第3話 ゲームそのものは未プレイです

 乙女ゲーム『ウィザードナイトストーリー』は、恋愛模様はもちろん、戦記ものとも言えるくらいの濃厚な戦争描写が話題になったゲームでもあった。


 始まりは、大国、バルミシア王国の支配下にあったいくつもの少数部族が結束し、連合を結成。独立を掲げ戦争を起こしたことがきっかけだった。

 当初は数で勝るバルミシア王国の連戦連勝。だけどある時、ひとつの部族の王が超古代の兵器を復活させたことで、戦況は一変する。


 空に浮かぶ巨大な城に、山をも吹き飛ばす大砲。無限に作られ続ける戦闘用の魔法生物。


 今まで見たこともない強大な兵器の力に、次々と蹂躙されていくバルミシア王国。


 国全体が暗い空気に包まれる中、平凡な町娘エミリアは、ひょんなことから神の加護を受けた聖剣を手にし、その力を発動させることになる。


 聖剣に選ばれたことで剣の聖女と呼ばれるようになり、国を守るために奮闘するエミリア。そんな彼女の側には、共に戦う五人の男達がいた。


 というのが『ウィザードナイトストーリー』の大まかなあらすじなんだけど、初めて小百合からこれを聞いた時は、心底驚いた。だってそれは、私が持っていた前世の記憶とそっくりだったから。


 小さい頃から、自分じゃない誰かの記憶ってのはあったし、それが前世の記憶なんだってのは、何となく受け入れていた。


 だけどまさか、その前世が乙女ゲームの世界だったなんて、さすがに予想外。

 最初は何かの間違いじゃないかと思ったけど、小百合からゲームの内容を聞けは聞くほど、ますます前世だって確信するものばかりだった。


 主人公の姿は私そっくりだし、名前も前世の私と同じエミリア。一緒に戦っていた五人の男達ってのも、前世で私と一緒に戦った仲間達とそっくりそのまま同じだった。


 さらに、ゲームの中でエミリアは光の魔法を使っていたけど、私だって同じ光の魔法を使える。


 ここまで何もかも同じだと、認めるしかない。

 どういう理屈かはわからないけど、私は乙女ゲームの世界からこっちの世界に転生したんだ。

 小百合から聞いた話だと、現実世界から乙女ゲームの世界に転生したっていうお話はたくさんあるらしいから、その逆バージョンってことになる。


「……ねえ、恵美。恵美ってば!」

「えっ? な、なに?」


 小百合に声をかけられ、ハッと我に返る。この不思議な転生についてあれこれ考えていたら、つい周りが見えなくなってしまっていた。


「だからさ、恵美も一度は『ウィザードナイトストーリー』をプレイしてみたらって話。これだけ主人公エミリアと似てるんだからさ、感情移入が半端じゃないと思うよ」

「そう言われてもねぇ……」


 実は私は、ゲームそのものをプレイしたことがなかった。


 今まで小百合から散々勧められたし、決して興味が無いわけじゃない。むしろ興味津々で、小百合に内容について尋ねたことは何度もあった。

 なのにいざプレイしてみるかって言われたら、毎回それを断っている。それは、今回も同じだ


「やっぱりやめとく。私、字をたくさん読むの苦手だから」

「うぅ〜っ。残念」


 本当に心底残念がる小百合に、ごめんと小さく謝った。

 そうしているうちに、私達は学校までたどり着く。


 これから入学式のある体育館に向かわなきゃならないんだけど、その前に、自分がどのクラスなっているかを、掲示板に貼ってある表を見て確認することになっていた。

 掲示板はどこにあるのかと探すと、周りに人だかりができていて、すぐに見つけることができた。


「私達も確認しに行こうか。同じクラスになれるといいね」

「うん。そうだね 」


 ワクワクした様子で、掲示板に駆け寄っていく小百合。その姿を見ながら、私は心の中でもう一度彼女に謝る。


(本当にごめんね。せっかくゲームを勧めてくれたのに、嘘までついて断っちゃった)


 字を読むのが苦手なんて言ったけど、そんなのはただの言い訳だ。私が『ウィザードナイトストーリー』をプレイしない本当の理由は、他にある。

 それは、このゲームは戦いもするけど、ストーリーのメインは、主人公エミリアと男性陣との恋愛だから!


 主人公エミリアは、ゲームの途中にある選択肢を上手く選びながら、この仲間五人のうちの誰かと恋愛していくわけだけど、考えてもみて。

 私にしてみれば、前世の自分が仲間と恋する様子を見せつけられるんだよ。


 反発したり、認め合ったり、ちょっとしたことでドキッとしたり、甘い言葉を囁かれたりするんだよ。しかも、仲良くなっていったら、ハグとか、キ……キスとかだってあるんだよ。しかも、スチルって言う大きなイラストで、画面いっぱいにそれが表示されるの。

 そんなの見せられたら、恥ずかしくって死んじゃう!


 プレイできないでいる理由は他にもある。

 このゲームでは、誰と恋をしたかやどんな風に敵と戦ったかでストーリーが変わり、いくつもの異なるエンディングを迎えることができるそうだ。

 前世の私は、最終決戦といえる戦いで敵と刺し違えて死んだんだけど、小百合に聞いてみたら、そんなエンディングを迎えるルートってのは一つしかないらしい。

 それは、攻略対象の誰とも恋が実らなかった場合に進むバッドエンド。つまり私は、前世で見事バッドエンドを迎えてたってわけ。


 それ以外だと、見事敵は倒した上で私も生き残り、さらには仲間のうちの誰かと愛を育むっていう、めちゃめちゃハッピーな人生を歩むことができたみたいなの。


 そんなの見せつけられちゃ、絶対に色々思うところ出てくるでしょ。

 あの時ああしていれば死なずにすんだ。幸せになれた。どうしてもそんな風に考えてモヤモヤしてしまいそう。


 だから小百合には悪いけど、ゲーム本編をプレイする気はない。


「おっと。また前世のことを考えすぎちゃった」


 前世絡みのこととなると、ついつい考え込んで周りが見えなくなってしまうのは、私の悪い癖だ。

 今はそれよりも、自分のクラスはどこか探さないと。


 気持ちを切り替えクラス分けの表を見に行くと、嬉しいことに小百合と同じクラスになっていた。


「やったね小百合!」

「うん! また一年間よろしくね!」


 ハイタッチをして喜び合う私達。


 時々、前世の記憶を思い出して悩むこともあるけれど、生まれ変わったこの世界での人生に不満があるわけじゃない。

 今さらどうやったって前世に戻ることなんてできないんだから、余計な未練を募らせるなんてせずに、この世界を楽しまなきゃね。


 そんな風に思ったその時だった。私達と同じくクラス分けを確認しようと集まっている人達の向こうに、一人の男子生徒がいた。

 その姿を見て、私は息を呑む。


「な、なんで……」


 視界の端に捉えたその男子は、私の知ってる人にそっくりだった。


 だけど、同じであるはずがない。

 だってそのそっくりな人というのは、魔王ラインハルト。前世の私が最後に戦い、相打ちになった相手なんだから。

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