第32話 決着

 一瞬迷いが頭を過ぎって、けれど次の瞬間には答えを出す。

 今やるべきなのはこれだ。


「やぁっ!」


 一度大きく後ろに飛び退いて、剣に魔力を込める。あるかどうかわからない次のチャンスを待つより、今できることに全てをかける。それが私の選んだ答えだった。


 もしかすると、これでこの剣は壊れてしまうかもしれない。だからこそ、最低でも一体はこの一撃で倒す。

 二体の騎士は後ろに下がった私に追い討ちをかけようと向かってくるけど、持ってる武器の重さのせいで、ほんの少しだけスピードに差が出る。そのズレが、私の狙い目だ。

 メイスを持った方が僅かに前に出たその瞬間、こっちも前に突っ込んでいく。


「ガァァァッ!」


 私が斬りかかって来たのを見て、騎士もすぐに反応する。メイスが剣を弾く音が、一度、二度、広間に響く。

 だけど、三度目は違った。


「ガァァ──」


 目一杯の魔力を込めた剣は、今度こそ邪魔されることなく騎士の体を斬り裂いた。これで残るはいよいよあと一人。

 だけどそこで、持っていた剣に限界がきた。ピキピキと音を立てたかと思うと、あっという間に砕け散ってしまった。さっき注ぎ込んだ魔力に耐えられなかったんだ。


「あと少しだってのに!」


 こうなるのは覚悟してたけど、いざ壊れたらやっぱりショックだ。そして最後に残った騎士は、再び丸腰になった私を見逃すようなまねはしない。

 持っていた槍で突き刺そうと、素早く攻撃を仕掛けてくる。


「くっ! このっ……」


 対する私は、それを受け止めることもできず、ただひたすらかわすだけ。いくら相手が最後の一人といっても、このままじゃ勝てるかどうかはギリギリ。ううん、かなりまずい。

 何度も繰り返される攻撃は着実に私の逃げ場を奪っていく。そして壁際に追い詰められたところで、いよいよ決め手となる一撃を放とうとしてきた。


(まずい、避けられない!)


 せめて少しでもダメージを抑えようと、両手で身を守ろうとする。その時だ。


「闇よ、貫け!」


 辺りに鋭い声が響き、騎士に向かって黒い魔力の塊が弾丸のように飛んでいく。それは騎士に命中する直前で槍によって叩き落とされたけど、私が騎士から離れる隙を作るには十分だった。


「水間くん!」


 魔法の飛んできた、広間の中央部分に目をやると、思った通り、そこにいたのは水間くんだ。さっきまで倒れていたってのに、今は立ち上がっているばかりか、手には倒した騎士の一人が持っていた斧が握られている。


 だけど私は、その姿を見て不安になる。なんとか立ってはいるものの、その足はふらつき、表情はとても苦しそう。相当な無理をしているんだとひと目でわかる。


「そんなんで戦うつもり? 無茶よ!」


 とても今すぐまともに戦えるとは思えない。それに斧を握ってはいるけれど、彼が得意なのはあくまで剣だ。戦い方も使い勝手もまるで違う。


 水間くんだって、そんなことくらいはわかるだろう。それでも、彼に引く気配は少しもなかった。


「いいから、黙って見てろ」


 手にした斧に、水間くんの魔力が注がれていくのがわかる。やっぱり、あの斧で戦うつもりなの?


