第28話

幕が上がる


お茶のおかわりはコーヒーにしますか?と聞くと、キャプテン達は、「悪いな、じゃお言葉に甘えて。」とまだまだこの会は終わらないと暗に告げる。

私はキッチンへ行って、ゆっくりとコーヒー豆を挽き始める。

後からキッチンへ入ってきた粕谷夫人が、

「いっちゃん、私はお白湯にしてもらっても良いかしら。ほらカフェインはあんまり体に良く無いから。」と薬缶に水を注ぎ始めた。

「近頃健康志向なんですね。」と聞くと、「そうね、そうした方が良いって教えてもらったから。そうそうこれみなさんにも出してあげて。」と豆とナッツが小袋に入った包を出した。

「コレね、毎日食べると代謝が良くなって体にいいのよ。」

「えっ、粕谷さんナッツアレルギーって言ってませんでしたか?」

「沢山じゃなきゃ大丈夫なのよ。それにオーガニックで塩分も使ってないし。」と目の縁が赤くなっているところに手をやった。

包には成分表示が無く、オシャレな商品名だけが書いて有るグレー地に白の文字のシールが貼ってあった。

「良いものなんですね、お高いんでしょ?」

「コレは、お試しだから30袋入りで3千円でお安いのよ。」

「えっ⁈お試しで?」物販がもう始まっているのか、ご主人が心配されるはずだ。


隣に座ったモロさんからお習字を近頃やってるの?と水を向けられると、あまりしていないし、お習字仲間とも会っていないと答えていた。ウォーキング仲間とお習字仲間は同じなのだろうか。

どんな人が、粕谷夫人を支配しようとしているんだろう、と考えていると、おもむろにモロさんの1人語りが始まった。


「そう言えばよ、近頃あそこのなんつったかな、髪の短いお喋りなばあさん。ほらあちこちに顔出して有る事無い事言いふらす。あのばあさんが、また何やら話題に上がることが多いみたいだが、なんか聞いてないか?」

「あらやだ、髪の短いって薗部さんのこと?」と夫人は心当たりが有るのかそう聞き返す。

「あぁ、そうだった。前にな、俺が自治会の支部長やってるい時にな、色々なサークルとか祭りとかに顔を出しては変なものに勧誘して困るって苦情が出たことがあってな。民生委員とかに相談しながら話に行ったことがあったんだよ。まぁあのばあさんは、悪気がない訳よ。知り合いに頼まれて、口利きをしてるだけらしいから。昔からお節介だったから頼まれると嬉しくなっちゃうんだな。頼まれない事までやっちゃうって感じでな。」とここで、少し冷めたコーヒーをごくりと飲んだ。

「僕が、この間散歩に出た時に体操サークルのチラシをくれた人かな?」と新木田君。

「そうだな。」とキャプテン。

「で、何が問題だったんだ。」とチーさん。凄い、台本も無いのに配役と台詞が決まっているみたいだ。

「うむ、あのばあさんの性格を上手く操って人集めをしている輩がいたんだな。時には物販をしているらしくてな。健康器具や健康食品とかだわな。」それを聞いて全員が眉根を寄せてあぁと声にならない溜め息をつく。

前に問題になった時の事を知っている者は、誰も薗部さんの勧誘には乗らないが、本当に普通の地域の会を親切に教えてくれたりもするので、噂は時間と共に風化していく。新たに流入してくる人もいる。そして暫くは大っぴらな親切ごかしはしていなかった様なのだが、ここへ来てまた再燃している風なのだという。

「まぁ本人は本当に親切なつもりなんだってところが、厄介なのさ。」とモロさんはため息をつく。

「それでな、そんな話を小耳に挟む様になったら、昔の嫌な話を思い出したから、仲間には気をつけろって言って回ってんだ。」

「あら、どんな事か聞いても構わないかしら。」と、粕谷夫人はまるで自分とは縁がないように聞く。

「あぁ俺がよ、道路の拡張で土地を売るかどうするか悩んでいた時にな、占い師ってのが擦り寄ってきたんだな。ありぁ誰に紹介されたんだったかな、何しろ知り合いによく当たるって言われたんだよ。それでそいつがさ、ああしろこうした方が家が栄えるとか言うんだよ。俺も悩んでるから誰かに決めてもらうと肩の荷がちょっと軽くなる様な気がしてさ信じちゃうわけよ。勿論最初は疑心暗鬼にしてたんだけど、良くなるって言っていた話が、いつの間にかしないと悪くなるって話になっていてなぁ、それも怖くなってドンドン気持ちを操られちゃううんだなぁ。今思えば、恐ろしい話さ。冷静に考えたら馬鹿馬鹿しい話なのにな。」とそこでモロさんは嫌な思い出を落とす様にゴシゴシと両手で顔を擦る。

