第28話 次元の狭間へ

 その手って、まさか次元の狭間に人造魔物を退治しに行くって言うの?

 いや、それ自体は別に反対しないんだけど、どうやったらそんな所に行けるかなんて見当もつかない。


 けど水間くんだって、考えなしでこんなことを言い出したわけじゃない。


「かなり特殊な状況ではあるが、空間の歪みが発生して他の場所にいる奴らがやってくるってのは、転移魔法と似たような仕組みなんだろ。そして転移魔法が使われた時には、その歪みを辿って相手が転移してくる場所にこっちが移動するという技術もある。それを使えば、次元の狭間にだって行けるかもしれない」


 確かに、そんなことができるってのは、前に仲間の魔術師から聞いたことがある。

 けれど私はそれを聞いても、ならやってみようとは思えなかった。


「でも、それって凄く難しいんじゃない? 元々転移魔法自体に高度な技術が必要なんだし、そこに更に複雑な条件が追加されるんでしょ。そんなのできるの?」


 私も水間くんも、魔法が使えるって言ってもそれが専門職ってわけじゃない。

 だいたい、人造魔物がやってくるのは転移魔法みたいなものだろうってのは前から言ってたことだし、そんなことができるならとっくに試してるんじゃないの?


「もちろん、俺一人じゃ無理だ。だが、スフィアがいればそれも可能だ」


 水間くんが、そう言ってスフィアを見る。

 スフィアって魔法も使えるの?


「スフィアはロボットみたいなものなんだよね。ロボットと魔法って、なんとなくイメージがズレてるような気がしてた」

「恵美様、それは偏見というものです。ワタクシの作られた時代でも魔法は普通に使われていましたし、便利なものと便利なものを組み合わせる発想は自然なものでしょう。超高性能なワタクシにそういう機能が搭載されたとしても、何も不思議はございませんよ」


 そうなんだ。サラッと自分のことを超高性能ってアピールしたけど、知識があって私達が気づかないようなデータを収集できて魔法まで使えるってのは、確かにすっごい優秀だ。


「とはいえ、ワタクシが魔法を使うイメージが無いというのは、全くの間違いというわけでもありません。ワタクシ自身には魔法を使うための燃料と言える魔力がなく、誰か他の方から供給してもらわなければならないのです」

「それって、私達があなたに魔力を渡すってこと?」

「はい。そうしていただければ、遥人様の仰るように、次元の狭間に行くことも可能かと思われます。ただ行き先が行き先なので、お二人からは相当な量の魔力を吸い取ることになるでしょう。かなりの疲労を伴うと思うのですが、いかが致しましょう?」


 スフィアの言葉に、私と水間くんは揃って顔を見合わせる。もちろん、この事態を何とかするためなら、ちょっとやそっと疲れるくらいやってやる。

 ただ問題は、次元の狭間に行けばそれで終わりってわけじゃないことだ。


「向こうには、当然無数の人造魔物がいるだろうな。問題は、そいつらと戦って勝てるかどうかだ」

「そうよね……」


 私も水間くんも、エミリアやラインハルトだった頃は、世界屈指の実力者だった。今までこっちの世界に現れた人造魔物だって、ほとんど苦戦することなく撃退している。


 けどこれから行こうとしている所は、言わば人造魔物の巣窟。それに加えて転移魔法でかなりの魔力を使うとなると、私達でも無事ですむ保証はどこにも無い。


「行くか行かないかってなると、もちろん行くわ。けど、それなら何か作戦がほしいわね」


 勇気と無謀はちがう。

 前世でも勝算の低い戦いに挑んだことは何度もあったけど、そういう時だって、事前に勝つためにはどうすればいいかしっかり考えていた。


 今回も、勝つための鍵を見つけないと。無数の人造魔物をやっつけられる何かを。


 そこまで考えた時、私の中に一つのアイディアが浮かんだ。と言うか、思い出した。


「ねえスフィア。あなたの話だと、私達が戦ったあの城ごと次元の狭間にあるのよね。ならその中に、人造魔物を生み出すためのクリスタルもあるんじゃない? それを壊せば、人造魔物も全部消えるんでしょ」

「確かに──」


 私の言葉に、水間くんが息を飲む。と言っても、これは私が考えた作戦ってわけじゃない。


 クリスタルを奪って人造魔物を操り無力化するってのは、元々前世であの城に乗り込んで戦うことになった時、仲間の一人が立てた作戦の一つだ。

 結局、そうする前にラインハルト本人と直接戦うことになったから、この作戦が日の目を見ることはなかったけど、今のこの状況だと、それをそのまま使えるかもしれない。


「なるほど。あの城も、エミリアさんの仕掛けた魔法具によってかなりボロボロになっていましたが、それでも原型は留めていました。今もあの場所でそのままになっているなら、クリスタルも無事の可能性が高いです。それさえ手に入れられたら全ての人造魔物は無力化できますし、作戦としては悪くはありませんね」

