第38話 対決、水間くん
前世にケジメをつけたい。そう言って水間くんに勝負を申し込んでから、一夜が明けた。
本当はあの後すぐに勝負といきたかったんだけど、水間くんは莉奈ちゃんの面倒を見なきゃいけなかったから、それは無理。私としても、勝負の前に用意しておきたいものがあったし、時間をおくのはむしろちょうどいい。
というわけで、勝負は翌日の早朝に持ち越しになったんだ。
場所は、学校近くの河川敷。
この時間だと滅多に人が通らなくて、橋の下だと他からは見えにくいから、戦っても誰かに見られる心配は少ないはずだ。
学校が始まるよりずっと前。いつもの通学鞄とは別に大きめの鞄を抱えてそこに向かうと、既に水間くんがやって来ていた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たところだ。で、これから俺たちで戦って、前世からの因縁にケジメをつけるってことでいいんだよな」
「そういうこと」
こんなやり取り、とても今から戦う者同士って感じがしない。
だいたい今更だけど、戦ってケジメをつけるなんて、どこぞのヤンキー漫画じゃあるまいし、すっごく脳筋なやり方な気がする。
だけど脳筋でもなんでも、とにかく何かをしなきゃいけないと思った。でないと、前世と今を割り切ることなんて永遠にできず、ずっと過去に縛られたままのような気がした。
それに、これにはもう一つ狙いがある。
「それで、勝負って言ってもどうするんだ? 魔法でも撃ち合うか?」
昨日の時点では、具体的にどんな方法で勝負をするかは伝えてない。水間くんは詳しい話を聞く前から、二つ返事で私の申し出を聞いてくれた。
ただ、前世で相打ちになった戦いに決着をつけるとは言っていたから、そういう形の直接対決を連想したんだろう。
けどそれは完全に間違いってわけじゃないけど、少しだけ違う。
「次元の狭間で戦って思ったけど、魔法だと、やっぱり私達本来のスタイルじゃないでしょ。だから、もっといい方法を用意したわ」
「いい方法? なんだそりゃ」
「これよ」
そこまで話したところで、私は持ってきた鞄から、あるものを取り出した。
それを見て、水間くんが目を丸くする。
「それは、聖剣と魔剣じゃないか。どうしてそれがここにある!?」
鞄から取り出したのは、かつてエミリアとラインハルトがそれぞれ愛用していた、伝説の聖剣と魔剣……と言いたいところだけど、残念ながらこれは真っ赤な偽物だ。
「これ、小百合の持ってたコスプレグッズよ。昨日あれからゲームを返しに行って、変わりに借りてきたの」
小百合は私たちにコスプレさせたくて色々用意していたみたいだけど、まさかこんな形でそれを借りることになるとは思わなかった。
私も水間くんも、剣を使った戦いが一番得意だった。前世で最後に戦った時も、主に剣と剣との打ち合いだったし、その決着をつけるのにこれほどふさわしいものはない……と思う。
「よくできてるな。けど、材質はプラスチックか。これは、魔力を込めて戦うわけにはいかないな」
「それはまあ、仕方ないでしょ。それに、その方が大ケガする心配もないじゃない」
「なるほど、確かにな」
かつて命の取り合いをした相手と戦うってのに、ケガの心配をするのも何だかおかしな話だ。
だけど私がしたいのは、前みたいな命の取り合いじゃなく、前世に決着をつけること。なら、このくらいがちょうどいい。
それから、私も水間くんもそれぞれ武器を手に取って、構えをとる。いよいよ、勝負開始だ。
「いくわよ。前世からの勝負もモヤモヤも、ここできっちり決着をつける」
「ああ。来い!」
その言葉を合図に、お互い手にした剣を振るい、打ち合う。
甲高い音が数回響くけど、未だ剣先は相手の体には届いていない。
そのままさらに打ち合いながら、改めて前世で最後に戦った時のことを思い出す。
コスプレグッズとはいえ、水間くんが魔剣を手に攻撃してくる姿は、まさにあの時のラインハルトを再現しているようだった。
けどそんなそっくりの状況だからこそ、両者の違いも見えてくる。
(違う。あの時ラインハルトの力は、こんなもんじゃななかった!)
