第10話 落ちていく二人

 心配する私をよそに、水間くんはいとも簡単そうに崖を下りていく。改めて、彼の運動神経の良さを思い知らされる。

 そのまま下にいる女の子に近づくと、何か声をかけている。多分、すっかり怖がってしまった彼女に、何とか動いてくれるよう説得してるんだと思う。


「二人とも、大丈夫かな?」


 いつの間にか私の隣に来ていた小百合が、不安そうに言う。もちろん不安なのは私も同じだ。いざとなれば魔法で助けるとは言っても、絶対安全なんて保証は無い。


 だけど、もしも水間くんが彼がラインハルトの生まれ変わりだとしたら、どうなるだろう。ふと、そんな考えが頭をよぎった。


 それなら、彼も私みたいに魔法が使えるかもしれない。そうなると、助かる確率はぐっと高くなる。

 だけどラインハルトがこんな風に人助けするなんて、彼の蛮行を直接知ってる身からすると、とてもイメージできない。そのくらい、ラインハルトの非道な行いは、今も私の中に焼き付いていた。

 なら、やっぱり水間くんはラインハルトじゃないのかな?


(って、そんなこと考えてる場合じゃない!)


 大事なのは、誰もケガすることなくこの状況を何とかできるか。水間くんがラインハルトの生まれ変わりかどうかも、今は二の次だ。


「二人とも、頑張って!」


 女の子にも、水間くんにも声をかける。どうか、二人とも無事に戻ってきて。


 幸い怖がっていた女の子も、水間くんが来てくれたことで少しは勇気が持てたみたい。手を引かれながら、二人で崖を登り始めた。


 大丈夫かな? ハラハラしながら見つめるけど、女の子の動きが止まりそうになる度、水間くんが声をかけ、再び登り始める。

 決して登るスピードは早くはないけど、少しずつこっちに近づいてくる。


 そしてついに、手を伸ばせば届きそうなところまでやってくきた。


「捕まって!」


 私が手を差し出すと、まずは女の子が、それに向かって手を伸ばす。だけど、ギリギリ届かない。

 もう少し登ってきて貰おうか。そう思ったら、水間くんが女の子を下から支えるように持ち上げた。


「どうだ。これなら届きそうか?」

「う……うん!」


 女の子は一瞬驚いたみたいだけど、すぐにまた私を見て、今度こそ手を掴む。それを力いっぱい引き上げようとすると、小百合や近くにいた人達も手伝ってくれた。


「みんな、恵美まで落ちないように支えといて!」


 数人が、私の体をがっちり押さえつける。それから、せーのという掛け声と共に、全員で一気に彼女を引き上げた。


「やった!」


 女の子を引き上げた拍子にひっくり返り、その瞬間歓声が上がる。

 これで、女の子は無事救出。だけど、これで終わりじゃない。崖の下には、まだ水間くんが残ってる。


「ほら、次は水間くんの番!」


 すぐさま起き上がって、また同じように手を伸ばす。

 水間くんの場合、一人でも余裕で上がって来れそうだったけど、それでも私はこうしたかった。今回一番の功労者を出迎えてやりたかった。


「ああ。ありがとな」


 水間くんが私の手を掴む。あとは引き上げれば、全てが終わる。

 だけどその時だった。突然、空気が震え、地面が揺れた。


「何? 地震!?!?」


 多分、そこまで大きな揺れじゃない。だけど水間くんを引き上げようとしていたこのタイミングは、あまりにも最悪だった。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 足がふらつき、体全体が揺れる。なんとか踏ん張ろうと頑張ったけど、ダメだった。

 私と水間くん。二人の体が揃って崖を滑リ落ちる。その先の何も無い空間に投げ出され、更に下へと落ちていく。上にいるみんなの姿が、あっという間に見えなくなる。


(こんな時こそ、魔法で何とかしなきゃ!)


 人二人をケガなく浮かせるっていう、繊細な制御ができるかどうか。不安はあるけど、そんなこと言ってる場合じゃない。私と水間くんの二人が助かるため、風の魔法を使おうとする。

 だけと……


「風よ、巻きおこれ!」


 そう叫んだのは、私じゃなく水間くんだった。

 するとその途端、下から風が突き上げてきて、私達の体を宙に浮かせる。

 風それから少しずつ弱くなっていったけど、私達の落ちるスピードを緩やかにするには十分だった。


 そうして間もなく、地面へと到着する。

 高いところから落ちたとは思えないほどゆったりとした速度で、とてもフワリとした着地だった。


「助かった……」


 隣では、水間くんも同じようにゆっくりと着地している。二人とも無事だ。


 だけど、本当なら嬉しいはずのこの状況で、私は素直に喜ぶことはできなかった。


 水間くんがさっき叫んだ言葉。そのとたん、突如吹いた風。そして風が吹いている間ずっと、彼には魔法を使った者特有の、魔力の波動を感じた。

 つまり彼は、魔法を使ったんだ。


 それがどういうことか、導き出せる答えはひとつしかない。

 それを告げる前に、まずは周りの様子を確認する。


 結構な距離を落ちてきたようで、私達が元いたところなんて、もう見えもしない。

 きっとみんな心配しているだろうけど、私にとって、ある意味この状況はよかったのかもしれない。

 これから話すことを、他の誰にも聞かれずにすむんだから。


「水間くん。あなたは、ラインハルトなの?」


 そう尋ねる私の声は、自分でも驚くくらい強ばっていた。

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