ。」とチーさんに水を向ける。
「まぁ、俺はさ三男坊で土地はみんな本家のだからあんまりな。それでもアニキから愚痴を聞いたりはしていたな。」
「だろ。皆んな悩むのさ。俺の代で無くしてしまって良いんだろうかとか、あんまりゴネて値を吊り上げる事ばかり考えてる業突く張りジジイって言われんじゃねえかとか、俺のせいで道路が出来ずにここら辺の皆んなに不利益とか不便とか掛けやしねえかとかよ色々よ。でな…」
と此処からが本題で、その頃騙され掛けたモロさんの話が始まるのだ。
特に粕谷夫人は不審を抱くこともなく、ここまではきている。
粕谷夫人とモロさん以外の4人がゴクリと唾を飲んだ。
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