第4話

打ち合わせ


武蔵ハウスの島津君にカドカワまで送ってもらって、大階段を登った所の広場まで行くと、既に約束の時間になっていて、ちょっとのんびりし過ぎたなと焦りながら、入り口を探すがどこから入れば良いのかさっぱり分からない。

仕方がないので、スマホを出して担当の乾山君を呼び出す。

「お世話になっております、新木田です。遅くなってスミマセン。今着いたのですが、何処から入ればよろしいでしょうか?」

そうい言うと乾山君は、

「あ、お世話様です。そうだ今日でしたよね。今何処ですか?何が見えます?」

「えぇっと。川の前の道から大階段を登った所で、そうですね階段と大きなエアーズロックの様な建物とタリーズが見えます。」

「あぁ、分かりました。じゃあタリーズにしましょうか。タリーズでお待ち下さい。すぐ向かいます。」

と、電話の奥でガサガサと書類をまとめる様な音ともに乾山君は、

そう言って電話を切った。

きっと来るまでに少し時間があるだろうと踏んで、エアーズロックの方へ近づいてみる。変わった形の建物だ。近くで見るとすごく大きい。さっき登って来た階段もなんだかすごい大きかったし、斜めに配置された上へ登る階段も今いる広場も、さっき車から見上げた時よりずっと大きく感じて、自分が小さくなった様な気さえした。

ビュービューとビル風なのか、渦巻く様に風が髪の毛をわらわらとバタつかせる。


「お待たせしました。」と乾山君は、僕が席に着いてからすぐにやって来た。

「すみません、お忙しいのに。」と僕が言うと

「イヤイヤ、こんな田舎まで来て頂いて返ってすみません。」と言ってから

「どうかなさいましたか?」と単刀直入で聞いてくれて助かる。


「ご存知かと思いますが、この度会社を手放す事になりまして、今はフリーと言ったら聞こえがいいですが、無職になりましたので今やっているコラムの書き手には不向きになりました。なので連載を貴社の都合が良い時に打ち切りにして頂きたいとお願いに参りました。」

「えっ辞めたいんですか?」

「はい」と僕が答えると

「そうですか、すぐに何か都合の悪いご予定とかありますか?」

「今は、特には無いのですぐで無くても大丈夫です。ご都合の良い頃合いで打ち切って頂けたら。」

「分かりました。ちょっと上に相談してからご連絡申し上げますね。新木田さんのコラム結構人気があるので、こちらも考えさせて下さい。」

「はい。すみませんご迷惑をお掛けします。」

「その為にわざわざこっちに出向いてくれたんですか?」

「まぁ。メールって訳にもいかないかと思って。」

「あはは、それはかたじけないって感じですね。」と乾山君は弾ける様に笑う。

かたじけないって言う言葉にポカンとしていると、

「今、武士を題材にしたものを立て続けに読んでいたので、ついね。」と言い訳をした乾山君は、

「ここからは、個人的な質問なんですが、何かその新しい事業を始める計画とかあるんですか?勿論オフレコなんで誰かに話したりはしませんからできる範囲で教えてもらえませんかね?結構紙面を賑わせてましたから、一気に大金を手に入れた人の動向って言うか、感覚っていうのかな、そんな事に興味があります。」

あー確かに気になるでしょうね。でも何度も何度も遠回しに聞かれた事はあってもこんなにストレートに聞いてくる人は割といないので、

「とりあえず、今は休むつもりで今後の計画は有りません。

お金は、自宅マンションの購入時のローンでほぼ無くなりましたよ。」と前々から用意しておいた答えをハッキリ言うことが出来た。

「そうなんだぁ。」

「これからは無収入になる訳だから、ローンは返せるうちに返しておこうと。」

「成る程。じゃやっぱりウチの連載続けて下さいよ。小遣い稼ぎに。」

「でも、僕はもう経営者の目で社会を見てないですよ。」そう言うと、

「いいじゃ無いですか、経験値が有って、外から中を見渡せる。今度はそんな目で書いたら面白いものになりそうじゃ無いですか?」

「でも、現場を離れるとニュースソースが腐りがちですからね。」

「まぁ、今決めずにゆっくり考えてみて下さい。私も上と相談してみます。トピックスを変えても良いし。」

そう言われて、はいと言うこともできず、曖昧に受け流してから、思い付いて

「この街はどうですか?職場移って初めて来た街なんですか?」と聞いてみた。

「そうなんですよ〜参りました。」と肩と眉毛を大袈裟に下げながら、

「私もマンションのローンを抱えているんでおいそれとは引っ越せない。カミさんもこっちに来るのは大反対で、今のウチ三鷹なんですけどね、絶対引っ越さないの一点張りなんですよ。だから通勤結構大変で、武蔵野線風とかでもよく止まるし。

ローン払い終えたって聞いて羨ましい限りです。何せ前の職場に一本で行ける場所でマンション選んだもんで、こっちに通勤になるなら、もう少し待って利便性のあるところにすれば良かったっすよ。」と乾山君は、鬱憤を爆発させるように喋った。

成る程、通勤するには郊外過ぎるのか。今のウチから此処へ通えって言われたら、やっぱりちょっと嫌だなと思うだろう。

「お疲れ様です。奥様も三鷹の方が通勤に便利なんでしょうね。」

「はい、そうなんですよ。保育園の事もあるし、私が我慢するしか無いんだとは思うんですけどね。」

「大変ですね。」と同情する。

家庭を持つと言う事は、1人の都合で動く訳にもいかないって事なんだな。と、言う事は今の僕ならいつでもヒョイっと好きな街に暮らせるということでもある。そう気づいたらなんだか心が浮き立った。

