水間遥人=ラインハルト?
第8話 信じたいという思い
高校入学から約一ヶ月が過ぎ、新しい生活にも慣れ始めてきた頃。うちの学校では、毎年この時期になると、一年生を対象としたある行事が行われる。
それは、山登りだ。
一年生全員でバスに乗って近くの山の麓まで移動し、それから事前に決められた班に分かれて各々頂上を目指す。
体力づくりと、集団行動できる力を身につけるってのが目的らしいけど、この手の行事の例に漏れず、運動が苦手な子からの評判はすこぶる悪かった。
「キツいなー。嫌だなー。頂上までバスで連れて行ってくれないかなー」
小百合も、運動が苦手な側の一人。
昨日からあれこれ愚痴を言ってたけど、当日になっても、運動しやすいようジャージに着替えても、実際に山までやって来て今から登るぞって時になっても、それは続いてる。
「まあまあ。私、お菓子持ってきたから、疲れたらそれ食べて回復しよう」
「うぅ……たくさん食べてやるんだから。恵美はいいよね。運動部入ってなくても体力あるし、運動神経だっていいじゃない」
「まあね」
私の肉体は生まれ変わった時に一度リセットされているはずだけど、エミリアだった頃激しい戦いをくぐり抜けた影響がどこかに残っているのか、特に運動しているわけでもないのに、体を動かすのは得意なままだ。
当時と比べるとさすがに一段も二段も見劣りするけど、それでも普通の子よりはかなり動ける自信がある。
すると小百合が思い出したように、近くで固まっていた男子達の方に目を向けた。
その先にいたのは、水間遥人くんだ。
「そういえば、水間くんも運動系の部活に入ってないけど、スポーツ得意だよね」
「そ、そうね……」
普段、体育の授業は男子と女子は別々にやっているけど、それでも水間くんの凄さは、何度も噂で聞いたことがある。
新入生の中では体力測定で一位だったとか、サッカー部と勝負して勝ったとか。当然、そんな人を運動部が放っておくはずもなく、いくつものところから勧誘を受けたけど、全部断ったらしい。
そんな噂を聞く度に思う。やっぱり彼はラインハルトの生まれ変わりで、私と同じような理由で運動が得意なんじゃないのかと。
水間くんを知ってから一ヶ月。彼を見る度、常にラインハルトの存在が頭をよぎる。あと、『ウィザードナイトストーリー』の一つのルートでは、エミリアとラインハルトが恋人になるストーリーがあるというのも、たまに頭をよぎる。
いや、この際後者は関係ない。小百合からそれを聞いて以来、変に意識することはあるけど、あくまでそれはゲームにおける別ルート。前世でバッドエンドを通った私には何の関係もないわ。
忘れろ! 忘れろ!
なんて思っていると、その水間くんが、私達の方を見る。それから、つかつかとこっちに向かって歩み寄ってきた。
「な、なに?」
もしや、ラインハルトの生まれ変わりだって疑っているのがバレた?
「そろそろ班ごとに集合した方がよさそうだ。女子を集めるの任せていいか?」
「う……うん」
なんだ、そんなことか。とりあえず、大丈夫だったみたい。
ホッと胸を撫で下ろすと、言われた通り、同じ班の女の子達を呼びに行く。
実は私と水間くん、今回の登山では、くじ引きの結果同じ班になったのよね。ちなみに彼が班長で、小百合も同じ班。
かつての宿敵かもしれない相手と一緒に行動するのは抵抗があるけど、これは考えようによってはチャンスだ。
今日一日はずっと近くにいるんだから、彼の本性をじっくり見極めることができるかもしれない。
そんなことを考えながら始まった山登り。だけど残念ながら、そう期待通りにはいかなかった。
「休憩はこまめにとっても大丈夫だから、疲れたらすぐに言ってくれ」
「ごめん。私、もう疲れた……」
「早いな!? もう少ししたら休める場所もあるだろうから、それまで我慢できるか?」
班長として班員に声をかける水間くんと、早くも音を上げて彼を困らせる小百合。ここだけ見ると、とても全人類に対して宣戦布告し世界を恐怖に陥れた奴の生まれ変わりとは思えない。
そもそもこの一ヶ月の間、水間くんのことは何度も観察していたけど、私の知ってるラインハルトとは全然違う。
入学初日こそ、周りに積極的に話しかけるでもなく一人でいたけど、いつの間にか彼の周りには人が集まるようになった。それは、頭がいいとか運動がとくとかいう以上に、彼の気さくで誰とでも分け隔てなく付き合う態度にあると思う。
さっき見せた班員への気づかいや小百合とのやり取りも、そのひとつだ。
それに、入学初日に言ってたように、小百合に絡んできた奴らへの対応もしっかりやってるみたいで、あれ以来、小百合が呼び出されたり攻撃を受けたりしたことはない。
私のイメージにあるラインハルトなら、他人がどうなろうと知ったことかと言って放っておくと思うのに。
つまり水間くんを知れば知るほど、あの非常なる魔王ラインハルトとは全然違って見える。
もしかして、本当に他人の空似? それなら、こうして疑ってるのって、かなり失礼なことなんじゃないかな。そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、いつの間にか、他の班員達と比べて進むのが遅くなっていた。
それに気づいた水間くんがやって来る。
「貝塚。遅れているけど、大丈夫か?」
「あっ、ごめん。平気だから」
先を行くみんなに追いつこうと、歩くペースを早める。その時、隣を歩く水間くんの様子を伺うけど、やっぱり外見はラインハルトとそっくりだ。ただし、中身は全然違うように思えた。
私はこれからも、彼がラインハルトの生まれ変わりかもしれないと、ずっと疑っていくのか。それともどこかで、彼は違うって信じることにするのか。
その答えはまだわからない。だけど、できることなら信じてみたい。いつの間にか、心の中でそんな風に思うようになっていた。
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