「やっぱり!」


 スフィアもそう言ってくれたことで、一気に希望が見えてきた。けどそれからスフィアは、私と水間くんに向かってこんなことを言う。


「しかし、いくら勝機があるとは言っても、確実というわけではありません。お二人とも危険な目にあうことも十分に考えられるでしょう。それでも、この手段をとることに異存はありませんか?」


 その言葉に、私と水間くんは顔を見合わせる。

 スフィアの言う通り、場合によっては大ケガや、もっと酷いことになるかもしれない。正直、不安は無いと言ったら嘘になる。

 それでも私の、いや私達の答えは決まっていた。


「私はやるわ。このまま人造魔物が延々やってくるかもしれないなんて、冗談じゃないもの」

「俺もだ。臆病風に吹かれて何もしないなんて、性にあわないからな」


 やっぱり。私はもちろん、水間くんだって、絶対にこう言うと思ってた。

 何しろ、私達の前世はエミリアとラインハルト。立場は全然違うけど、二人とも世界の運命を背負って戦いに挑んだ戦士だ。勝機があるのに何もしないでいるなんて考えられない。


 すると今度は、水間くんがスフィアに向かって問い質す。


「スフィア、お前こそいいのか。向こうに行ったら、一番危ないのは戦う力のないお前かもしれないぞ」


 次元の狭間に行くなら、当然私と水間くんだけじゃなく、スフィアも一緒だ。スフィアがさっき私達に言ったような危険は、そのままスフィアにも言えることだった。


「ワタクシは、行くのは構いません。ただ……」


 スフィアはそこまで言うと、石才さんの方へと向き直る。

 石才さんは、さっきからずっと私達の話を不安そうな顔で聞いていた。


「優香。聞いての通り、ワタクシ達はこれから戦いに出向かなくてはなりません。できればあなたに、納得してもらった上で送り出してほしいのですが、よろしいでしょうか?」

「それは……」


 言い淀む石才さん。無理もない。いくらスフィアから向こうの世界の話を聞いていたとしても、彼女はこの平和な世界に住む一般人。いきなり戦いに行くから送り出してなんて言われても、すぐには飲み込めないんだと思う。


 けど、わざわざそんなことを言ったスフィアの気持ちもわかる。

 命懸けになるからこそ、大切な人に納得してもらえないまま行くのは嫌だ。私だって、大きな戦いに挑む前はそんな気持ちになっていた。


 石才さんは、すぐには返事をしなかった。僅かに頭を下げると、両手で顔を覆いながら、うーんと大きく唸る。

 だけどそれから再び顔を上げると、意を決したように言う。


「わかったわ。けど、絶対に無事に帰って来るって約束して。スフィアだけじゃなく、あなた達全員、一人残らずね」

「はい。必ず」


 真っ先に返事をしたのはスフィアだけど、気持ちは私も同じだ。元々無事に帰ってくるつもりではいたけど、これでいよいよ失敗できなくなった。


 これで全員の意思が揃ったことだし、いよいよ次元の狭間に出発だ。


「さて。まずは、空間の歪みが発生しなければどうにもなりませんが、それもある程度意図的に引き起こすことは可能でしょう。遥人様、恵美様。ワタクシの体に手を置いてくれませんか?」


 空間の歪みが、私達のような次元を超えてきた存在がそばに寄ることで引き起こされるなら、三人で直接触れ合えば、よりその確率が上がる。

 私も水間くんもスフィアの体に手を置くと、じっと反応を待つ。


「ふむ。やはりこの推測に間違いはなかったようですね。先程までより、明らかに空間の歪みが増大しています。これなら、すぐに転移することも可能です。二人とも、ワタクシに魔力を供給していただけますか?」


 その言葉を聞いて、一瞬水間くんの方を向く。これでいよいよ次元の狭間なんてところに行くんだと思うと、さすがに少し緊張する。

 すると水間くんも同じように私を見ていて、それから小さく、だけど力強く言う。


「いくぞ」

「ええ」


 交わした言葉はそれだけ。あとは二人とも、スフィアに向けて目一杯の魔力を解き放った。

 するとそれからすぐに、周りの空間がハッキリ目に見えて歪み始めた。

 スフィアによる転移が発動したんだ。


「みんな、頑張って!」


 一人この部屋に残る石才さんがそんな掛け声を送ると、その途端、私達の体は光に包まれ、そこから消滅した。


 そして移動する。人造魔物と、それを生み出し操ることのできるクリスタルの待つ、次元の狭間へと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る