第30話 宙を舞う水間くん

 目の前に立ち塞がる、四体の武装した騎士。持っている武器は、剣、斧、槍、メイスと、それぞれバラバラだ。

 対するこっちは、かつての剣の聖女と魔王。ただし、二人とも得意武器である剣は持ってないし、以前とは比べ物にならないくらいに弱体化している。それに、体力だって消耗している。

 できることなら、まともに戦いたくはない相手だった。


「どうする? あいつらの相手はそこそこにして、クリスタルの方を何とかする?」


 あいつらも、特別とはいえ人造魔物。クリスタルさえ押さえれば無力化できるはず。

 今までだって戦いよりも先に進む方を優先してたし、できることならそうしたい。


 けれど、残念ながらそれは無理みたいだ。水間くんが、クリスタルを指差しながら言う。


「クリスタルの周りに、薄い光の膜があるのが見えるか? あれは結界だ」


 水間くんの言う通り、よく見るとクリスタルは光の膜に覆われていて、そこからは強い魔力を感じた。


「あの結界は、こいつら四体の魔力によって作られている。破るには、力ずくで壊すか、こいつら全員を倒すかのどちらかだ」

「それはまた、厄介なものを作ってくれたわね」


 無尽蔵に人造魔物を生み出すクリスタルは、ラインハルトにとって戦力の要の一つだった。守りを厳重にするのも無理はないけど、まさかそれで本人が苦しむことになるとは思わなかっただろう。


「ちなみに、結界を力ずくで壊すのとこいつらを全部倒すの、どっちの方が簡単なの?」

「両方難しい。だが、強いて言うならこいつらを倒す方だろうな」


 なら、やるべきことは決まった。

 それにどっちを選んだとしても、どのみち戦いは避けられなかっただろう。私達の話が終わるのも待たず、四体の騎士がそれぞれ武器を振り上げこっちに向かって駆け出してきた。


「ガァァァァッ!」


 人間に近い見た目でも、まともな言葉は喋れないのか、獣の咆哮にも似た声をあげながら突っ込んでくる。


 それを撃退するため、私は魔法を放つ。


「光よ、包め!」


 翳した手から光の玉が飛んでいく。だけど、それが相手を貫くことはなかった。命中する直前、先頭にいた騎士が持った持っていた剣一振りすると、光の玉は瞬く間に四散した。


「くっ──!」


 それを見て、私も水間くんも一気に身を翻し、相手から離れる。

 ある程度距離を置いたところで、今度は二人同時に魔法を放つ。だけど結果は同じ。私達の魔法は、騎士達の振り回す武器により、いとも簡単に掻き消されてしまった。

 わかっていたことだけど、やっぱり今まで倒してきた人造魔物とは訳が違う。


 ならばダメで元々と、クリスタルの周りに張ってある結界めがけて放ったけど、そっちも破ることはできなかった。


「ダメか。俺達の魔法だとこんなものかよ」


 水間くんが悔しそうに言う。

 これが魔法が本職の魔術師なら、もっと強力な魔法を放ってなんとかできたかもしれない。私達だって、本来得意な武器を使った攻撃なら、あの防御を破れる自信はある。

 だけど今は、その武器がない。


 そうしているうちに、槍を持った騎士が大仰な構をとると、その身から今まで以上に強い魔力の波動を感じた。


「避けろ! 十分に距離をとるんだ!」


 水間くんの声が飛ぶけど、私だってそのつもりだ。

 前世で散々戦ってきたからわかる。ああいう奴らの技は、武器そのものに当たらなければいいってわけじゃない。


 槍が振り下ろされたその瞬間、広間全体に衝撃が走り、床が大きく裂けた。


「危なかった……」


 なんとかかわすことはできたけど、あんなのまともに当たったらひとたまりもない。

 今のが、あの世界の達人達が使う技だ。自らの武器に魔力を込めることで、普通ではありえない威力を発揮する。本来なら、私も水間くんもこういう戦い方を得意としているはずだったのに。


