最終話 エピローグ
前世にケジメをつける。そう決意して水間くんと戦ってから数日が過ぎたこの日。私は、かつて着ていた剣の聖女としての正装を身に纏っていた。
そしてその隣にいるのは、いかにも魔王ですって格好で、ほとんどラインハルトそのままの姿の水間くん。
そしてそして、そんな私達の目の前には、目を爛々と輝かせながらガン見してくる小百合がいた。
「あぁっ! この世にエミリアとラインハルトが降臨された! 元々ゲームから本人が出てきたんじゃないかってくらいにそっくりだったけど、それっぽい服を着たら、さらにそれがパワーアップしたよ! コスプレ衣装、腕によりをかけて作った甲斐があった。 エミリア、 ラインハルト、ばんざーい!」
私と小百合は中学の頃からの付き合いだけど、ここまでハイテンションになったところは初めて見たかも。
ここは小百合に連れられてやってきた、ゲームやマンガといったサブカルチャー好きの人達が集まるイベント会場。確か同人誌っていう、自分で作った本を売るのがメインだって言ってたかな。
ここではコスプレもOKで、私と水間くんはご覧の通り、剣の聖女エミリアと、魔王ラインハルトのコスプレをしている。ほぼ本人なんだから、似てるのも当然だ。
先日、私と水間くんとの戦いで、小百合から借りた聖剣と魔剣のレプリカは物の見事に壊れてしまった。
弁償するのはもちろん他にも何かお詫びができないかって揃って謝ったところ、小百合が言ってきたのが、このコスプレをしてのイベント参加だった。
「お詫びって、本当にこんなのでよかったの?」
「いい! むしろお釣りがくるくらいだよ。二人のコスプレ衣装を作ったのはいいけど無理に着てってお願いするわけにもいかないし、これを着てる姿は脳内で妄想するだけになるかもしれないって思ってたんだから!」
着てくれるかどうかわからないのにここまで手の込んだ衣装を作ってたってのも凄い話だ。
「まさか、前世の影響がこんな形で出てくるとは思わなかったな」
水間くんが、そう小声で呟く。前世にケジメをつけたとは言っても、この調子じゃ完全に過去のものになるには当分時間がかかりそうだ。
だけど、それが別に嫌だとは思わなかった。
ケジメをつけるってのは、忘れることとは違う。前世に引っ張られすぎる必要はないけど、それも自分の一部として、しっかり受け入れている。
それは水間くんも同じみたいだ。でなきゃきっと、あんなことしやしない。
「あの、水間くん。もしよかったら、こういうポーズとってもらっていい?」
「ああ、いいぞ。こうか?」
小百合からお願いされ、リクエスト通りのポーズをとる水間くん。実はけっこう楽しんでいるんじゃないかとすら思う。
「次は、恵美がポーズとって。いや、ここは二人一緒にやってくれた方がいいかな」
「はいはい。いくらでもやるから、何でも注文してよ」
小百合は、私達がポーズをとる度にキャーキャー騒ぎながら写真を撮るけど、私達に注目しているのは、小百合だけじゃない。
「あのエミリアとラインハルトのコスプレ。すっごいクオリティなんだけど!」
「顔の再現率高すぎ! 本人なの?」
「きっとゲームの世界から転生してきたのよ!」
と、ご覧の騒ぎだ。
なにしろここは、ゲームやマンガのファンが集う場所。私達がエミリアとラインハルトにそっくりだって気づく人は大勢いる。
そんな人達相手にも、手を振ったりポーズをとったりしていたけど、その中に、見覚えのある顔を数人見つけた。
「水間くん。貝塚さん──」
(えっ? この子達って……)
声をかけられたとたん、思わず顔が引きつる。
彼女達は、同じ学校の同級生。水間くんのファンで、抜け駆け禁止とかいう同盟を作って、入学初日に小百合に絡んできたあの子達だ。
最近は大人しくなってきたと思ってたけど、それがなんでこんなところにいるの?
小百合が水間くんに声を掛けただけで絡んできたのに、休みの日に一緒に出かけてるとこなんて見られたら、何を言われるだろう。
だけど身構えた私に、それに水間くんに向かって、彼女達はこう言った。
「凄い! 本当に、ラインハルトとエミリアそっくり」
「ラインハルトとエミリアが、私達と同じ空間にいる。まさに奇跡!」
「ああ、尊い……」
えっ、なに? いったい何がどうなってるの?
この子達、『ウィザードナイトストーリー』の存在自体知らなかったわよね。それがどうして、こんな揃いも揃って小百合みたいな反応してるの?
何が起きてるのかわからず困惑していると、水間くんがヒソヒソと囁いてきた。
「前に、こいつらのこと本格的に何とかしないとって言っただろ。その結果がこれだ」
「はぁっ!?」
そういえば、水間くんが小百合に絡んだこの子達を追い払った後、そんなこと言ってたっけ。
けど、それがどうしてこんなことになっちゃうわけ?
