第16話 バイオレット
――メルキドの町・ビルの酒屋――
ネルはビルに連れられ店の奥に進む。目的の部屋の前まで来るとふとビルが足を止めた。
怪訝に思いながらネルも足を止め、自分よりも背の高いビルの顔を仰ぎ見る。その顔は言いにくそうなことを溜め込んでるようななんとも言えない表情だった。猛烈に嫌な予感がする。
「ビル?」
意を決してネルが問いかけると、ようやくビルは口を開いた。視線は前を向いたままだ。
「あ~……、その、なんだ。――バイオレットとホセも来てる」
「はぁ!?」
ネルがすっとんきょうな声を上げると慌ててビルが振り返りネルの口を手でおさえる。だが、時既に遅し。目の前の部屋の扉が内側から開いた。
そこから顔を出すのは大人の色気漂う美女。紫がかった黒髪に切れ長の目。全身に黒鎧を着用し、紫のマントを羽織っている。
ネルもよく知る人物で――数少ない苦手な人物でもあった。
女性はネルを見つけるとニヤリと笑い歓迎する。
「部屋の中まで聞こえてるわよ? 久しぶりね、ネル」
「う、うん。バイオレット、今日はどうしたの?」
震えそうになる声を必死におさえこみネルは気を取り直す。
「すっとぼけても無駄よ。あなたが女騎士を島に集めて商売を始めるって聞いてね。私がその客第一号になってあげようとワザワザ来てあげたのよ」
ずいぶん上から目線の発言だが、ネルはとがめない。いや、とがめられない。
彼女――バイオレットの恐ろしさはこの界隈じゃ知らぬ者はいない程有名だ。ネルも身を持って知っている。
「とにかくお入りなさいな。こんなとこじゃ落ち着けない」
「う、うん……」
バイオレットはアゴをしゃくり入室をうながすと先に部屋の中に戻っていく。ビルは申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや~、どこからか情報を仕入れたみたいでな」
俺は悪くないと言いたいのだろう。ネルにだってわかっている。
「気にしないでよ、わかってるから。まぁ、なるようになるさ」
「そうだな」
無理矢理前向きさを取り戻しネルはビルに連れられ部屋の中に入った。
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