第39話 前世にケジメを

 過去に縛られ苦しんでる。そう告げた瞬間水間くんの瞳が大きく揺れて、だけどすぐに、その動揺を振り切るように言う。


「いったい何を言ってる。俺は、別に苦しんでなんかいない」


 私の言葉を真っ向から否定する。けどそんなの強がりだってことくらいすぐにわかる。


「本当にそう? だったらどうして、こんなにも私に負い目を感じてるの?」

「負い目? 何のことだ」


 とぼける水間くん。だけど、どことなくバツが悪そうだ。もしかすると、ここで話を切り上げ退散したいと思っているのかもしれない。

 けど残念。私たちの勝負が続く限り、このやり取りだって続くのよ。


 私が止めていた剣を再び振るうと、水間くんはそれを受け止め、再び攻防戦の再開だ。


 そして彼を攻め立てるのは、剣だけじゃない。

 鎧で覆われたような水間くんの心の内を、少しづつ暴いていく。


「前世であなたが死ぬ間際に言った、すまなかった。今でも私に対して、必要以上にそう思い続けてるんじゃないの?」

「くっ──!」

「だから、私と一緒に崖から落ちた時、正体がバレる危険を犯しても魔法を使った。次元の狭間で戦った時、身を呈して私を庇った。この勝負だって、ろくに聞かずに引き受けてくれた!」

「だったらどうした。それが悪いかよ!」

「別に、悪いなんて言ってない!」


 少しだけ、彼の本気の感情が垣間見える。私も、ムキになってそれに言い返す。


 その言葉に嘘は無い。水間くんのしてきたこと、悪いどころか、むしろ感謝している。

 だけどね、だけど……ひとつだけ、どうしても我慢ならないことがあるの。


「助けてくれるのも庇ってくれるのもいい。だけど、本気でぶつかってきてくれないのは嫌! この戦いだって、手加減してるじゃない!」

「なっ!? 俺は、手加減なんて──」

「してる!」


 叫ぶと同時に水間くんの顔が曇り、ほんの一瞬だけ動きが鈍る。その隙を、私は見逃さない。

 今までで一番のスピードで剣を振るい、彼の喉元に剣先を突きつけた。


 普通の勝負なら、これで私の勝ちだ。


「どう? こんな簡単に不覚をとるなんて、これでもまだ手加減してないなんて言える? 本気のあなたは、こんなものじゃないでしょ!」

「…………」


 水間くんは黙ったまま何も答えず、ただ驚いたように、突きつけられた剣をじっと見る。


 もしかすると、本人には手加減している自覚なんてなかったのかもしれない。だけど、かつて全力で勝負し、つい最近身近でその戦いぶりを見てきた私には、はっきりとわかった。


「あなたにこんなにも遠慮されてたんじゃ、私だって過去を過去にできないよ。水間くんもさ、前世にケジメをつけてみる気、ない?」

「お前、何を……」


 私は、自分だけでなく水間くんにも、過去にケジメをつけてほしかった。彼が前世でしたことは、決して正しいとは言えなかったかもしれない。私だって、全てを知ってもまだ、どこかで怒りを感じていた。


 だけど私がその怒りに区切りをつけようとするように、水間くんにもまた区切りをつけてほしかった。過去の罪で、自分を縛り付けるのをやめてほしかった。


「だって、水間くん言ってたじゃない。今の俺は、水間遥人だって。その通りだよ。莉奈ちゃんみたいな家族がいるし、私達も、宿敵でなくクラスメイト。もうあなたは、ラインハルトじゃないんだよ」


 こんな風に思えるようになったのは、間違いなく水間くんと出会ったからだ。魔王ラインハルトでない、クラスメイトの水間くんを見てきて、ようやく前世から抜け出そうって思えた。


 それと同じように、水間くんにも前世から続く思いに区切りをつけてほしい。引きずっている感情が、苦しみや後悔ならなおさらだ。


「前世に引っ張られすぎて、今の幸せが曇ってしまったらもったいないよ。私達の前世は、ゲームで言うところのバッドエンドだった。でも今この世界でなら、ハッピーエンドにすることだってできるんじゃないの?」

「ハッピーエンド?」

「そう。ゲームでは、ラインハルトの真意を知ったエミリアは、彼が死なずにすむ方法はないか探したわ。そして、エミリアとラインハルトは戦いで死んだことにして、正体を隠して二人一緒にひっそりと生きることにした。それまでの罪にケジメをつけたラインハルトが、エミリアと一緒に新しい未来に進んでいく。これが、ラインハルトルートの結末よ」


 これは、ラインハルトの真意を知った石才さんが、なんとか彼の生涯をハッピーエンドにしたくて考えた、もしもの話。そしてそのストーリーは、ゲームをプレイした多くの人の心を動かした。