剣の振りは鋭いし、単純な腕力は私より上。剣先が体を掠め、ヒヤリとすることも度々ある。
それでも今の水間くんは、かつてのラインハルトと比べると、明らかに弱くなっている。
それは、転生したことによる肉体の衰えや、武器に魔力を込められないことによる威力不足もあるだろう。けれど私には、何かもっと大事な部分が足りないように思えた。
ううん。本当はこうして戦う前から、こうなることは薄々わかっていた。そしてこのままじゃ、私が願う形で決着がつくことはないってわかってる。
「ねえ。ケジメをつけるって言っても、詳しいこと話してなかったわよね!」
「なんだ、急に?」
いきなり声を張り上げた私に向かって、水間くんも驚きながら声を上げる。まさかこのタイミングで話しかけてくるとは思わなかったんだろう。
だけどこれは、前世と完全に決着をつけるために、ある意味剣を交わす以上に必要なことだ。
「私、前世で何としても倒したい奴がいたの! 極悪非道の魔王、ラインハルトって奴!」
「──っ!」
ラインハルトの名前が出てきたところで、水間くんの動きが僅かに鈍る。隙ありとばかりに仕掛けた攻撃は、すんでのところで弾かれたけど、明らかに動揺しているのがわかった。
だけど、この動揺につけ込んで倒そうなんて思っちゃいない。と言うか、こんなところで倒れてもらっちゃ困るんだ。
だって、まだまだ話したいことがたくさんあるんだから。
わざわざ剣で勝負を挑んだもう一つの狙いがこれだ。
以前、ラインハルトの真意について聞いた時、はぐらかして話を終えた水間くんのことだ。ただ言葉を交わすだけなら、またはぐらかして終わりってなるかもしれない。
だけどこれなら、少なくとも剣の勝負が続く限り、逃げることはできない。
それに私も、戦いの勢いに任せた方が、なかなか言えない本音を吐き出せるような気がした。
「けどね。この世界でラインハルト生まれ変わりと会ってたら、なんかイメージと違った。私の友達が女の子に絡まれてるのを見て、何とかしようとしてくれた。クラスメイトが危ない目にあった時、真っ先に助けようとしてた! 人造魔物が出た時は、どうすればいいか一緒に考えてくれて、協力して、たまに助けてもらった!」
水間くんと出会ってから、彼のことはずっと見てた。最初は、ラインハルトの生まれ変わりなら、何か悪いことをするんじゃないかと警戒した。
だけどそんなことはちっとも無くて、本当に生まれ変わりなのかって、大いに戸惑った。
でも、今なら思う。
「それで……それでさ。実は、けっこういいやつじゃないかって思った! 仲良くできるんじゃないかって思った! だからさ、そいつに持ってた嫌な感情も、因縁も、モヤモヤも、全部終わりにさせたい! これが私の、ケジメのつけ方よ!」
こんなこと面と向かって言うのは、正直恥ずかしい。こんな風に勝負の最中に勢い任せに言わなかったら、とても伝えられなかっただろう。
例え生まれ変わりでも、ラインハルト相手にこんなことを思うなんて、少し前までは思ってもみなかった。
だけどこれは、紛れもない私の本心だ。
彼を見てきて、一緒に過ごしてきて、思ったこと。どう向き合っていくかたくさん悩んで出した答えだった。
「貝塚、お前……」
いつの間にか、剣を持つ水間くんの手は止まっていた。彼もまた、こんなことを言われるなんて、思ってもみなかったのかもしれない。
けれど、これで私の話が終わったわけじゃない。自分がどうしたいかは全部話したけど、それだけじゃまだ足りない。
むしろ、本番はこれから。すっかり驚いている水間くんに向かって、もう一度声を上げる。
「でもさ。終わりにさせるって言っても、私一人じゃどうしても無理なの。だってその人、いつまでも過去に縛られ、苦しんでるの。そうでしょ、水間くん!」
「くっ……」
突き刺すような私の言葉に、水間くんの瞳が大きく揺れるのがわかった。
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