第9話 人前で魔法が使えたら
その後も山登りは続き、あと少しで頂上にたどり着こうかという頃。私たちは山道の脇にある少し開けた場所で、何度目かの休憩をとっていた。
「水とお菓子で回復しなきゃ」
小百合が水筒で水を飲み、一回の休憩につき一個までと決めていた飴玉を頬張る。
嫌だ嫌だといいながらも、よくここまで頑張ってる。頂上まであと少し、もうひと踏ん張りだよ。その後は下山が待っているけど。
そんなことを思っていると、どこからか大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと、危ないから止めなって!」
いったいどうしたんだろう。私も小百合も、腰を上げて声のした方へ行ってみる。
そこにいたのは、近くで休憩していた他の班の女の子二人だった。
一人は、近くにある崖を見ながら叫んでる。この子が、さっき聞こえてきた声の主だろう。そしてもう一人は、なんとその崖から大きく身を乗り出そうとしていた。
「なんでこんなことになってるの!?」
「私の被ってた帽子が風で飛ばされて、崖の途中で引っかかったの。でも私、高所恐怖症で……そしたら、とってくるから待ってろって言われて……」
なるほど。見ると、崖の途中にはこの子の言っている通り、帽子が引っかかっていた。
そしてそれを取ろうとしていた女の子は、手を伸ばしただけじゃ届かなかったのか、なんと崖の突き出た部分に手をかけ下りようとしていた。
「危ないよ。帽子なんてもういいから!」
「平気だって。ここなら、気をつければ下りられるから!」
自分なら大丈夫。そう思っているみたいで、怖がる様子は一切ない。
確かに崖と言っても傾斜は緩やかだし、気をつければ下りられるかもしれない。けど、だからって危なくないわけじゃない。
心配する周りをよそに、この子はあっという間に崖を下りていき、帽子のあるところまで到達する。
それから帽子を掴んで、あとはこっちに戻ってくるだけだ。
だけど上がってくる途中。下りた時と同じように、崖の出っ張りに手を掛けた時だった。
油断していたのか、急に手が滑って、その体が大きく揺らぐ。
「きゃぁっ!」
悲鳴をあげたのは誰だっただろう。とにかく、その場にいた全員が息を飲む。
慌てて崖に駆け寄り下を覗き込むと、幸い、崖下に真っ逆さまなんてことにはなってなくて、元の場所より少し下でストップしていた。
帽子を飛ばされてしまった子が、それを見てヘナヘナとその場に座り込む。
「よ、よかった……」
だけど安心するのはまだ早い。崖にいる子はケガこそしていなかったけど、落ちかけたのがよっぽど怖かったのか、さっきまで平気な顔をしていたのが嘘みたいにガタガタと震えていた。
これは、まずいかも。
「大丈夫? 登ってこれる?」
声をかけてみたけど、その子は無言のまま。ただ、黙って首を横に振る。
どうしよう。このままじゃ自力で登るのは難しいかもしれない。引き上げようにも、崖の上から手を伸ばしたくらいじゃ、とても届きそうにない。
とりあえず、先生を読んで助けに来てくれるのを待つ? だけどそんなのいつになるかわからないし、あんなに怖がった状態で待たせるのは危険だ。もしかすると、今度こそ何かの拍子に崖から転げ落ちてしまうかもしれない。
この様子に気づいたのか、いつの間にか近くで休憩していた子達が集まってくるけど、みんなどうしてもいいかわからないみたいだ。
そんな中私は、助けるためのある方法を思いつく。
(風の魔法を使えば、あの子の体を上まで運ぶことができるかも)
普通の人間にはできない、前世でエミリアだった私だからこそできる救出方法。だけど思いつきはしたものの、それをやるとなると躊躇する。
その理由は、ひとつ間違うとケガを追わせてしまうから。
人ひとりを浮かせてケガなく着地させるとなると、かなり繊細な魔法の制御が必要だ。
だけど実は私は、聖剣を振るって戦うのが主な戦闘スタイルだった。魔法も使えはするけど、あくまでその補助って感じ。
おまけに、生まれ変わってからは魔法そのものを使う機会がほとんどなかった。いきなりそんな難しい制御をできるかとなると、正直あまり自信が無い。
もう一つの理由は、大勢の人の前で魔法を使わなきゃならないこと。こっちの世界に転生してから今まで、そんなのしたことがない。だって魔法が使えるなんて知られたら、どう考えても面倒なことになる。
(ダメ、やっぱり魔法は使えない。少なくとも、今はまだ)
本当に危なくなったら、一か八かでやってみるかもしれない。だけど、今はまだその時じゃない。ひとまず他の方法を考えよう。
例えば、私がさっきのあの子みたいにこの崖を下りていき、手を引いて上に運んでいくってのはどうだろう。
私自身も危なくなるかもしれないけど、こういう危険もエミリアだった頃に何度か経験してきたし、落ちそうになった時は、それこそ魔法を使って何とかすればいい。人の体を浮かせるより、自分が浮く方がいくらか楽そうだ。
魔法だけに頼るよりも、こっちの方が上手くいきそうな気がした。
そうと決まれば実行だ。
だけど崖の前に立った時、横から割って入ってきた人がいた。
水間くんだ。
「大丈夫か。今助けに行くから、そのまま待ってろ!」
水間くんは下で引っかかってる女の子にそう言うと、そのまま迷うことなく崖を下りようとする。
「ちょっと、何してるの!?」
「このまま放っておいたら落ちるかもしれないだろ。俺が下りていって引き上げる」
それは、私がやろうとしていたのと全く同じやり方だった。
「それだと水間くんまで危なくなるじゃない。下りるなら私がやるから!」
下りるなら、いざとなれば魔法という最終手段がとれる私の方がいい。
そう思って言ったけど、それでも水間くんはやめようとしなかった。
「あの子を引き上げるには、力のある男の俺が行った方がいいだろ。お前はここで待ってて、上から引き上げるのを手伝ってくれ」
「うっ……」
確かに、私が魔法を使えるのを知らなかったら、そっちの方がいいと思うよね。
できることなら魔法のことを全部話して、下りる役を交代してほしいけど、そんなことをしてる暇もなさそうだ。
「……わかった」
少し迷って、だけど結局は頷く。ただし、何かあったらすぐに魔法を使って助ける準備はしておこう。
例えそのせいで面倒なことになったとしても、人の命の方が大事だから。
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