この街にするかは置いておいて、ちょっと隠居生活をしてみるのも悪く無い。

1人で暮らすなら、マンションを貸して家賃収入だけだってやっていけるだろうし、乾山君がお小遣い稼ぎに連載続けて良いと言うのならそれだって生活の足しになる。

そうだそうだ、目先を変えたら、生活は変えられるんだ。

「ありがとうございます。この頃生活が一変して頭が働かなくなっていましたが、乾山さんのお話を聞いていて、ちょっと前に進めそうです。」

「えっ?私が?愚痴っただけですが、でもそう言う事なら何か新しい事を始める時は必ず私にご一報下さい。お願いします。」

「分かりました。あはは。」

では。次回分はメールでお送りしますと約束して別れる。


神社の方に向かうとその先に公園があってそこを抜けるた方が武蔵ハウスに近そうだった。

公園内も何やら整備中で、カフェらしき建物も出来ていた。


武蔵ハウスに行くと、島津君は留守で利根さんが、昔ながらのグレーの事務机の前に窮屈そうに座っていた。

「こんにちは、先程はありがとうございました。堀川さんの物件の規約を、いただける事になっていたんですが、もう大丈夫でしょうか。」

「あぁ。どうも島津から聞いています。今ご用意します。どうぞお掛け下さい。」

と勧められるままに、黒いソファに座る。

制服を着た女の人が、

「どうぞ。」とお茶お出してくれた。

「ありがとうございます。」とごく普通にお礼を言うと、戻ってきた利根さんが、

「その笑顔は、女性殺しですな。」と笑って言うので、先程の事務の方をそっと見ると一瞬目が合って、下を向きながら頬を染めている。

「あはは、モデルか何かそういった御商売をされているんですか?」

「いえ、今は無職です。」と言うと利根さんは顔を曇らせる。

「あっ、不動産を所有していますし、貯蓄も多少あるので、信用的なものは下りると思います。」

「どちらに物件をお持ちなんですか。」とすかさず信用情報をデータに書き加えるべく聞いてきた。

「飯田橋の駅付近のマンションを一部屋所有しています。ローンも既に払い終わっています。」と言うと、利根さんの眉毛はググッと持ち上がって

「お若いのに、ご実家の等価交換とかですか?」と突っ込んでくる。

「いえ、あの先月まで会社をやっていたのですが、吸収合併に伴い権利を売りましたので、それでローンを完済しました。」とちょっと嘘をつく。ローンはもっと前に完済していたのだから。

「成る程。」

「無職なんで、今名刺を持ち歩いていないのですが、連絡先をお知らせしておいた方が宜しいでしょうか。」

「あっ、はい是非。」

と、社名の入ったメモ帳と鉛筆を僕の方に滑らす。

「ちょっと、お聞きしておきたいのですが、ご家族、ご一緒に住われる方は何人ですか?」

「1人です。僕1人です。」

「借家で宜しいですか?ここら辺なら購入もご検討頂けるんじゃないかと思いますが。」

「そこまでは、まだ考えておりません。住んでみて街が気に入ればその後考える事もあるかもしれませんが。」

利根さんは、その言葉をどう取ったかは分からないが、僕を格好のターゲットと思ったのかもしれない。

ちょっとお待ち下さいと言って、他の物件のチラシも幾つかチョイスして、封筒に入れていた。


「では、もう少し街を散策してから帰ります。」と告げて店を出た。


入り口まで見送りに利根さんは太鼓腹を揺すって出てきた。

「大したものは有りませんが、必要最低限の物は徒歩で手に入るし、移動手段を駆使したら大して遠くもない所で大体の物は、手に入る。

豊かな自然、都会の垢にまみれていない平凡な自然がすぐそこにある。そんな街ですよ。都会が慣れているけど、疲れた時にはピッタリだ。どうぞご検討下さい。」

「はぁどうも」と頭を下げて駅の方へに向かう。歩きながら利根さんの言葉を反芻する。都会の垢にまみれた自然ってどんなのだろう。

整備された公園や、お洒落な雰囲気を醸し出す洗練された自然って事だろうか。

確かに、お洒落をしていないと気後れする自然の風景ってのもあるな。

僕は今までそんな自然を好んでいたのだろうか。

東京生まれで中学生の頃から当たり前の様に2.3分間隔で運行している山手線に乗って育った僕には、平凡な自然の方こそ馴染みがないのかもしれない。

なんでもネットで買える世の中だとは言っても、買いたいものを手に取って、ここに無ければあっちの店で、そこになくてもそう言えばあの街に専門店があった筈だと探す喜び、選ぶ楽しさを培えるのは、都会ならではなのだろう。

当たり前だと思っていた事が、住む街を変えると、出来無くなるんだな。

海のそばで育った人が、海が見えない毎日を過ごすのはどんな感じなのだろう。

それにちょっと近い感覚かな?


遠く離れた山奥では暮らせないかもしれないけれど、その気になれば1時間程度でいつもの暮らしの中へ戻れる安心感のある距離。

試してみるのも、面白いな。

そんな事を考えながら、来た時とは違うルートで帰ってみようと思い立つ。


何か食べてからにするかと駅に向かうとインパクトの有るインド料理屋さんがあったのでそこで、チーズナンとキーマカレー、タンドリーチキンを食べた。

田舎町とは思えない本格的なインドカレーで嬉しくなった。

そんな気分のまま、ふらふらとパン屋をのぞいたり、八百屋を冷やかしてながら歩いていたら、パッと目の前が開けてさっき見たカドカワの神社の所に戻って来てしまった。

方向音痴ではないはずなのに、ちょっと驚いてしまった。



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