第4話 まさか魔王の転生者!?

 魔王ラインハルト。彼はある意味、前世で共に戦った仲間と同じくらい、私の記憶に刻まれた存在だった。


 何しろ、前世の私を殺した相手。

 それだけじゃない。世界全てに戦いをしかけ恐怖に落とし入れた、魔王という肩書きにふさわしい極悪非道の存在だ。私にとっては、人生をかけた宿敵と言ってもいい。


 そんなラインハルトとそっくりな奴が、生まれ変わったこの世界に存在してるって、いったいどういうこと!?


 もう一度その姿をよく見ようとしたけど、人だかりに紛れて見えなくなっちゃった。

 慌てて人をかき分け探すけど、見つからない。


 そんな私を見て、小百合が不思議そうに聞いてくる。


「ねえ、急にどうしたの?」

「な、なんでもない。知ってる人がいたと思ったんだけど、気のせいだったみたい」

「ふーん。そうなんだ」


 気のせい。そうだ、気のせいだ。

 咄嗟に誤魔化そうとして言ったことだけど、案外その通りなのかもしれない。

 だってラインハルトはあの時私と一緒に死んだはずだし、そもそもここは、『ウィザードナイトストーリー』とは全く別の異世界。ラインハルト本人がいるわけない。


 さっきまで前世のことばかり考えてたから、たまたまちょっと似ている人を見間違えただけ。そうに決まってる。


「そんなことより、クラスもどこかわかったことだし、そろそろ体育館に行こうか」


 近くにあった時計を見ると、入学式が始まるまであと少しだ。高校生活のスタートっていう大事な時。見間違いを気にしてる場合じゃない。


 こうして私達は体育館に向かい、クラス事に分かれて置かれているイスに座る。

 間もなく入学式が始まり、校長先生や来賓の人達の挨拶が始まった。


 だけど式が進んで、新入生代表挨拶に移った時だった。壇上に上がった生徒の顔を見たとたん、私は息を呑む。


(いるじゃない! ラインハルトにそっくりなやつ、バッチリしっかりいるじゃない!)


 思わず声をあげそうになって、慌てて堪える。

 だけど、それだけ驚くのも仕方ないと思う。だって新入生代表として出てきたその生徒は、さっき見かけた、ラインハルトのそっくりさんその人だったんだから。


 前世で出会った時よりも年齢が若い分、顔つきも多少幼いけど、それでもびっくりするくらい似ている。


 呆然とする私の目の前で、彼の挨拶が始まった。


「新入生代表の、水間みずま遥人はるとです。春の暖かな風に誘われ、桜の蕾も咲き始め──」


 いや、桜とかどうでもいいから!


 ラインハルトは、見た目は相当なイケメンだった。そういうところは、さすが乙女ゲームに登場する重要キャラだけのことはある。

 それとそっくりな彼も、もちろんイケメン。それが堂々と話す姿は非常に似合って見えて、前世の記憶さえなければ、私も普通にかっこいい人だと思ってたかもしれない。


 けれど私は知っている。例えどれだけ美形でも、ラインハルトがいかに傲慢で身勝手で欲深くて、そして危険な奴なのかを。


 私の前世。そして、『ウィザードナイトストーリー』の世界で行われた戦争は、初めは大国バルミシア王国と、その北方の大地に住み、支配下に置かれていた部族達との戦いだった。


 バルミシアからの支配を良しとしない部族達が手を組み、部族連合を結成。そうして、独立を求めて起こした戦争。


 だけど最終的に、この両軍は手を取り合うことになる。その理由は、より強大で、双方にとっての敵となる存在が現れたから。

 それが、魔王ラインハルトだ。


 元々一つの部族の王であった彼は、伝説とされていた超古代の兵器を復活させることに成功。

 その強大な力より、戦況は一気に部族連合に傾いたかと思いきや、なんとラインハルトは、味方であるはずの部族連合を裏切ったのだ。


 当初、復活させた古代兵器は、その強力さ故に連合に参加している全ての部族が共同で管理するはずだった。

 だけどラインハルトはその古代兵器を全て奪い、それを使って部族連合とバルミシア王国の双方に攻撃をしかけてきた。自分の治めていた部族も含めた全てにだ。


 そして自らを魔王と名乗り、この世界の全てを支配すると言い放った。

 そんな全人類の敵とも言えるラインハルトが、この世界にいる。


 ううん、違う。ラインハルトは、確かに私と相打ちになって死んだはず。それにステージ上にいるあの人の名前は、水間遥人って言ってた。

 これはいったいどういうこと?


 そこまで考えた時、私の中にある仮説が思い浮かんだ。

 私は、前世で死んだ後この世界に転生した。なら、ラインハルトだって死後こっちの世界に転生したっておかしくないかもしれない。

 つまりあの水間遥人って人は、ラインハルトの生まれ変わり?


