第7話 今日一番の衝撃

 水間くんを巡って揉めていた中で、まさかの本人登場。この事態に、その場にいた全員が驚愕する。


 もっとも私だけは、みんなとは違う意味で驚いていた。


(ラインハルトの生まれ変わりかもしれないこの男、いったいなんの用? もしかして、向こうも私をエミリアの生まれ変わりかもしれないと考えて、探りを入れに来たとか。彼が本当にラインハルトの生まれ変わりなら、ここで私を始末するくらい考えているかも)


 元々、女の子三人相手に臨戦態勢をとってはいたけど、彼と闘うなんてのは全くの想定外。とりあえず、変なことをしようものならその瞬間先制攻撃をしかけて、その隙をついて小百合を逃そう。

 なんてことを頭の中でシュミレーションしながら、まずは相手の出方を伺う。


 そんな中、水間くんが声をかけたのは、私でも同じ中学の三人でもなく、小百合だった。


「さっき言ってたゲームだけどさ、よかったらもう少し話聞かせてくれない? あれだけ自分と似てる奴がいると、どうにも気になるんだよな」

「は、はい?」


 わざわざ声をかけてきた理由って、それ?


 小百合もこの意外な事態に戸惑いながらも、とりあえず、『ウィザードナイトストーリー』の説明を始める。

 乙女ゲームであること。異世界が舞台で、戦闘描写もあるってこと。口で話すだけでなく、またもスマホを取り出し、キャラやパッケージのイラストを見せたりもした。

 水間くんも、それを熱心に聞いている。


 えっと……とりあえず、ここで戦うなんてことにはならずにすみそうかな?


 チラリと因縁をつけてきた女子三人の様子を伺うけど、それぞれ不満そうにしながらも、黙って見ているだけだ。

 決して面白くないだろうけど、まさか水間くん本人の前で揉めるわけにもいかないわよね。


 そうしているうちに、小百合の話も区切りがついたみたいだ。


「とまあ、こういうゲームなんですけど、さっき言った通り乙女ゲームなんで、男の子が楽しめるかどうかはわからないかも……」


 乙女ゲームを嗜む男子もそれなりにいるらしいけど、やっぱりメインターゲットは女性。小百合も、男子である水間くんに自信持って勧められるかってなったら、微妙なのかも。


 けれど、水間くんは言う。


「そっか。けど、別に男がやっちゃダメってことはないんだろ?」

「はい。もちろんです」

「よかった。こういうのをやるなんてキモい、なんて言われたら、どうしようかと思ったよ」


 その瞬間、水間くんの視線が小百合から三人に移る。

 途端に、三人はギクリとしたように固まった。そりゃそうだ。こんなのやってキモいってのは、たった今三人が小百合に向かって言ったことだ。


「誰が何を好きでいたって自由だし、それを笑いものにするなんて最低だよな。そう思うだろ?」

「えっ……」


 それは、明らかに三人に対する牽制だった。多分水間くんは、少し前から私達の会話を聞いていて、わざとこんなことを言っているんだろう。

 そして、その効果は抜群だ。


「う、うん。そうだね……」

「私も、そう思う」


 見事な手のひら返し。だけど内心ではさすがにいたたまれなくなったらしく、「じゃあ私達はこれで……」などと言って、この場を後にしようとする。


 だけどその時、水間くんが再度声をかけた。


「ああ、それとな──」

「な、なに?」

「同盟とか、話しかけるなってルールとか、そういうの作ってくれなんて、俺は頼んだ覚えはないからな」

「ひぃっ!」


 ほんと、いったいどこから話を聞いていたんだろう。徹底的に釘を刺された三人は、これでもかってくらいに真っ青になると、逃げるように退散していった。

 自分達で撒いた種とはいえ、さすがにちょっと哀れかも。


 こうしてこの場には、私と小百合と水間くんの三人が残り、そのとたん小百合がホッとしたように息をつく。


「み、水間くん。助けてくれて、ありがとう」


 小百合ももちろん、彼が自分を助けるためにあんなことを言ったのはわかったみたい。お礼を言うけど、水間くんは申し訳なさそうに首を振った。


「俺の方こそ、なんか悪い。あいつら、高校に入ったら少しは大人しくなると思ってたけど、まさかいきなりこんなことするなんて思わなかったな。こりゃ、本格的に何とかしないとな」


