第31話 剣の聖女再び

「水間くん!」


 地面に横たわり、動かなくなる水間くん。

 すぐに駆け寄ろうとするけど、そこで今度はスフィアが声をあげた。


「遥人様はワタクシがなんとか致します。恵美様、あなたは、そこにある剣を取ってください」


 それを聞いて気づく。さっき水間くんが騎士の一人を突き飛ばした際、倒れ込んだ拍子にそいつの持っていた剣が手から零れ落ち、床の上に転がっていた。


 だけど突き飛ばされた騎士だって、それをいつまでも放っておくはずがない。既に起き上がっていたそいつは、再び自らの武器を手にしようと、剣に向かって駆け寄ってきていた。


「させない!」


 私も、咄嗟に剣を目掛けて走る。お互い距離は同じくらいで、奴より先に手が届くかはギリギリだった。

 だけど僅かに、ほんの僅かに、私の方が先に剣を掴む。その瞬間、気づけば体が勝手に動いていた。


「やぁぁっ!」


 無心で振るった剣は、すぐ近くに迫っていた騎士の体を、容赦なく斬り裂いた。

 元々ダメージを負っていた相手は、声をあげることすらできずに、その場に崩れ落ちる。


「やった……」


 一呼吸置いて、ようやく手に持った剣の感触が伝わってくる。

 生まれ変わってからというもの一度も握ったことはなくて、ブランクは相当なもの。だけど、体は動きを覚えていてくれたみたいだ。

 いや、体そのものは生まれ変わった時に別物になったから、覚えていたのは魂の方かも。


 とにかく、武器を手にしたことでようやくまともに戦うことができそうだ。

 けどその前に、確かめなきゃいけないことがあった。


「スフィア、水間くんは大丈夫なの?」


 スフィアはその小さな体を倒れた水間くんの下に潜り込ませると、コロコロと転がりながら、床を這うように移動させていた。

 そして水間くんはというと、ぐったりしていて顔をあげることもない。

 その姿を見て、キュッと胸が苦しくなる。


「前世であるラインハルト様なら、この程度のこと何でもなかったでしょう。しかし、生まれ変わったことで肉体の強度がたいぶ落ちてしまっています。これ以上無理をさせるのは危険です」


 やっぱりそうか。

 今までの戦いでは、私も水間くんも、ほとんど無傷のまま敵を倒していた。だけどそれは、決して相手が弱かったわけじゃない。今の体じゃダメージを負ったら危険だとわかっていたから、そうならないよう徹底的に素早く倒していっただけだ。

 けれど今回は、それができるような相手じゃなかった。


「ひとまず応急処置を致します。あいつらの相手、お任せできますか?」

「──まかせて」


 言われなくても、これ以上水間くんに無理をさせるつもりも、危険な目に遭わせる気もない。

 彼は、体を張って私を助けてくれた。なら次は、私が頑張る番だ。


「何よ。元魔王のくせに私を庇うなんて」


 ぐったりとしている水間くんを見て、かつてこの城で見た、ラインハルトの最後の姿を思い出す。

 その時は私も、他ならぬラインハルトの手によって大ケガをしていた。というか、命を落とした。

 だけど今は、そのラインハルトの生まれ変わりである水間くんが守ってくれた。


 苦しかった記憶と、それとは全く違う今に、ザワザワとした言いようのない感情が込み上げてくる。

 だけど、その感情と向き合うとはまた後だ。


「あなた達、覚悟しなさい!」


 剣を構えて、三体の騎士と向かい合う。

 相手もそれぞれ身構えると、一呼吸置いた後、両方同時に相手に向かって突っ込んでいった。


「やぁっ!」


 数でいえば、三体一っていう圧倒的に不利な状況。だけど剣という得意な武器を得られた私は、さっきまでとは違う。


 三体の騎士は連携をとりながら休みなく攻めてくるけど、私は剣を使ってそれらを受け止め、凌ぎ、そして反撃していく。


「ガァァァァッ!」

「はぁぁぁぁっ!」


 騎士の一人が大きく斧を振り回してきたけど、それに剣をぶつけて横へと逸らす。剣と斧ならその重量からいって、単純な威力では向こうの方が上。だけどその分小回りがきかず、外した時の隙も大きい。

 そしてその隙を、私は見逃さない。


「そこっ!」


 相手が体勢を立て直すより前に、素早く切りつける。魔力を込めた一撃は、身につけていた鎧ごと、その体を斬り裂いた。


 これで残るはあと二人。敵の数が減れば、それだけこっちが有利になる。

 だけどその時、戦いの様子を見ていたスフィアから声が飛んだ。


「恵美様、お気をつけください。今の攻撃の影響で、剣に破損がみられます」

「えっ?」


 言われて気づく。たった今騎士の一人を斬り裂いた剣に、僅かにヒビが入っていることに。


「そんな……」


 魔力を込めた一撃を放ったのが原因なんだろう。


 確かに私の得意な戦闘スタイルは、剣を使った戦いだ。だけどそれは、それ相応の剣を使って初めて真価を発揮できる。

 かつて使っていた聖剣と呼ばれる特殊な剣ならともかく、この剣では私の技に何度も耐えるのは無理みたいだ。


 どうしよう。せっかく勝てる見込みが出てきたっていうのに、剣が壊れてしまったら、またピンチに逆戻りだ。


 そして相手は、そんなこっちの事情なんてお構い無しに攻めてくる。


「──っ!」


 槍とメイス。二人がかりの攻撃を必死で捌く。とはいえ、一度ヒビが入ってしまった剣で、どこまでこの攻撃に耐えられるかはわからない。

 だけど反撃しようにも、さっきみたいに魔力を込めた一撃を放てば、それこそ完全に壊れてしまうかもしれない。


 どうする?

 このまま耐えて別の手を考えるか、剣を犠牲にしてでも反撃に出るか、二つに一つだ。

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