 この異常事態に、私は戦慄せずにはいられなかった。


 だけど、彼の存在に心震わせているのは、私の他にもう一人いた。

 我が友にして『ウィザードナイトストーリー』の大ファン、小百合だ。









「ねえ。あの新入生代表挨拶の子、見た? ラインハルトにそっくりだったじゃない! 恵美もエミリアにすっごく似てるけど、それにも全然負けてないかも。こんなのが二人もいるなんて、これはもう奇跡と言っても過言じゃないよ!」

「小百合、落ち着いて」


 やはりと言うかなんと言うか。入学式を終えた後、小百合は狂喜乱舞の大騒ぎだった。体育館から出てすぐ、興奮気味に話しかけてくる。

 私と初めて会った時も、こんな感じだったな。


 大ファンだったゲームのキャラがそのまま画面から出てきたくらいのそっくりさんがいたんだ。こうなるのも無理はない。

 きっと、私とは別の意味で大いに驚いてたんだと思う。


 だけど彼女をこのまま暴走させると、ちょっとまずいことになりそうだ。


「新入生代表に選ばれたってことは、頭もいいんだよね。ラインハルトも頭良かったし、そんなとこまで似てる! 挨拶の後、私達のクラスの列に並んでたよね。ということは、当然同じクラスか。もう教室に移動してるかな? この後ホームルームだけど、その前にちょっとだけでいいから、お話させてもらえないかな?」

「ちょっと待って。それは、やめた方がいいかも」


 突撃しそうな小百合を見て、私は慌てる。

 だった相手は、あのラインハルトの生まれ変わりかもしれないなんだよ。魔王と呼ばれた、極悪非道な全人類の敵なんだよ。そんなのに小百合を近づけるなんて、とても危なくてできない。

 なんとかして止めないと。


「ラインハルトって、世界全てに攻撃を仕掛けたり、古代兵器で街ひとつを吹き飛ばすような危険な奴でしょ。そんなのに迂闊に近づいたら、何されるかわからないよ」

「あれ? 恵美、ゲームをプレイしてないのに、よく知ってるね」

「そ、それは……ほら、小百合が『ウィザードナイトストーリー』について話した時に教えてくれたんじゃない。それより、危ないから話しかけるはやめなって」


 なんとか思い留まってほしい。その一心で説得するけど、それを聞いた小百合はケラケラと笑いだした。


「恵美。それはゲームの中のラインハルトの話でしょ。私が話そうとしてるのは、同じクラスの水間遥人くん。いくら見た目がそっくりでも、中身は別人じゃない。私だって、二次元と三次元の区別はちゃんとついてるよ」


 だよね。いくらそっくりでも、乙女ゲームの世界から現代に転生してきたなんて、普通は考えないよね。小百合の言ってることの方が正しい。


 けどそんな普通じゃないことが、実際に私の身に起こってる。

 あの水間遥人もそうだって可能性も、十分に有り得るの。


 でも確かに小百合の言う通り、たまたま外見がすごく似てるだけのそっくりさんって可能性もあるのよね。

 もしそうならなんの問題もないし、こんなに警戒するのもなんだか申し訳ない。

 とはいえ今はどちらとも言えない以上、楽観視はできない。慎重に見極めないと。


 なんて考えを巡らせていたけど、小百合はそんなのわかるはずもない。


 私達が教室に着くと、先に来ていた生徒達の中に、水間くんの姿があった。するとそのとたん、小百合はふんすと興奮気味に鼻息を荒くする。


「ああっ、いるいる。ラインハルトが、私と同じこの空間にいる! 恵美。私、やっぱり声かけてみる」

「あぁっ、小百合!」


 私が止める間もなく、水間くんに向かって突撃していく小百合。


 どうしよう。私も行った方がいいかな?


 だけど思う。もしあいつが本当にラインハルトの生まれ変わりでそのことを覚えていたら、当選私がエミリアだってことも気づくはず。そんなことになったら、下手をするとその場で戦いが始まっちゃうかも。

 他の人の安全のためにも、それは避けたい。


 同じクラスなんだから、どのみちすぐに向こうも私を知ることになるんだろうけど、それでも、自分から近づいて刺激するのはやめた方がいいかも。


(ダメだ。今あいつに近づくわけにはいかない)


 結局、少し離れた場所から様子を見ることにする。

 ただし、少しでも危険な奴だと思ったら、すぐに飛び出すつもりでいた。この際、それで騒ぎになっても構わない。


(もしも小百合に何かしたら、今度こそ完全に倒してやるんだから)


 いつでも攻撃魔法を使えるよう身構えながら、二人の様子を固唾を飲んで見守るのだった。

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