 何とかするっていったい何をつもりなんだろう。さっきのキツい釘刺しと、今目の前で浮かべている険しい表情を見ると、過激なことを企んでいるようにも見える。

 こういうところは、やっぱりラインハルトっぽいかも。


 けれどそれはそれとして、彼にはちゃんと言っておかなきゃならないことがある。


「でも、助けてくれたことに変わりはないでしょ。私からもありがとう」


 果たして彼がラインハルトの生まれ変わりかどうかはまだわからない。こうしているのだって、もしかしたら私や周りを欺くための演技かもしれない。

 それでも小百合を助けてくれたのは事実だし、ラインハルトと何の関係もない他人の空似だったら、素直に大いに感謝するところだ。


 すると水間くん。私を見ながら、ふとこんなことを言い出した。


「そういえば、さっきゲームの画面を見せてもらった時に思ったけど、そっちの子にそっくりなキャラもいたよな。それってどういうことだ?」

「ふぇっ?」


 そこを聞く? いや、彼にしてみれば、自分以外にもゲームキャラのそっくりさんがいるんだから、気になるのは当然か。

 けど、どういうことって聞かれても、説明なんてできないの。乙女ゲームからこの世界に転生してきたって、今さらながらおかしな話だ。


「な、何でだろうね。不思議だね」


 上手く答えるなんてできるはずもなく、私はただ困った笑いを浮かべるだけだった。







「うーん。今日は何だか濃い一日だった」


 水間くんと別れた後校門を出たところで、小百合がうーんと体を伸ばしながら言う。

 それに関しては全くの同感。高校に入学したと思ったらラインハルトのそっくりさんがいて、そのファンに絡まれて、彼本人に助けられる。本来メインイベントであるはずの入学式が、既に記憶から消えかかってる気がするよ。


「恵美。さっきは、私のために怒ってくれてありがとね」


 不意に、小百合がそんなことを言う。あの三人に詰め寄られた時のことを言ってるんだろうけど、改まってお礼を言うほどのことでもないのに。


「なに、今さら?」

「だって、さっきは水間くんがいたから、ちゃんとお礼言えなかったじゃない。恵美が私のために怒ってくれて、本当に嬉しかったんだから」

「そう?」


 別に、本当に大したことをしたとは思ってない。私はただ、腹が立ったから怒っただけ。

 だけどこんな風に言われると、やっぱり嬉しくなってくる。


「エミリアみたいにかっこよかったよ」


 それは多分、小百合にとって最高の褒め言葉なんだろうな。

 まあエミリアは前世の私なんだから、エミリアみたいってのも変な話だけど。


 小百合は最初、私がエミリアに似ているって理由で声をかけてきた。だけど今まで友達を続けてきたのは、お互い馬があったからだと思う。

 だからこそ、水間くんというかラインハルトにキャーキャー言ってるのを見ると、盗られたみたいな気分になってモヤモヤしたんだけどね。


 すると、ちょうどこのタイミングで、小百合がその話題を出してきた。


「そういえば恵美。さっき、エミリアとラインハルト、二人が戦う時はどっちを応援したのかって聞いてきたよね」

「まあね」


 これは、答えを教えてくれるのかな。

 できれば──ううん。絶対にエミリアであってほしいけど、ラインハルトって言ったらどうしよう。

 ドキドキしながら答えを待つ。だけど、次に小百合が言ったのは、実に予想外のことだった。


「二人が戦うシーンは、プレイして何度も見たことがあるけど、そういう時はいつも、二人とも分かりあってくれたらいいのにって思ってたんだよね」

「えっ? でも、それはいくらなんでも無理なんじゃないかな?」


 推しキャラ同士仲良くしてほしいってのはわかるけど、エミリアとラインハルトは宿敵同士。必ず戦う運命にあるんだから、分かりあうなんて不可能だ。

 前世のラインハルトを思い出すけど、あんな極悪非道なやつと分かりあうなんて絶対無理。


 だけど小百合は、そこでさらに予想外のことを言った。


「無理ってことはないと思うよ。だって、実際ラインハルトルートでは、分かりあうどころか恋人にだってなれたんだもん」

「…………は?」


 今、なんて言った?

 私。いやエミリアと、ラインハルトが恋人に?


「いや、いやいやいや。そんなのおかしいでしょ。いくら恋愛ゲームって言っても、攻略対象はエミリアの仲間5人だけじゃない」


 確か、前に見たことのあるゲームの説明にも、そう書いてあったはずだ。なのに、その攻略対象には入っていないラインハルトと恋人になるなんて、どう考えてもありえないでしょ!


 小百合の言ってることがわからなくて混乱するけど、当の本人はそんな私の心の内なんて知るはずもなく、呑気なものだ。


「あれ? もしかして言ってなかったっけ? 『ウィザードナイトストーリー』の攻略対象は、エミリアの仲間の5人だけじゃないよ。ある程度ゲームをクリアしていったら、隠しルートとしてラインハルトを攻略できるようになるの」

「なにそれ!」


 言ってない! 全くの初耳だ。

 待って待って待って待って! じゃあゲームでは、エミリアとラインハルトが恋人になるルートがあるっていうの?

 おかしいおかしい! あんなのと恋人になるなんて、絶対絶対有り得ないから!


 今日は、大変なことがたくさん起きた一日だった。だけど最後の最後に、今までで一番の衝撃がやってきた気がする。

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