「何か具体的に騙し取られたとか有ったんですか?」と新木田君。

「そうだな、土地を取られたりはしなかったけどな、占い料とか車を買い替えろと業者を紹介されたり、コレを食べれば運気も上がり健康になるって言う水とか、そういやぁ判子も買ったなぁ水牛の。後で見てもらったらプラスチックだったけどな。なんだかんだ、4〜500位は使ったかもしれんな。」

「まぁ怖い。」と粕谷夫人。

「でな、うちのやつがいくら何でもお水が1本500円なんて変ですよ。って言ってくれたんだけどな、その時は聞く耳持たなくてよ。うるせぇいなんて言っちゃってさ。だからその後、真っ白の作務衣みたいなのを着た方が良い。それを50万で買えって言われた時さ、いくら何でもそりゃ嫌だな、変だなってなった時にカミさんに相談出来なくてなぁ。」と苦笑いをする。

「俺はオシャレだろ、だから作務衣は着れない買えないどうしようって啄木鳥でぼやいていたら、ここの先生が『およしなさい。』って声掛けてくれたんだ。そん時によ、大将も居て取り敢えず腹にある事を話してみてはどうかねって、多分3時間くらい話を聞いてもらったんだ。」

「そうなんだぁ」この前より具体的で、ほぼほぼ初めて聞く話しで目を丸くしていると、

「大将がな最後に、今の話を奥さんや親戚の人に話してごらんって言ってくれたんだな。ほら、1番の悩みは作務衣じゃなくて土地をどうするかだからよ。『代々の土地をなんて事するんだ』って叔母さんに叱られやしねぇか本気で心配していたからな。」

皆んなで成る程と深く頷く。

「で、カミさんと叔母さん達を集めて話をしたら、叱られたわけよ。なんて言われたと思う?全くアホらしくなるよ。人の気持ちも知らないで。おばちゃん達はよ、何で立ち退かないのよって言うんだぜ。早く売っちまえってさ、驚いたよ。」モロさんはまったくな、とその時の光景を思い出して深いため息をつく。

「おばちゃんは、あの道が出来なかったらウチの土地の値も上がらないし、貸してるマンションの家賃も上げられないってぼやく訳よ。呆れるだろ。でも、そう言われたら憑き物が落ちたみたいに体も頭もスッキリしてさ、振り返るとあの占い師に騙されていたんだってハッキリ分かったんだよ。」バカみたいだろアハハと乾いた笑い声を上げる。

皆んなも、困ったように薄い微笑みを浮かべて応える。

「それからも大将には事あるごとに何かと話を聞いてもらってたんだ。」

「へぇ、そうだったんですね。」と私。

「大将は、大抵聞くだけでああしろこうしろとは言わないんだ。アドバイスと言えば奥さんに話してごらんとか、もう答えは持ってんだろとかその程度さ。でもそれで何度も救われたんだよ。」と懐かしそうにウンウンと首を振って、モロさんはその時の振り返っているようだった。

「だから、やっぱり何か思い悩んだ時は、急に現れた誰かじゃなくて、近しい自分の立場とか環境の分かってる人に先ずは話してみるってのが大事なんだって学習した訳。それから、ああしろこうしろと指示をして、支配しようとする輩、ましてや何かをしないと悪くなると言ってくる奴が居たら身に近づけないってのも大事なんだと思うぜ。」なぁそう思うだろと新木田君の肩をペシペシと叩きながら同意を求めている。

それからは、お茶のおかわりをしたり、自分の経験的な話しが出たりの雑談になっていった。


さぁ、粕谷夫人には刺さるものがあったろうか。

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