第30話 くっころ喫茶、開店日の営業時間終了後

 くっころ喫茶。


 店に招いた客へのもてなしが済むと、バイオレット以外の客を向こう岸に返すため、クルトンが客を引き連れ舟で出ていった。

 

 メイド達の表情にはもれなく安堵と疲労が見て取れる。


「みんな今日は本当にお疲れ様。大変だったね」

「あら。私はまだいるのだけれど、それを言っちゃうのかしら?」

「少しくらいの嫌みは許してくれよ。僕だって疲れてるんだ」

「ふふ……冗談よ」


 バイオレットは今はカウンター前の席に座り紅茶を飲んでおり、アリシア達は客が帰って空いたテーブル席についていた。


「お客の退店前にアンケートを書いてもらった。でもまぁ今日はみんな疲れてるだろうし、明日にしようか」

「そうしてもらえると助かるわ……」


 アリシアが心底くたびれた様子でテーブルにほお杖をついて言うのがどことなくおかしく、皆で苦笑した。アリシアは少し不満げにほおを膨らませている。


「それに、シルヴィアの件もあるしね。――あなた、本当に家に帰らなくていいの?」

「……騎士に二言は無い。私は敗けて、ここで雇われている」


 ある意味振り切っているシルヴィアの物言いにサラ含めメイド達は苦笑いだ。


「あなたのお父様は今頃血眼になってあなたを探してるんじゃないかしら? 子煩悩――というより娘を溺愛しているので有名だもの」


 バイオレットの言う通りなら、まず間違いなく問題になる、もしくは既になっているだろう。シルヴィアは返さないと決心していたはずのネルの背筋がぶるりと震えた。


「いや、何と言うか……君達と雇用契約を交わした時にこちらから条件提示したけど、必ず戻ってくると約束してくれるなら実家への帰省休暇はある程度の頻度で設けるつもりだったんだ。それだけじゃなく、町に行くのもある程度は許容するつもりだよ。失踪したと噂が立つのもマズいし」


 一応、ネルとしても考えてはいた。女騎士ばかり失踪したら流石にいつか大事になるだろうと見越しての折衷せっちゅう案だ。だが――


「でも、シルヴィアが侯爵家の御令嬢ともなると、家に返したら親は二度と出さないだろう、普通に考えて。――というより、今さらだけどシルヴィア、なんでお供も連れずあの森に一人でいたの?」

「……家出した。監視は付けられたけど、人混みでまいた。そして、一人であの森に来た」

「ですよね~……。そんな気がしてた」


 ネルだけでなく皆苦笑いだ。


「やっぱり剣聖のお嬢ちゃんに憧れて?」

「……はい」

「そう。この森はあの子のゆかりの地だものね。――あなた達もなんでしょ?」


 バイオレットがアリシア達を見回して聞くと、皆、首を縦にふった。


 バイオレットがネルをジト目で見つつ、口元に手を当て声をひそめて糾弾する。


「ネル、あなたもズルいわね。ここで商売を始めたのは、イタイケな少女達の夢を利用してのことでしょ?」

「イヤだなぁ、人聞きの悪い。お互い様だろ?」

「確かにね、盲点だったわ……。実際に目の当たりにすると、ここ程立地のいい場所は他に無いわね。――あなたにとっても、私にとっても」

「だろ?」


 ネル達がそんな不穏な会話に花を咲かせている間に、ハンネスが作ってくれた夕御飯をユートが皆のテーブルに運んでいった。


 各々食事を取り、しばらくして、そろそろ解散しようかとネルが言い出そうとした時――事件は起こった。



「ネルさ~ん! ごめんなさ~い! 痴女に捕まっちゃいました~~~!!♪」


 店の外――海岸の方から、クルトンの嬉しげな悲鳴が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る