第3話 “くっころ”に目覚める時―ネル覚醒―
「――くっ、殺せ!」
それだけの言葉。だが、少年ネルはその言葉にときめいた。
これは、少年ネルが特殊性癖に目覚めたきっかけの物語。
◆
「ネル! またあんたは学び舎をサボって!」
「ごめんなさい母様。つまらなくて……」
ネル10歳。幼い頃から神童と呼ばれる程頭の良かったネルは、他の子供と一緒の教育を受けることに苦痛を覚えていた。
たまにサボってはそれが家に伝わり、今のように親に叱られる。だからと言って、こんな田舎町、まともな学び舎なんてそこにしかなかった。
母親――エマはため息をつきつつ、どうしたものかと思い悩む。そんな時――
「ふぉっふぉっふぉっ! ネルにはこの町は狭すぎるのじゃよ」
「長老様!」
町の知恵袋である長老が杖をつきながらこちらに歩いて来た。
「ネルよ。“夢”はあるか?」
「ん~……。特に無いなぁ」
ネルは無欲な少年だった。勉強も運動も、他の子供より秀でていた。その癖やる気が無いものだから、まわりの子供達から僻まれてイジメられたりもした。
「それはイカン! 夢は男の原動力じゃ!」
「でも、無いものは無いんだ。仕方無いじゃないか」
ネルはつまらなそうに地面の小石を蹴飛ばす。「こら! お話中に失礼でしょ!」とエマに窘められるのもいつものことだ。
長老はそんなネルを見つめて、ボソッとこぼす。
「――やはりここは、アレしかないのぅ」
「長老様。何かおっしゃいました?」
「ネルを少し借りてもよいか?」
「え、ええ。構いませんが」
エマの同意も得られたので、長老はネルを連れてその場を立ち去った。
◆
――町近隣の森――
「長老様。外は危ないよ。どこまで行くの?」
「なぁに。わしはこう見えて強いのじゃ、安心せい。ふぉっふぉっふぉっ!」
強引な長老に連れられネルは不服だった。だけど、長老だけを残して帰れないし……。ネルは仕方無く、黙って長老に付いていった。
「着いたぞぃ」
「ここは?」
森の中にある小さなコテージだった。看板には<安らぎの宿>とある。
(何で宿屋に? しかも、こんな辺鄙な場所にまで来て……)
宿屋に入る長老に従い、怪しみながらネルも中に入った。
そこには――
◆
――宿内――
「「「「いらっしゃいませ~♪」」」」
「ふぉっふぉっふぉ♪ 二名じゃ。よろしゅ~な」
派手な大人の女性達がいっせいに出迎えに現れた。露出が多い。ネルはどこに目を向けていいか困り、下を向いた。
「あらぁ~!♪ ぼくぅ、こういうお店ははじめて?♪」
「は、はじめてです……」
ネルはカチンコチンに緊張し、顔を赤くしながらもなんとかお姉さん達にそう答えた。
「やだぁ~♪ か~わ~い~い~♪」
「ぼく、いくつぅ?♪」
「わ、わしも相手しとくれ!」
ネルは大人の女性達にもみくちゃにされる。柔らかくて気持ちいいが、でもそれだけだった。
(僕には性欲も無いっていうのか……?)
ここまで来ると、神童のネルは察する。長老がネルに生きる目的――“欲”を与えようとしているのだと。
その気持ちは嬉しい。だが――
「ごめんなさい! やっぱり僕はダメみたいです!!」
「ネ、ネルッ!!」
長老や店の人の制止も聞かず宿を飛び出した。
◆
――森の中――
ネルは森の中を一人、トボトボと歩く。
(僕は、何のために生きてるんだ……)
10歳にしては早い人生への絶望だった。だが、ネルは真剣に絶望していた。
――もうどうにでもなれ。
モンスターに襲われて死ぬならそれでもいい。この世に未練なんて無いと達観していた。
そんな時――
少し離れた所から戦闘の音が聞こえる。かたい何かがしきりにぶつかり合う音だ。
恐怖を感じながらもネルは好奇心が勝りその場に向かった。
そこには――
◆
「――くっ、殺せ!」
金髪ポニーテールの女騎士が、肩を押さえてうずくまっていた。傷を負っている。
そんな女騎士の前には大柄なモンスターがいる。
(――確か……。そう! オークだ!!)
オークも斬り傷をいくつも負っている。だが、立っているのはオークの方だ。
女騎士は戦いに敗れ、己の生殺与奪を勝者であるオークに委ねていた。
それを目の当たりにした時、ネルは――
◆
「――美しい」
「誰だ!?」
オークが
「私のことはいい! 君だけでも逃げろ!!」
「――ああ。そうか。そうだったんだ。僕が求めていたのは、単純なエロスじゃない。極限状態に追い込まれ、すべてを相手に差し出す潔さ。それを受けて満たされる支配欲。それは、真剣勝負でしか生まれない。――ああ、だからか。知らなかったのは」
「な、何だお前!! おかしいぞ!?」
女騎士やオークが何やら引いている。だが、今のネルにはどうでも良かった。女騎士の近くに転がる剣を取る。
「僕に“欲”を自覚させてくれた礼だ。今なら見逃してやる」
「チビスケが!!」
オークはいきり立ち、ネルにこん棒を振り下ろすが――
――ボトッ
オークが音のした方を見ると、自分の腕が転がっていた。
(斬り飛ばされた!? こんなチビに!?)
オークや、近くにいる女騎士まで青ざめている。
「僕は強いんだよ。チビでもさ」
(ヤバい奴だ。逃げ――)
オークが背を向けた瞬間、いくつかのパーツに斬り分けられる。
ネル、神速の早業だった。
◆
「お願いします!! もう一回、言って下さい!!」
「い、嫌よ!! 何なのよあんた!?」
ネルは土下座をしていた。女騎士に。人生初めての土下座だ。今まではケンカした相手に土下座させることはあっても、自分でしたことは無かった。
みっともないと思っていた。
――だが、それよりも大事な事がある。
「もう一回! 感情を込めて! 『――くっ、殺せ!』って言って下さい!! お願いします!!」
これが、欲に目覚めたネルによる“くっころ商会”の始まりだった。
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