「俺が『ウィザードナイトストーリー』を勧めて、沼にハマらせたんだよ。その上で、ゲームとオタ活の先輩である柘植をリーダーに据えるよう誘導した。柘植がトップに立ってくれたら、前みたいな過激なことはしなくなるだろう」
「そ、そういうこと……」
なんという解決法。って言うか、小百合をリーダーにって、いったいどういう誘導をしたのよ。
前世で世界を欺いて、結果的に戦争を終わらせたその手腕は、今も尚健在なのかもしれない。
そして小百合も小百合で、かつてのトラブルが嘘のように、しっかり彼女達に指示を出している。
「それじゃみんな、一斉に写真撮るよ。二人とも、ポーズお願いね!」
私と水間くんがポーズをとると、集まってきていたその他の人を含めて、一斉にカメラのシャッターが切られる。
そんな撮影会がどれくらい続いただろう。いい加減一段落ついたところで、水間くん同盟の一人が、おずおずとこんなことを聞いてきた。
「あの。ところで、二人はもう付き合ってるの?」
「はぁっ!? ど、どうしてそうなるのよ」
なにその質問? 付き合ってるって、どこかに行くって意味じゃないわよね。乙女ゲームのヒロインと攻略対象がくっつくみたいな、恋愛としてのお付き合いよね。
いったいどこをどうしたら、私と水間くんがそういう関係だって思えるの!?
「だって、こうして一緒にイベントに参加するくらいには仲がいいし、エミリアとラインハルトが並んでるのを見ると、どうしてもそういう想像をしちゃうかなって……」
ちょっと待って。それだと、ここにいる人みんな、私と水間くんをそういう目で見てるってことになるんだけど?
するとそこで、追い討ちをかけるように小百合が言う。
「あれ、違うの? だってこの前一緒にイベントに行った時、途中から二人で別行動してたじゃない。しかもその時水間くんが、恵美と二人でいたいって言ってたから、てっきりそういうことだと思ったんだけど」
「違ーう! ちょっと水間くん。あなたからも何か言ってよ!」
そりゃあ確かにあの時水間くんはそんなこと言ったけど、断じてそういう意味じゃない。
水間くんのせいで誤解させてるんだから、責任もってきちんと違うって言ってよね。
だけどそこで、なぜか水間くんはニヤリと笑った。
「貝塚の言う通り、俺達は付き合っちゃいない。今はまだ、な」
ちょっと! 今はまだって、どういうことよ。そんな意味深な言い方したら、余計に誤解されちゃうじゃない。
ほら。案の定、みんなキャーキャー言ってるよ。
「水間くん、なんてこと言うのよ!」
「別に、そうなればいいなって思ったことを言っただけだ」
「へっ? それって、どういうこと?」
いよいよ意味がわからず、半ばパニックになる。
すると水間くん。浮かべていた笑みをますます濃くしながら、声を潜めて囁いてきた。
「貝塚。お前、前世のケジメをつける時、俺に言ったよな。仲良くできるんじゃないかと思ったって。それ、そういう意味で受け取っていいか?」
「えぇっ!?」
いや、私は決してそういう意味で言ったんじゃないんだけど。
そりゃ、仲良くなりたいって思ったのは本当だし、案外いい奴だと思うし、私を庇ってケガした時はすっごく心配したし、前世のことで苦しんでるのを見たらなんとかしてやりたいって思ったけど……あれ? こうして思い返してみると、なんだか胸がドキドキしてくるんだけど。もしかして、これが恋ってやつ?
いやいやいや、そんなのわからない。なにしろ私は、乙女ゲームみたいな状況にいたにも関わらず、誰とも恋愛せずにバッドエンドを迎えた奴だよ。
恋かどうかなんて、全然判別つかないわよ。
「安心しろ。本当は、お前が恋愛的な意味で言ったんじゃないってことくらいわかってる。だけど、俺はこれから、本当にそういう意味で仲良くなりたいって思ってる。それは、別にかまわないよな」
「は……はい。けど、なんで?」
「俺のためにあんなにしてくれた奴に惚れて何が悪い」
えっと……つまりそれって、水間くんが私を恋愛的な意味で好きってこと? って言うか、これってもしかして告白? 告白なの!?
一気に色んなことが起きすぎて、恋愛オンチにはとても処理しきれない。
縋るように、小百合に助けを求める。
「ねえ。恋愛偏差値を上げるには、どうすればいいと思う?」
「うーん、乙女ゲームをやる?」
それって役に立つの?
いや、水間くんのことをよく知るためには、もう一度じっくりラインハルトルートをやった方がいいかも。
でもそれだと、エミリアとラインハルトのラブシーンをたくさん見せられるから、余計に意識しちゃいそう。
現実で始まった恋は、ゲームの攻略よりもずっと大変なものになるかもしれない。
~完~
(完とつけましたが、この後ちょっとしたおまけがあります。完全なる番外編となっているので、興味のある方だけご覧ください)
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