第10話
畑の支度
初夏の日差しが気持ちの良いこの季節、やっと重い腰を上げて裏庭の畑を耕そうと畑の横にある物置に入ってまずは草刈りが必要だよなと草刈機の手入れをしていると、
「おはようございます。今日は庭仕事ですか?」と物置の入り口に新木田君が立っていた。
「あぁ、うん。動くか試してみて動いたら今日は草刈りと、土起こしをしてみるかなとか思ってます。」
「あの、最初の条件が有効なら僕にも少し畑を貸してもらって良いですか?」
「あっ、そう言えば条件に庭の手入れしてくれるなら良いって書いたね。あはは」と笑うと、
「はい、昨日車で買い物にホームセンターまで行ったら夏野菜の苗がいっぱい売っていたのでつい買ってしまったんです。」
「じゃ、庭仕事も手伝ってよ。」
「勿論です。」と嬉しそうに新木田君は笑顔を見せる。
張り切って始めた庭仕事だが、草刈り機が動かない。
新木田君は、スマホやノートパソコンまで持ち出してあれこれ調べてくれたけど、中々上手くエンジンが掛からない。
もう鎌で狩るしか無いかねと2人で話していたら、玄関の方から声が聞こえた。誰か来たようだ。
やって来たのは、お祖父さんと囲碁仲間だった、ご近所のチーさんとキャプテンだ。
そう言えば今日はお祖父さんの命日でおじさん達は覚えていてくれたんだ。
お線香をあげてもらってお茶を出すと、
「店子さん決まったんだね。」
と庭でまだ草刈り機と格闘している新木田君に目をやりなりながらキャプテンが言った。
キャプテンは、お祖父さんより10歳位歳下で、昔船乗りだったと言うだけあって今でもがっしりした体つきだ。長い髭を蓄えていて大型船のキャプテンって感じなので、皆んなから「キャプテン」て呼ばれている。
「独り者の男の子みたいだけど大丈夫か?何かあったらおじさん達に言うんだぞ。」とチーさんが、空手のポーズを取る。
チーさんはキャプテンより更に若くて、いつもお祖父さんには世話になったんだと口癖の様に言って私の心配をしてくれる。
「ありがとうございます。でも大丈夫よ。気の良い真面目な若者だから。」
「そうか。それならいいが、今の若いもんは何するか分からんから、壱っちゃんも気を付けて見てるんだぞ。大家ってのはそう言うもんだからな。」と落語に出てくる大家さんみたいに世話をやけとも言う。
「ハイハイ分かりました。でもさ、チーさん知ってるよ私。チーさんの武勇伝。今の若いもんはなんで言ったら、若い時のチーさんに笑われるよ。」と言うと、キャプテンが、
「あはは、そりゃそうだ。チーさんの武勇伝は、なかなかのもんだからな。」と楽しそうに言うので、チーさんは、
「参ったなぁ。まぁそりゃそうだな。俺の若い時は、一軒家を借りて田舎に住もうなんて、1ミリも思わんかったもんなぁ。それにしてもアリャ何してんだ?」
「あぁ、草刈機がね動かないのよ。ちゃんと燃料入れてあるのに。」
「そうかい。じゃあ、ちょっとみてやんべか。」とチーさんが腰を上げたので、皆んなで庭に出た。
チーさんは、此処からそう遠くない入曽の農家の三男坊で集団就職なんて言葉がまだ全盛だった頃、工場勤めをして職場結婚の末この東所沢に家を買った。
若い頃は、苗植えや収穫期になると週末は自転車で実家へ行って畑仕事をしたもんだと言うだけあって、作物にはとても詳しいし、機械も触れるからよくお祖父さんの庭仕事を手伝ってくれていた。
ここら辺は、さつまいもや里芋ほうれん草が気候的合っていて美味しいものが出来るからと、育てていた。それで毎年家で食べる分位は庭で賄える程収穫出来たのも、チーさんのお陰なのよ、とお祖母さんがよく嬉しそうに話してくれたっけな。
そんな事を思い出しながら、ブーンとエンジンの回る音を響かせながら新木田君がチーさんのややスパルタ的な手解きを受けながら、ヨタヨタと草を刈っている姿を目で追う。
草を刈って、土をこおこして直ぐに苗植えかと思っていた新木田君にチーさんが、先ずは土を作らないと良いもんは出来んよ。と腐葉土などを買いに何故か2人で出かけて行った。
そんな姿も微笑ましく見送ると、キャプテンが
「いい若者が住んでくれたみたいだな。」と嬉しそうに目を細める。
この家は、キャプテン達にとっても、思い出の詰まった所だからどんな奴が住む様になるのか気を揉んでいたのかもしれない。
すっかり新木田君を気に入ったおジジ2人は、今度囲碁を教えてやるからなと半ば強制的に約束して帰って行く。
「悪かったねぇ、付き合わせちゃって。」