 けどやっぱり無茶だ。魔力を注いだことで威力そのものは上がるかもしれないけど、慣れない武器とフラフラな状態で、とてもあの騎士に勝てるとは思えない。


 騎士の方も、恐れるに足らないと思ったのかもしれない。向き合う相手を、私から水間くんに変える。


「だめっ!」


 せめて魔法で足止めくらいはしないと。そう思って、呪文を唱えようとした瞬間だった。水間くんが、魔力をいっぱいに込めた斧を大きく構え、思い切り振り下ろす。


 ただしそれは、騎士に向かってじゃない。斧を振り下ろした先にあったのは、人造魔物を生み出すあのクリスタルだ。


「なっ!?」


 当然、クリスタルには結界が張ってあるから、斧はそう簡単には届かない。光の壁が、大きくて無骨な刃を阻む。だけど少しだけ、ほんの少しだけ、その結界にヒビが入る。


 そこでようやく、水間くんの狙いに気づく。

 あの結界は、騎士四体の魔力によって作られてると言っていた。そのうち三体がやられた今、結界の力も弱くなっているんだ。

 そしてその奥にあるクリスタルに何かあったら、騎士も無事じゃいられない。


 騎士もそれに気づいたようで、声をあげながら水間くんに向かって突撃していく。だけどそうはさせない。


「光よ、穿て!」


 放たれた私の魔法は、水間くんに気を取られた騎士の背中を直撃する。

 これだけじゃ倒すのは無理だけど、時間稼ぎには十分だ。


 その間に、水間くんの魔力がより一層膨れ上がる。


「はぁぁぁぁぁっ!」


 さらち威力を増した一撃によって、元々ヒビの入っていた結界は完全に打ち砕かれた。けど、もちろんそれだけじゃ終わらない。刃はその奥にあるクリスタルへと届き、ついにそれを粉砕する。


「ギャァァァァァッ!」


 クリスタルが砕け散ったのと同時に、騎士が断末魔のような叫びをあげる。自らを作り出したクリスタルが壊れたことで、奴も体を保てなくなったんだろう。徐々にその体が薄れ、消えていく。


 見ると、床に転がっていた他の騎士達も、同じように消えていった。


 私達を散々苦しめた騎士達との戦いも、これでようやく終わったんだ。

 そしてクリスタルを破壊したことで、もう私達の世界に人造魔物が現れることもなくなる。


「やったのね……」


 溜まった疲れを吐き出すように、大きくため息をつく。こんなに全力で戦ったのは、前世ぶりだ。


 すると、こっちも戦いが終わったことに安堵したように、今まで後ろに隠れていたスフィアがコロコロと転がりながらやって来る。


「二人とも、お疲れ様です。それにしても遥人様、あなたは無茶をしすぎです。ワタクシがお止めしたのにちっとも聞いてはくれない。そんなところは、前世とお変わりありませんね」


 どうやらさっきの水間くんの行動は、一度スフィアに止められたらしい。私から見ても相当無茶をしていたんだから、無理もない。


「すまなかったな」


 本気で心配しているのが伝わったからか、水間くんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 だけど私は、それを聞いて、ふと記憶に引っかりを覚えた。


(すまなかった? 確か、前にも水間くんはそんなこと言ってたような……)


 もちろん、水間くんが謝るところなんて、これまでにも一度や二度見たことはあるだろう。だけど、なぜかその言葉が気になった。


 なんとなくだけど、今聞いたものよりずっと重く悲しい雰囲気で言っていたような気がする。そしてそれを聞いた場所は、ちょうど今いるこの広間とよく似ていた。


「──あっ!」


 そこまで考えたところで、唐突に思い出す。

 あれは確か、前世でラインハルトと最後に戦った時に聞いた言葉だ。相打ちになってお互い倒れた後、ラインハルトが私に向けて言ったんだ。


 この城の中で同じ言葉を言ったんだから、思い出すのも納得だ。


 だけど、思い出したその言葉に違和感を覚える。

 あの時の私とラインハルトは敵同士。なのに、そんな相手にいったい何を謝る必要があるんだろう。


「ねえ──」


 直接本人に聞こうとして、だけどその言葉は途中で途切れた。続きを言う余裕なんてなかった。


 突然、なんの前触れもなく水間くんの体が大きく揺れる。

 そして次の瞬間、彼は声の一つもあげることなく、崩れ落ちようにその場に倒れ込んだ。

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