 そして、武器がないことによる不利は、攻撃面だけの話じゃない。

 相手が攻めてきても、こっちが武器を持っていたら、それで受け止める耐え凌ぐことができるかもしれない。だけど今みたいに丸腰なら、攻撃を受け止め続けるなんてまず不可能だ。できることといったら、ただ逃げ回るしかない。


 けれど、逃げるにしたって限界がある。騎士達だって 闇雲に私達を攻撃してくるんじゃない。まるで獲物を追い詰める猟犬のように、追い回す度、徐々にその逃げ場を奪っていく。

 そして気がついた時には、私も水間くんも、それにスフィアも、揃って広間の壁際へと追いやられていた。


「どうする? どうすればいい?」


 手強いとは思っていたけど、攻撃も防御もまともにできないんじゃ、一方的に狩られるだけ。まるで勝負にもなっちゃいない。

 かつての剣の聖女と魔王が揃ってこのザマなんて、まるで笑えない。


 そんな私達の不利は、直接戦わないスフィアにも十分伝わっているみたいだった。


「先程ワタクシの警護をお願いしましたが、いざとなれば我が身を守ることを最優先にしてください」

「バカなことを言うんじゃない!」


 水間くんが怒ったように言うけど、私も同じ気持ちだ。

 スフィアに何かあれば帰れなくなるのはもちろん、それを抜きにしたって、誰かを見捨てるのを前提に戦うなんてごめんだ。


 むしろ、絶対にそんなことするもんかって気になってくる。


「魔法が剣で弾かれるなら、それができないようにすればいいだけよ!」

「待て。何をする気だ!?」


 水間くんの声が飛ぶけど、それに答えている暇は無い。迫ってきた騎士のうち一体に向かって、全速力で走り出す。


 そいつの武器は、剣。

 もちろん丸腰のままでそんなので斬られたらひとたまりもない。普通に考えれば自殺行為だ。

 相手もそう思ったんだろう。一瞬、虚をつかれたように固まるけど、すぐに握っていた剣を、私にめがけて振り下ろす。


 これが当たれば一巻の終わり。けど、そんなギリギリの状態にこそチャンスはある。


「甘い!」


 振り下ろされた剣は、私の僅か数センチ先で、虚しく空を切る。

 危なかったけど、なんとかかわすことはできた。


 そして渾身の力で剣を振るった騎士は、次の動作を起こすまで、ほんの少しの隙を見せる。それこそが、私の狙いだ。


「光よ、包め!」


 至近距離で放たれた魔法は、さっきまでのように剣で防がれることなく、騎士の体を直撃した。


「グォォォォォッ!」


 苦しそうな声をあげる騎士。自分の身を危険に晒した甲斐あって、初めて大きなダメージを与えることができた。

 だけど、それでもまだ倒すには至らない。それどころか、そんな状態でなお、騎士は私を倒すため、攻撃を止めようとはしなかった。


(まずい!)


 振り回される剣を、一回、二回と避ける。ダメージを受けた影響か、少し前に見せたような、大技は放ってこない。だけどこの至近距離でいつまでもかわし続けるのは不可能だった。


 やられる!

 そう思ったその時だ。騎士の真横から、水間くんが思いっきり体当たりしてきた。


「貝塚、無事か!?」


 騎士の体を大きく突き飛ばしながら、水間くんが叫ぶ。


「無茶しやがって。このままやられたどうする気だ!」

「ご、ごめん……」


 これには返す言葉もない。もちろん勝機があると思ったからこそやったことだけど、その結果がこれだ。水間くんがいなかったら、間違いなく殺られていたと思う。

 だけど、無茶をしたのはある意味水間くんも同じだった。騎士の一人を突き飛ばしたのはいいものの、そのせいで大隙ができる。そしてその隙を、他の奴らは見逃さなかった。


「水間くん、逃げて!」


 一番近くにいた奴が、水間くんめがけてメイスを振るう。もちろん水間くんはそれを避けようとするけど、遅かった。


「──ぐぁっ!」


 メイスによる一撃をくらった水間の体は大きく吹き飛ばされ、為す術なく地面に叩きつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る