第11話 水間くんの正体

 水間くんに問い質しながら、できれば違うと言ってほしかった。

 出会って一ヶ月。まだまだ知らないことばかりだけど、今までの彼やさっき女の子を助けた姿を見ていると、とても悪い人には思えない。思いたくない。


 だけど彼がラインハルトだって言うなら、とてもこれまでと同じように見られる自信はなかった。

 否定してほしくて、じっと答えを待つ。


「いや。俺は、ラインハルトじゃない」


 返ってきたその言葉に、一瞬だけホッとする。だけど、それは本当に一瞬だった。


「それは前世の名前だ。今の俺は、水間遥人。貝塚だって知ってるだろ」

「なっ……!」


 一転して、絶望に叩き落とされた気分だった。全身がワナワナと震え、喉の奥から熱いものが込み上げてくる。


「ふざけないで! あなた、よくも私の前でそんなことが言えるわね! 前世だから、今の自分には関係ないって言うの? あんな、あんなことをやっておいて!」


 咄嗟に彼を攻撃しなかったのは、私に残ったギリギリの理性だったと思う。

 荒々しく息を切らしながら、必死に自分を押さえつける。


 かつて私達が生きた世界で、彼が何をやってきたか。苦い記憶が、次々と頭の中に蘇る。

 全ての人類に対して宣戦布告したこと。それにより、多くの街が焼かれ、兵が死んだこと。その中には、私の知っている人もいたこと。


 水間くんの言う通り、今の彼はラインハルトでなく水間遥人。そして私も、エミリアでなく貝塚恵美だ。

 だけど彼に対する怒りは、自分でも驚くくらい、未だ私の中に渦巻いていた。


 なのにそれをぶつけられた水間くんは、至って冷静だ。


「やっぱり、そういう反応になるか。こうなると思っていたから、できれば隠したままにしておきたかったんだけどな」


 静かに語る姿が、尚更苛立ちを募らせる。そんな私をよそに、水間くんはさらに話を続けた。


「入学式でお前の姿を見た時は驚いたよ。俺と同じように、エミリアがこの世界で生まれ変わったのかもしれない。そう思って観察してたら、お前もあからさまに俺のこと見てるだろ。しかも、時々敵意を込めて睨んでた。これは、いよいよエミリアで間違いないと思ったよ」

「私が見てたこと、気づいてたの?」


 これでも一応悟られないように気をつけてたつもりなのに。しかも、私は彼に観察されてたことにはちっとも気づけなかった。なんか悔しい。


「けど、ひとつわからないことがある。あの柘植って子が言ってた、『ウィザードナイトストーリー』ってゲーム。どうして俺達があのゲームのキャラに似てるんだ? いったい、あのゲームは何なんだ?」

「そんなの、私だって知らないわよ。私達の前世が、ゲームの中の世界だったんじゃないの。小百合が言うには、ゲームの世界に転生する話はよくあるらしいから、その逆なんでしょ」

「よくあるのか?」


 前世が乙女ゲームの世界だったってのは、水間くんにとっても全くの予想外だったみたいだ。心底困惑したように肩をすくめる。

 けど、私にとってそっちはこの際どうでもいい話だ。それよりも、ラインハルトの生まれ変わりが目の前にいる。大事なのはその一点だ。


「そんなことより、ラインハルトでいた頃とはずいぶん雰囲気が違うじゃない。学校でのあなたは、とても世界を恐怖に陥れた魔王とは思えなかった」


 入学式の日、絡まれた小百合を助けてくれた。さっきも、水間くんがいなければ女の子は大変なことになっていたかもしれない。


 正直なところ、こんなにも彼に怒りを抱きながらも、今まで見てきた姿を思い出すと、僅かに躊躇いが生まれてくる。


「これでも、かつては一国の王だっんだ。腹のうちを隠すくらいのことは慣れたもんだ」


 じゃあ今まで見せていた姿は、全部本心を隠すためのものだったの? 私も、まんまとそれに騙されてたって言うの?

 彼の本心を探るため、さらにもう一度問い質す。


「じゃあ、あなたはこれからこの世界で何をするつもりなの? 前と同じように、世界を支配しようって気はあるの?」


 水間くんは、いったい何と答えるだろう。それ次第では、今すぐ彼と戦うことになるかもしれない。

 この世界を、かつて生きた場所と同じような戦いの世の中に変えるのだけは、何としても止めたかった。


 水間くんは一瞬目を泳がせたかと思うと、フーッと大きく息を吐き、改めて口を開いた。


「世界を支配、か。しねーよ、そんなこと」


 それはあまりに気の抜けたような口調で、身構えていた私も、思わず拍子抜けしそうになる。

 だけど、それなら大丈夫と簡単に安心できるもんでもない。


「本当でしょうね?」

「本当だ。なんて言っても信用できないか? けど、これ以外に言いようがないからな。それとも、俺が嘘をついてるかどうか証明する方法でもあるか?」

「うっ……」


 そう言われると、それ以上強くは言えなくなる。本当か嘘か、心の内なんてわからないんだし、どこかで信じないと始まらない。


 ただそれでも、ラインハルトを信じるって言うのが、私の中でとんでもなく難しい。その言葉を鵜呑みするには、積み重なった不信感があまりにも大きすぎる。


 頷くことも反発することもできずに唸っていると、水間くんはまたため息をついた。


「簡単には信じてくれないようだから、今度は俺から聞くぞ。もし俺がこっちでも世界を支配したいと思ったとして、実際にできると思うか?」

「それは……」


 多分、無理だと思う。

 前世と同じように力で世界を支配しようとしても、到底不可能だろう。


 水間くんは、さっき見たように魔法を使うことができるし、ラインハルトだった頃の彼は、自ら名乗った魔王という肩書きに違わず、強大な力を持っていた。実際に戦って命を落とすはめになった私が言うんだから間違いない。

 この世界の人達からしても、魔法が使えるってだけでも脅威だろう。


 だけど、それで世界を支配できるか、例えば戦争を起こして勝てるかってなると、全くの別問題。いくらその力が強大でも、一人でできることには限界がある。

 たった一人で戦いっぱなしなんてことになったらいつかは疲れて力尽きるだろうし、戦いにおいて数の差を埋められないってのは致命的だ。


 実は、前世でも全く同じことが言えたんだけど、前世の彼は、そんな不利ををひっくり返せる切り札を持っていた。

 だけど、この世界にそれは存在しない。


「ラインハルトだった頃の俺が、どんな勝算があって世界に戦いを挑んだか、お前なら知ってるだろ」

「古代兵器……」


 古代兵器。それは、ある意味ラインハルトと同じくらい、私の中で忌み嫌っている言葉だった。


 前世で私達がいた、『ウィザードナイトストーリー』の世界では、はるか昔に滅びた文明があった。

 と言っても、その文明が存在したのが古すぎるせいで、ちゃんとした記録はほとんど残ってない。

 どんな文化か、どうして滅びたのか、まるでわからない。


 だけどそんなに古い文明にも関わらず、現代とは比べものにならないくらいの魔法技術を持っていたのは間違いない。

 それを証明したのが、何を隠そうラインハルトだ。

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