第39話
豪太の問いかけ
洗った皿を拭いていると、隣に豪太が立っていて
「ほれ」と手を出す。
テキパキと棚に皿を並べ、いつの間にか、包丁を研ぎ始めている。
その手元をジッと見ていると、
「鍋磨いた方が良かった?」
と眉をクイッと上げて聞いてくるので、慌てて首を振る。
シュッシュとリズムミカルに包丁を動かして、時折指先で刃の具合を見ながらこちらには目も向けず、
「寂しい?」といきなり聞くので、
「なんでよ、別にいつも一緒ってわけじゃ無いし、アンタ一年で帰って来る予定なんでしょ?就職向こうでする気なの?」
「俺じゃ無いよ。アラッキー。」
「それこそなんでよ。」
「だって仲良しじゃん。いっちゃんがあんなに四六時中一緒にいれる人今まで居なかったんじゃないの?
ウチの母さんとも3日も居れないって2人で言ってるしさ。」
「四六時中って別にそんなにしょっちゅう一緒って訳じゃなかったよ。」
「ふーん。で寂しく無いわけ?」
「前の生活に戻るだけだよ。前より新木田君がこの1年間居てくれたお陰で、キャプテン達や粕谷夫人とかとも仲良くなったから賑やかになったかもね。」
「で?」
「何よ何が言いたい。」
「いや、イイよそれなら。」
その夜から、私は寂しいのか?という問いを頭の中でクルクルと転がし続けている。
豪太も、ヒョイと来ることもなくなるのか。寂しいというよりつまんないな。と思う。
あっという間に蒸し蒸しと暑くなって、小さなキャリーバッグを持って新木田君が出かけて行った。
一週間で戻りますと、手を振る。
こんな時最寄の駅にリムジンバスが来るのはとても便利だ。
藪蚊が出始めた畑で、腰に蚊取り線香をぶら下げて草取りをしていると、チーさんがやって来て、
「表で、不動産屋っていうのが叫んでたぞ。」
「えっ?気付かなかったありがとう。」と軍手を脱ぎながら玄関に回ると、武蔵ハウスの利根さんが、一回り大きくなった?と聞きたくなる様なお腹をを揺すって汗を拭いて日陰で小さくなっている。
「こんにちは、スミマセン気付かなくて。今日はどうしましたか?」
「あっ、どうもどうも、連絡もせずスミマセン。ちょっとそこまで来たので、今いいですか?」
「どうぞ散らかしていますが。」
あの汗を見たらお茶の一杯も出さずに返すのは申し訳ない気になって、ついお茶を勧めてしまった。
畑で何やら始めたチーさんに、先に冷えた麦茶のボトルを持って行ってから、冷たい紅茶を大きめのタンブラーに入れて出すと、利根さんはいい香りですねと一息で飲み干してしまうので、まだ手をつけていない私の分もどうぞと差し出す。
「遠慮なく。」と断ってそれを半分飲んだところで、
「新木田さんに先程駅前でバッタリ会いましてね。相変わらずのイケメンで目立つからすぐに分かりましたよ。」アッハッハと1人で笑ってから、
「ご旅行かと聞いたら留学の下見だっておっしゃるから、事情を聞こうとしたんですけど、バスの時間だから帰ってきたらまたゆっくりとと行かれてしまった。
どうにも気になったので、近くまで来たので寄ってしまいました。」
そう言って、利根さんは残りのアイスティーを飲み干した。
飲んだそばから汗になって滴って来るのか、さっきより汗の勢いがあるなぁと感心しながら、
「そうなんです、もう少ししたらアメリカに行ってしまうんです。」と言うと、必要意識に驚いて、
「ええっそうなんですか?じゃ契約どうしますか?いやぁもっと早くおっしゃって頂いたら動いておけたのに。」と大判のタオルハンカチをだしてひたいの汗を拭いながら眉根を寄せる。
「はい、でも大丈夫になったんです。」
「?、もう次の方お決まりですか?」
「そうじゃなくて、しばらく新木田さんが借り上げておくってことになったんです。」
「あぁ短期ってことですか?留学。」なるほどと独り合点して頷くので、
「それはよく知らないんですけど、とりあえず飯田橋の方を貸し出す算段みたいですよ。あちらの家賃収入で高いアメリカの学費を賄うつもりみたいですよ。」と言い添える。
「なるほど、でもそれなら収納庫でも事足りそうですけどね。」とまた首筋から大量に流れる汗を拭く。
見ていたらこっちも汗ばんできそうだ。
「こっちに帰って来た時、戻る場所がホテルなのは嫌みたいなこと言ってましたよ。」
「なるほど。そうかぁ。此処が気に入ってらっしゃるんですね。」と利根さんが言った。
あぁ、そうかぁ、へぇ〜そういうことか。
案外単純な事って人に言われてハッとする時が有るけど、今まさにそんな気分だ。成る程。
ちょっとニヤけて、利根さんにお代わりのお茶を取りにキッチン向かった。
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