第5話 親友は魔王に夢中?
新しい学校。新しいクラス。まだコミュニティが全く出来上がっていないこの場所で、新入生の行動は大きく三つに分かれる。
中学の頃の同級生のような、以前からの知り合い同士で集まる人。新しい人間関係を築こうと、勇気を出して見ず知らずの相手に声をかける人。特に何をするでもなく一人でいる人。
水間くんは、その中でいうところの三番目。何をするわけでもなく、一人自分の席に座っていた。
そんな水間くんに、小百合が近づく。
「あっ……あの!」
声をかける小百合の表情は固い。相手が初対面の男子とあって、さすがに緊張してるみたい。
「なに? 俺に何か用?」
顔を向ける水間くん。
一方私は、少し離れたところで二人の会話に耳を傾ける。
小百合のやってることにはハラハラするけど、これは私にとってチャンスでもある。
小百合は当然これから『ウィザードナイトストーリー』やラインハルトの話をするだろう。水間くんがそれにどんな反応をするかで、彼がラインハルトの生まれ変わりかどうか確かめられるかもしれない。
しっかり見届けないと。
「あなた、ラインハルトに似てるって言われたことない?」
「えっ?」
小百合、この上ないほどド直球を投げたわね。
それを聞いた水間くんは、驚いたように目を丸くしている。
これはもしや、前世であるラインハルトの名前が出てきたことで動揺している? なんて決めるのはまだ早い。いきなりこんなこと言われたら、誰だってびっくりするわよね。
「えっと、何のこと?」
「あっ、ごめん。『ウィザードナイトストーリー』ってゲームがあるんだけと、あなたが、それに出てくるラインハルトってキャラにそっくりなの。そうだ、画像見せるね」
小百合はポケットからスマホを取り出し、大量に保存してある『ウィザードナイトストーリー』関連の画像を見せる。
さあ、水間くんの反応を見るのは、これからが本番ね。これでもし「魔王である俺に向かってなんたる無礼。死ね!」とか、「バレては仕方ない。ここで始末するか」なんて言ったら言ったら、ラインハルトの生まれ変わりであることは確定だ。
世界を守るため、小百合が殺されないようにするため、即刻やっつけないと。
緊張が走る中、水間くんは小百合から見せれた画像を眺めている。その顔に、だんだんと驚きの色が広がっていく。そして、スマホから小百合に視線を戻し、言う。
「驚いたな。このラインハルトってキャラ、本当に俺にそっくりだ。いったいどうなってるんだ?」
「ねっ。凄いでしょ。私も、入学式であなたを見てびっくりしました」
「これってゲームだっけ。こんなのがあるなんて知らなかったな」
……なんだか、思ったより普通の反応ね。
いや、十分驚いているのはわかるんだけど、前世でラインハルトの非道ぶりを知っていて、目一杯警戒していた身からすると、少し拍子抜けでもある。
これは、どう見ればいいんだろう。
だけど続く小百合の言葉を聞いて、再び緊張が走る。
「実は、あなた以外にもこのゲームに出てくるキャラとそっくりな子がいるの」
ちょっと。もしかして小百合、私のこと話そうとしていない? そりゃ、この流れだと言いたくなるのもわかるけど、私は下手に水間くんに近づくのはやめようって思ってたんだけど!
けど、幸いなことにそうはならなかった。小百合が私の話をする前に、チャイムが鳴って担任の先生がやって来た。
「さあ、みんな席に着くように」
小百合は残念そうにしていたけど、さすがにそれ以上話をすることはできなくて、そそくさと自分の席に戻っていった。
まったく、ヒヤヒヤしたわよ。
それから、担任の先生の挨拶とクラスメイト全員の自己紹介があって、それで今日の学校でやることは全ておしまい。
自己紹介で私の番が回ってきた時、それとなく水間くんの反応を伺ったけど、特に大きなものは見られなかった。
帰りのホームルームが終わると、私は小百合を連れてさっさと帰ることにする。小百合はまだ水間くんと話したがっていたみたいだけど、半ば強引に引っ張っていく。
さっきは何事もなかったけど、もしも水間くんがラインハルトなら、やっぱり下手に接触するのは危険かもしれないからね。
そんなこんなで、教室を出て靴箱へと向かうけど、その間、小百合のテンションはとにかく高かった。
その理由はもちろん、水間くんというかラインハルトと言うか、その両方にある。
「恵美を初めて見た時も驚いたけど、今日はそれと同じくらいびっくりしたよ。似た人っているもんだね」
「そうね。わたしもびっくりしたわ」
もっとも、私と小百合ではびっくりの意味合いがだいぶ違うけどね。
「それに、なんだか感じ良さそうな人だった」
「まあ、ね……」
それは、私もそう思う。
小百合にいきなり話しかけられても、驚きながらもにこやかに対応してくれた。
新入生代表挨拶や、さっき教室であったクラスメイトの自己紹介でも、みんなに向かって話す姿は爽やかだった。
見た目がラインハルトに似てさえいなければ、普通にいい人っぽく見える。
だけど、それで他人の空似と決めつけるのはまだ早い。ラインハルトも最初は民を思う名君って思われていたらしいけど、力を手に入れたことで、世界征服を企む魔王へと変貌した。
つまり水間くんがラインハルトの生まれ変わりかどうかは、まだ全然わかんないってこと。判断するには、あまりにも情報が少なすぎる。
だけど、だけどね、それとは別に私の心をざわつかせるものが一つあった。
それは、小百合だ。
「小百合、楽しそうね」
「そりゃ、もちろん。ラインハルトのそっくりさんと会えたんだから、興奮せずにはいられないよ」
小百合がラインハルトのことで騒いでるのを見ると、どうしてもモヤモヤしてくる。
だってそうでしょ。そりゃあ小百合にとってラインハルトは好きなゲームのキャラかもしれないけど、私にとっては前世で自分を殺した宿敵なんだよ。
そんな奴に、キャーキャー言ってるのを見ると、複雑な気分になってくるよ。なんだか、ラインハルトに小百合をとられた気分。
だいたいゲームの中にしたって、ラインハルトは敵キャラじゃない。
「小百合はさ、エミリアとラインハルト、どっちの方が好きなの」
「えっ? うーん、どっちもそれぞれの良さがあるし、難しい質問だね。けど、どうして急にそんなこと聞くの? もしかして、私がラインハルト似の水間くんに夢中になってるから、ヤキモチ妬いちゃったとか?」
「そ、そんなことないわよ。ただ、エミリアとラインハルトってゲームでは敵同士でしょ。二人が戦う時ってどっち応援してたのかなって思っただけ」
慌てて否定するけど、ヤキモチってのも、案外間違ってないかも。私って、けっこう重い奴だったのかな。
はしゃぐ小百合の横で、そんなことを考えながら沈んだ気持ちになってくる。その時だった。
「ちょっとあなた、待ちなさい!」
突然、後ろから鋭い声が飛んでくる。二人揃って振り返ると、そこには三人の女子生徒が立っていた。
見たところ、私達と同じ新入生。その中の一人は、同じクラスの子だったような気がする。
「あの、何か……?」
同じクラスではあってもまだ話してなんていないし、わざわざ声をかけられる理由がわからない。
戸惑いながら尋ねると、その子達はつかつかと私の傍にやってくる。
……と思ったら、その子達が寄っていったのは、私でなく小百合だった。
「あなた、さっき水間くんに声をかけていたわよね。ちょっと話があるから、付き合ってよ」
断ってもムダだと言わんばかりの強い口調で、その子はそう言うのだった。
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