「いえいえ、僕は祖父母の記憶が無いので、なんだか楽しかったです。」
「そんなこと言うと、毎日来るよあの2人。あはは。」と2人で笑って
「今日は、庭仕事を随分してもらったので、特典として夕飯食べにおいで。」と言うと
「えー本当ですか。嬉しいなぁ。自炊しようといつも思うんですけどつい冷食とかで誤魔化しちゃって。」と2人でご飯を食べることとなった。
人に合わすのは、割と苦手なので味の好みは一切聞かずに、食べたい物を量だけを多めにガシガシ作った。
チーさんが持って来た、かき菜の胡麻和え、キャプテンが打った手打ち蕎麦。茄子とタラの芽の天麩羅にサイボクハムのゴールデンポークのソテーにツナサラダ。フキの翡翠煮にかやく御飯をおにぎりして、舞茸の味噌汁。
厚焼き卵を焼こうと思い立って、甘くするか出汁っぽい感じにするか悩む。基本甘いのが好きだけど、出汁が効いた玉子焼きに大根おろしにちょいと醤油を垂らしたのをのっけて食べるのも大好きだ。これだけは好みを聞いてみるかと、電話を手に取って、行きゃあいいなと思い直して、サンダルを突っかけて表に出ると、丁度新木田君も玄関から出て来て、
「さっき千葉さんと買い出しに行ったら、ここの豆腐が美味いんだって勧められて買ったざる豆腐も一緒にいかがですか?」
「おっ。いいね。じゃ持って来てもう大体出来たからさ。こっちで食べればイイよね。」
「はい。」
とそのままウチに上がってもらうと、テーブルのおかぶの量を見て
「千葉さん達も呼ぶんですか?」と目を丸くする。
「あの2人は夜は出歩かないの。夜目がきかないからね。食べ切らなかったら、明日に回すから食べたいだけ食べてよ。」と実は自分でも多過ぎたかもと思っている事を噯にも出さずに、さりげなく言った。
卵焼きは、今回はパスだなと反省しながら、2人で食卓を囲む。
誰かと、家で夕飯を食べるなんていつぶりだろう。
新木田君はいつものように、感じのいい笑顔で次から次へと箸を進めて
「美味しいですね。」とちょいちょい褒めてくれる。
「味、薄かったりしない?」
と聞くと「凄く好みです」と言った。
そう言われて、ふと昔の事を思い出す。
別れた亭主は、大雑把で気の良い奴だったけど味の好みはてんで合わなくて、良く出来たと思ったオカズにドバッと醤油やタバスコを掛けられて、なんだか悲しい気持ちになったっけな。そしてその事で何度も喧嘩した。
「せっかく美味しく出来たのに、何で醤油かけるの。」
「薄いんだよ。飯ぐらい好きに食わせろよ。」
「わざわざそういう味付けにしてんの」
「うるせぃな。俺の舌に合わせてあげようって優しさとか無いわけ?」
普段からほぼほぼ彼に合わせた生活をしていたあの時期に、あの言葉は若い私にはキツかった。
今だったら「ほざいてろっ」て軽く流せたかも知れないけどさ。
それだけが原因で別れた訳じゃないけど、思い出すと今でもちょっと悲しくなる。
「どうしました?大丈夫ですか?」
いけない、変な顔していたかな?目の前に、爽やか青年の新木田君が居るのにイヤな事思い出す事ないよね。と自分を叱って
「ごめんね。ちょっと考え事してた。食べて食べて。」
と、白々しくなったかもしれないけど、笑って応えた。
変な空気にならない様に咄嗟に頭に浮かんだ事を聞いてみる。
「そうだ、新木田君は玉子焼き甘い派しょっぱい派?」
「えっ?玉子焼きですか?
そうだなぁ、基本甘いのが好みです。でも出汁がよく効いているのに大根おろしに醤油をちょっと垂らして食べるのも好きです。」
エッ。あらまぁ気の合う事。
「そうなんだね。出汁卵も美味しいよね。じぁあ目玉焼きは、何かける?」
と、割と誰とでも議論を戦わせる食べ物を次々と羅列して好みを聞いていく。
驚いたことに、目玉焼きは醤油派。唐揚げは、何もかけない派。エビフライにもタルタルよりはソースをついかけちゃう派。お煎餅はぬれ煎餅の柔らかいのがダメで濃い醤油のバリバリ派。
ことごとく合う。そう言えばらっきょとホヤが苦手だって言っていたな。右に同じ。
味の好みが似ていて、いつも一緒に旅行に行くエミリンよりもピタリと一致する。エミリンは、ぬれ煎餅が大好きだからね。
こんな人っているんだなぁとちょっと感心いていると、洗い物を手伝ってくれると言うので、御礼にならないじゃんと言いながらやってもらった。
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