第10話 くっころ喫茶 練習①アリシア、エミリー

――くっころ喫茶――


 ハンネスの手料理を食べしばし休憩した後、明後日の開業にそなえてメイド達の接客練習をすることに。

 

 そう。実はまだ正式には開業していない。この間オーマイガが呼ばれて訪れたのは、どんな感じになるかネルが確認するためのいわば練習だった。なので、料金も無料だった。


 なにはともあれ、ネル監督の指導のもと練習が始まった。



「アリシア! いいよ、いいよ! 素晴らしいよ!?」

「――くっ! は、恥ずかしいからそれをやめろぉお!?」


 顔を真っ赤にしたアリシアがネルを追いかけ回す。もうこの光景が何度も繰り返されていた。


 最初は皆で挨拶やお辞儀の練習だった。これについては特に何も問題はなかった。昨日入りたてのシルヴィアの挨拶が少しぎこちなかったが、問題といえるほどのものでもない。むしろ、お辞儀の姿勢はシルヴィアが一番綺麗とすら言えた。いいとこのお嬢様説が出るのも納得だ。


 そして今は接客訓練をしている。オーマイガを相手にメイドが一対一で接客対応するのだ。


 そのトップバッターがアリシアだった。


 アリシアはこの間オーマイガを実際に接客していたのでだいぶ慣れていた。オーマイガから見ても不自然さはほとんど感じられない。


 だが、ネルはそんなアリシアの上達に対し「もっと羞恥心しゅうちしんあおらないと!」と謎の主張をポツリとつぶやき、褒めまくりだした。


 いや、実際に上手いのだから褒めてもおかしくはないのだが、とにかく過剰なのだ。それも冗談でなく本心で褒めている様子から、褒められているアリシアもこそばゆくなりネルを止めようと必死になっていた。


「――はぁっはぁっ……! ん、んん! ――お飲み物のおかわりはいかがですか?」

「あ、うん……。じゃあ、アップルジュースで」

「かしこまりました!♪」


 気を取り直したアリシアは接客を続行し難なく終えた。


 そして、次はエミリーの番。



「ご、ご主人様。ご注文はどうなさいますか?」


 ぎこちない『ご主人様』呼び。そう。客の呼び方はネルの指示によりこれに統一されていた。これには男性陣から反対が出た。


『ネル……自分以外がご主人様呼びはつらい』

『ちょっと凹むよね……』

『血涙が出そう』

『でもみんなのメイドって考えると、少しそそらないか?』


 しょんぼりするハンネス、クルトン、ユート。そしてやはり、どことなく犯罪臭のするジャック。ネルも歯をくいしばり苦しそうに答えた。


『みんなの気持ちはよくわかる。異性の独占欲は生物の根元的欲求とも言えるからね。でもだからこそなんだよ。気持ちよくお金を落としてもらうには客をよろこばせないと。僕らがされたいことをする、それが基本だよ』


 ネルのそんな苦渋の決断にそれ以上の異論をはさめるはずもない。皆、ネルが一番悔しいだろうことを理解している。だからこそ、せめて成功させようと積極的に協力していた。


「エミリー、これ……」

「クルトンさん、これは?」

「猫耳カチューシャ。つけてみて」


 クルトンに言われるまま猫耳カチューシャを頭につけてみるエミリー。そして、離れたところで聞こえてくる悲鳴。オーマイガがそちらを見ると、ハンネスがまた鼻血をふいてぶっ倒れていた。かけよりハンネスを抱き起こすネル。


「ハンネス!? 傷は浅いぞ!」

「……萌え」


 それだけ言い残しハンネスは気を失った。エミリーをじっと見つめるシルヴィアの「……可愛い」というつぶやきを受け、エミリーの顔が真っ赤にそまる。


「……え? ちょ、ちょっとよくわかんないけどはずかしい!」

「ダメだって外しちゃ! 簡単魅力アップアイテムなんだから!」


 猫耳カチューシャを外そうとするエミリーと外させまいとするクルトンの戦いが繰り広げられる。


 近くで見ているオーマイガもなんとなく皆の気持ちがわかるようになってきていた。


(猫を可愛いなんて思ったことは無かったが、確かに、こう……いいな……)


 オーマイガもすっかりネル達に毒され始めていた。


「エミリー、これもつけて?」

「――!? も、もう嫌ですぅ!!」


 ユートが大事そうに持ってきた猫のしっぽらしきアクセサリーを見た瞬間、ついにエミリーは脱兎のごとく逃げ出してしまうのだった。

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