第38話 魔剣

――小都市ロイツ――


 小都市ロイツで一泊したリーンとテッド。――いつも通り、部屋は別々だ。早速メルキドの町に向かう、が、その前に。


「武具屋のぞいてかない?」


 ソワソワしているリーンの言うがまま、テッドは商店街にある武具屋におもむいた。



「らっしゃっせー!」


 朝っぱらから商店街は活気づいている。主に食べ物の屋台がだが。リーン達のように、武具屋まっしぐらはむしろ稀だった。


 とある出店にたどり着くと、早速店の主と思われる商人のおじさんに声をかけられる。


「お? めんこい嬢ちゃんとコブの兄ちゃん、のぞいてきな!」

「あら、よくわかってるじゃない♪」

「はいはい。どうせ僕はコブですよっと」


 リーンはすれ違う人の三分の一は振り返る程の美形だ。本人にもその自覚はあるが、色恋に興味はなく、アストリアのように美しく強い騎士を目指していた。


 対して、テッドも自分の地味さに自覚は持っている。少しくらいは誰かに振り向いてもらいたいが、振り向いてもらいたいランキング最前線の女の子は自分に見向きもしない。既に達観していた。つまりはあきらめていた。


「ついこの間、魔剣が入ってきてな。ちょっと見ていかないか?」

「え!? どんな!?」


 武具屋のおっさんと盛り上がるリーン。テッドとしてはつまらない。だから茶々を入れてやる。


「どうせお高いんでしょう?」


 そう。魔剣――つまりは、魔化の施された武具はとんでもない程に値がはる。庶民にはまず手が出せないのだ。水をさされたリーンが少しムッとするが、テッドはそしらぬ顔だ。


「ははっ! 見るだけなら無料ただよ。まぁ見ていきな!」


 店主のおっさんはそういう反応に慣れてるのか、笑いながら店の奥の方から一本の大剣を取り出した。鞘から抜いてリーンとテッドに見せつける。


「スゴイ! もしかして、ガルーダの素材で出来てるの!?」

「ご名答! さすがは騎士の嬢ちゃんだ! よくわかったな!」


 大剣の端々に緑の鳥の羽――それも大型――が飾られており、見た目のインパクトがスゴイ。テッドですら感嘆する程だ。その羽が神鳥ガルーダのものだと看破したリーンもスゴイわけだが。


「いいなぁ~、さぞかしスゴイ魔力も込められてるんでしょうね」


 そう。魔化が施された武具には、その素材に用いられた魔物の魔力が備わることがある。このガルーダの魔剣なら、ガルーダの風の魔力がといったように。リーンの適正属性は風。剣聖アストリアと同じ。アストリアがとんでもない魔剣を扱っていた手前、どうしても憧れてしまう。


「ははっ! そうだとも! 一振りすりゃ竜巻を起こすって代物だ。――どうだい嬢ちゃん? 嬢ちゃんの鎧も風とみた。きっと相性は抜群だぜ?」


 そう。何を隠そう。リーンが今身に付けている緑の鎧も魔化が施された武具だ。武器の強化を真っ先に求めるリーンをいさめ、無理矢理高級な防具をテッドが勧めたのだ。


『風の魔剣が欲しい!』

『死んだら元も子もない。一歩ずつ進めばいいさ。だから今は防具にお金をかけよう?』

『むぅ~~~! ……わかったわ』

『お? 素直』

『あんたは慎重だけど、だから信用できる。今は我慢する』

『ほめられてるのかな?』

『どうぞご自由に受け止って』


 リーンは渋々ながらも防具を優先するのを受け入れてくれた。今リーンが身に付けている緑の鎧一式には、風の精霊シルフの加護がかけられている。風耐性、そして、一時的に風魔法を発動し空を飛ぶことだって出来るのだ。


 そう。魔化には、魔力を秘めた素材を用いる、もしくは後から魔力を込めるの二通りがあった。


 今目の前にあるガルーダの魔剣が前者、リーンの着ている鎧が後者だ。


 リーンが物欲しそうにガルーダの魔剣を見つめる。男としては無理してでも買ってあげたい。でも、懐事情はそれ程甘くはない。


「嬢ちゃんにならまけて100ゴールドにするが、どうだ?」


 ほれ見たことか。テッドは呆れたように苦笑いだ。リーンとテッド二人で、大都会の高級宿屋で50日遊びながら泊まれる値段だ。


 リーンは『ぅうー!』とひとしきりうなった後――やがて、ため息をついた。


「ごめんおっちゃん。私達、手持ちそんなにない」

「そりゃそうだろうな。余ってる素材で割り引いてもいいぞ?」


 リーンの防具を見回して言う店主。魔化の施された立派な防具だ。その一部でも売ればいい、もしくは手持ちの素材を売ればいいと言いたいのだろう。


 だが、リーンは首を横にふる。


「私達にはまだ早かったみたい。もっと大物になったらまた来るわ」

「ははっ! しゃーない! いつでも来な! この魔剣は売れちまうかもしれんけどな。――そっちの兄さん! この魔剣、どうだい?」


 おっさんは無理に引き止めはしなかった。リーンと話し込んでるのが客寄せになったのだろう。いつの間にか、他の冒険者もこぞって集まってきていた。直ぐ様他の客に魔剣を勧めている。


「行くわよ! テッド!」

「はいはい。――まったく」

「なによ!」

「いいように利用されちゃって」

「るっさい! あー気分悪い!」


 リーンも察した。客寄せに利用されたのだと。ぷんすか怒りながらも町の出入り口に向かう。すかさずストップをかけるテッド。


「メルキドの町までは馬車で向かうんじゃ?」

「るっさい! るっさい! るっさい! ここから先はまだ行ったことないし、魔獣を狩りながら徒歩で向かうわよ! すぐにでも魔剣を買えるようになるんだから!!」

「え? ぅぇえ~~~!?」

「意味わからん反応しない! げんなりしない!」

「わかっとるやん」

「るっさい! るっさい! るっさぁあ~~~いっ!!」


 さらにヘソを曲げてしまい早歩きで外門に向かう愛しき幼馴染みの背をテッドは急ぎ足で追いかけるのだった。

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