第3話 “くっころ”に目覚める時―ネル覚醒―

「――くっ、殺せ!」


 それだけの言葉。だが、少年ネルはその言葉にときめいた。


 これは、少年ネルが特殊性癖に目覚めたきっかけの物語。



「ネル! またあんたは学び舎をサボって!」

「ごめんなさい母様。つまらなくて……」


 ネル10歳。幼い頃から神童と呼ばれる程頭の良かったネルは、他の子供と一緒の教育を受けることに苦痛を覚えていた。


 たまにサボってはそれが家に伝わり、今のように親に叱られる。だからと言って、こんな田舎町、まともな学び舎なんてそこにしかなかった。


 母親――エマはため息をつきつつ、どうしたものかと思い悩む。そんな時――



「ふぉっふぉっふぉっ! ネルにはこの町は狭すぎるのじゃよ」

「長老様!」


 町の知恵袋である長老が杖をつきながらこちらに歩いて来た。


「ネルよ。“夢”はあるか?」

「ん~……。特に無いなぁ」


 ネルは無欲な少年だった。勉強も運動も、他の子供より秀でていた。その癖やる気が無いものだから、まわりの子供達から僻まれてイジメられたりもした。


「それはイカン! 夢は男の原動力じゃ!」

「でも、無いものは無いんだ。仕方無いじゃないか」


 ネルはつまらなそうに地面の小石を蹴飛ばす。「こら! お話中に失礼でしょ!」とエマに窘められるのもいつものことだ。


 長老はそんなネルを見つめて、ボソッとこぼす。


「――やはりここは、アレしかないのぅ」

「長老様。何かおっしゃいました?」

「ネルを少し借りてもよいか?」

「え、ええ。構いませんが」


 エマの同意も得られたので、長老はネルを連れてその場を立ち去った。


――町近隣の森――



「長老様。外は危ないよ。どこまで行くの?」

「なぁに。わしはこう見えて強いのじゃ、安心せい。ふぉっふぉっふぉっ!」


 強引な長老に連れられネルは不服だった。だけど、長老だけを残して帰れないし……。ネルは仕方無く、黙って長老に付いていった。



「着いたぞぃ」

「ここは?」


 森の中にある小さなコテージだった。看板には<安らぎの宿>とある。


(何で宿屋に? しかも、こんな辺鄙な場所にまで来て……)


 宿屋に入る長老に従い、怪しみながらネルも中に入った。


 そこには――


――宿内――



「「「「いらっしゃいませ~♪」」」」

「ふぉっふぉっふぉ♪ 二名じゃ。よろしゅ~な」


 派手な大人の女性達がいっせいに出迎えに現れた。露出が多い。ネルはどこに目を向けていいか困り、下を向いた。


「あらぁ~!♪ ぼくぅ、こういうお店ははじめて?♪」

「は、はじめてです……」


 ネルはカチンコチンに緊張し、顔を赤くしながらもなんとかお姉さん達にそう答えた。


「やだぁ~♪ か~わ~い~い~♪」

「ぼく、いくつぅ?♪」


「わ、わしも相手しとくれ!」


 ネルは大人の女性達にもみくちゃにされる。柔らかくて気持ちいいが、でもそれだけだった。


(僕には性欲も無いっていうのか……?)


 ここまで来ると、神童のネルは察する。長老がネルに生きる目的――“欲”を与えようとしているのだと。


 その気持ちは嬉しい。だが――



「ごめんなさい! やっぱり僕はダメみたいです!!」

「ネ、ネルッ!!」


 長老や店の人の制止も聞かず宿を飛び出した。


――森の中――



 ネルは森の中を一人、トボトボと歩く。


(僕は、何のために生きてるんだ……)


 10歳にしては早い人生への絶望だった。だが、ネルは真剣に絶望していた。


――もうどうにでもなれ。


 モンスターに襲われて死ぬならそれでもいい。この世に未練なんて無いと達観していた。


 そんな時――


 少し離れた所から戦闘の音が聞こえる。かたい何かがしきりにぶつかり合う音だ。


 恐怖を感じながらもネルは好奇心が勝りその場に向かった。


 そこには――



「――くっ、殺せ!」


 金髪ポニーテールの女騎士が、肩を押さえてうずくまっていた。傷を負っている。


 そんな女騎士の前には大柄なモンスターがいる。


(――確か……。そう! オークだ!!)


 オークも斬り傷をいくつも負っている。だが、立っているのはオークの方だ。


 女騎士は戦いに敗れ、己の生殺与奪を勝者であるオークに委ねていた。


 それを目の当たりにした時、ネルは――



「――美しい」

「誰だ!?」


 オークが誰何すいかの声を上げこちらを見る。そして嘆息する。女騎士は呆然としていたが、すぐさま気を取り直してこう叫ぶ。


「私のことはいい! 君だけでも逃げろ!!」


「――ああ。そうか。そうだったんだ。僕が求めていたのは、単純なエロスじゃない。極限状態に追い込まれ、すべてを相手に差し出す潔さ。それを受けて満たされる支配欲。それは、真剣勝負でしか生まれない。――ああ、だからか。知らなかったのは」


「な、何だお前!! おかしいぞ!?」


 女騎士やオークが何やら引いている。だが、今のネルにはどうでも良かった。女騎士の近くに転がる剣を取る。


「僕に“欲”を自覚させてくれた礼だ。今なら見逃してやる」

「チビスケが!!」


 オークはいきり立ち、ネルにこん棒を振り下ろすが――



――ボトッ


 オークが音のした方を見ると、自分の腕が転がっていた。


(斬り飛ばされた!? こんなチビに!?)


 オークや、近くにいる女騎士まで青ざめている。


「僕は強いんだよ。チビでもさ」


(ヤバい奴だ。逃げ――)


 オークが背を向けた瞬間、いくつかのパーツに斬り分けられる。


 ネル、神速の早業だった。



「お願いします!! もう一回、言って下さい!!」

「い、嫌よ!! 何なのよあんた!?」


 ネルは土下座をしていた。女騎士に。人生初めての土下座だ。今まではケンカした相手に土下座させることはあっても、自分でしたことは無かった。


 みっともないと思っていた。


――だが、それよりも大事な事がある。



「もう一回! 感情を込めて! 『――くっ、殺せ!』って言って下さい!! お願いします!!」



 これが、欲に目覚めたネルによる“くっころ商会”の始まりだった。

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