 ラインハルトが人気キャラになったのは、それだけたくさんの人が彼の幸せを願った証拠だ。


 そしてそれは、私も同じ。彼一人が犠牲になる運命なんて変えたいと思った。ラインハルトに、そして水間くんに、幸せになってほしいと思った。


「私たちじゃ、もうそんなハッピーエンドをつくることはできない。けれど、別の形のハッピーエンドなら作れるんじゃないの?」

「別の形のハッピーエンド?」

「そう。かつての宿敵同士が手を取り合って仲良くなる。これって、すっごいハッピーエンドじゃない」


 この思いが、水間くんにも届いてほしかった。いつまでも過去に囚われ後悔を続けることから、解き放たれてほしかった。

 祈るような気持ちで、じっと返事を待つ。水間くんの口から、小さく声が漏れる。


「そんなこと、できると思うか?」


 ポツリと呟かれたその言葉は、どこか迷っているようにも聞こえた。

 なら、私の言うことは決まってる。自分の気持ちをもう一度ハッキリ言葉にして、水間くんの背中を押す。


「できるよ。だって今の私達は、貝塚恵美と水間遥人なんだから。ラインハルトとエミリアができなかったことだって、私達ならきっとできる」


 だいたいできないって思うなら、最初からこんなこと言ったりしない。

 ううん。本当は、できるかどうかじゃない。ただそうなりたいって思う。それだけで十分だ。


 するとその時僅かに、ほんの僅かに、水間くんの口元が緩んだ。


「まったく。ケジメをつけたいから勝負しろって言われた時は何事かって思ったけど、俺にケジメをつけなきゃいけないのは、俺だったってことかよ。めちゃくちゃだな」

「うぅ……それは、しょうがないじゃない」


 だって普通に言っただけじゃ、伝わる気がしなかったんだもん。

 エミリアとラインハルトが本気で思いをぶつけ合うのは、いつも戦いの最中だった。そんな過去に決着をつけるなら、同じように体ごとぶつかって行くのが一番だって思ったの。


 だけど文句を言ってるような口調とは裏腹に、水間くんの表情が、だんだんと砕けていくのがわかった。

 そして、言う。


「いいぞ」

「えっ?」

「お前の言う、前世のケジメだよ。俺もつけるって言ってるんだよ」


 そう告げた水間くんは、ラインハルトだった頃を含めて、一番晴れ晴れとしているように見えた。


「前世で俺がしたことは、何があっても絶対に忘れはしない。けど、気持ちに区切りをつけることならできると思う。お前が、それを認めてくれるならな」

「じゃあ、決まりね」


 私の思いが伝わってくれたのが嬉しかった。水間くんが、過去を振り切ろうと決意してくれたことが嬉しかった。彼の笑顔を見れてこんなにも喜ぶ日が来るなんて、思ってもみなかった。


 そして、同時にドキッとする。水間くんの笑顔が、昨夜ゲームで見たラインハルトの笑顔とそっくりだったから。

 ゲームの中のエミリアと想いが通じあって、恋人同士になった時の笑顔と。


「──っ!」

「どうした?」


 急に黙り込んだ私を、怪訝な顔で見つめる水間くん。けど言えるわけないじゃない。あなたの笑顔を見て、ドキッとしてましたなんて。


「えっ、えーっと……」


 どうしよう? なんて言えばいい?

 けど幸か不幸か、それから水間くんは、こんなことを言い出した。


「それはそうと、今までやってた勝負はどうなるんだ? このまま、お前の勝ちってことで終わっていいのか?」

「へっ?」


 水間くんはそう言うと、ずっと突きつけたままになっていた私の剣を指さす。

 そういえば、剣の勝負の最中でもあったっけ。


 水間くんの言う通り、このまま終わるなら、状況的に見て私の勝ちってことになるだろう。


 元々この勝負の本当の目的は、お互い本音をぶつけやすくするためだったんだから、これで終わりでもかまわないはずだ。


 けど、どうしてかな。それだと、また別のモヤモヤが残る気がする。


「それは、なんかヤダな。手加減してる相手に勝ってそれで決着っていうんじゃ、納得いかない」


 もしかしたらこんな風に水間くんと勝負するのは、これが最後になるかもしれない。その最後かもしれない勝負が、こんな形で終わるなんて嫌だ。


「どうせ前世にケジメをつけるなら、相打ちで終わった勝負にも、しっかり決着をつけた方がよくない? もちろん、今度は一切の手加減なしで」


 和解した後にまたすぐ戦うなんてのも、変な話だ。

 だけどこれも、きっと私達には必要なこと。過去と決着をつけるための、大事な儀式の一つだと思った。


 すると水間くん。そこで急に、今までとは全然違う不敵な笑みを浮かべた。


「わかった。もう手加減しない。けどそうなると、俺が勝つことになるけどな」

「なっ!? 何言ってるのよ。勝つのは私よ!」


 勝ち負けなんてどうだっていい。そんな生ぬるいことは、もちろん言わない。

 本気でやるなら、勝って終わらせたいのは当然だ。


「また、さっきみたいに剣を突きつけてやるわよ」

「本気でそう思ってるなら残念だな。同じ手で来たら、すぐに返り討ちにしてやるよ」


 お互い少しの軽口を叩き合いながら、剣を構え距離をとる。

 そして、再び打ち合いが始まった。


「はぁぁぁぁっ!」

「やぁぁぁぁっ!」


 スピードも手数も、さっきまでとは全然違う。今度こそ、正真正銘本気の真剣勝負だ。

 だけどこんな攻防戦の最中だってのに、なぜか楽しいと思った。怒りでも因縁でもなく、ただ純粋に水間くんと勝負できるのが嬉しかった。


 そしてそれは多分、水間くんも同じだ。でなきゃ、戦いの最中にあんなに笑うなんてありえない。

 できれば、ずっとこの時間が続けばいいのになんて思った。


 だけどそれでも、終わりは必ずやってくる。

 お互い、ここが勝負どころと判断し、それぞれ渾身の力を込めて剣を振るった。

 そしてその一振りが、勝負を終わらせる最後の一撃となった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇






「えーっ! 私が貸したコスプレ用の剣、壊しちゃったの!?」


 声をあげて驚く小百合。そんな彼女に向かって、私と水間くんは揃って頭を下げていた。

 それぞれの手には、無惨にもポッキリと折れた聖剣と魔剣を持っている。


「えっと、ごめんなさい」

「悪い。二人でふざけてたら、壊してしまった」


 いくら魔力を使わないとはいえ、プラスチックの剣で無茶をしすぎてしまった。

 私と水間くんの勝負は、両者武器の破損による引き分けで終わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る