第33話 戻ってきた現世
隣の部屋の戸をゆっくりと閉め、石才さんがリビングに入ってくる。その隣りにはスフィアも一緒だ。
「あの。水間くんは大丈夫なんですか!」
水間くんは、今二人が出てきた部屋に寝かせてある。
次元の狭間に浮かぶ城で彼が倒れた後、私はすぐさまスフィアに魔力を注ぎ込み、こっちの世界に転移してもらった。
私達の帰りを待ってた石才さんはボロボロの状態で戻ってきたのを見て目を丸くしたけど、事情を聞いてすぐに水間くんの手当を引き受けてくれた。
そうして、今に至るというわけだ。
本当は私も手当するのに付き合いたかったけど、スフィアに転移魔法を使わせるために注ぎ込んだ魔力の量があまりにも多くて、まともに動けずここで待ってるように言われてしまった。
だから彼が今どんな状態なのか、さっぱりわかっていない。
「もしかして、大ケガしてます? もしそうなら。救急車呼んだ方がいいんじゃ──あっ、でもそれじゃ何て説明したらいいんだろう。次元の狭間で戦ってましたなんて言っても信じてもらえないだろうし。けど本当に酷いならそうするしかないかも」
「ちょっと、落ち着いて」
心配になって捲し立てる私を制するように、石才さんが言葉を被せる。
それから、スフィアが引き継ぐように答えた。
「恵美様、御安心ください。遥人様は軽い脳震盪を起こしただけです。少し休めばすぐに回復されるでしよう。この程度ですんで、本当に運が良かった」
「そ、そうなの? 本当に?」
なんだか、思ったよりはずいぶん軽い症状みたいだ。もちろんその方がいいんだけど、念のためもう一度確認してみる。
「もちろんです。ワタクシ、ご主人様の健康を維持するためのメディカルチェック機能も備わっているのです」
「そうなの?」
つくづく万能なロボットだ。それじゃ、本当に心配いらないのね。
そう思ったとたん、今まで張り詰めていた緊張の糸が一気に切れた。
「よ、よかった〜」
全身の力が抜け、その場にぺたりと座り込む。その様子がおかしかったのか、見ていた石才さんがクスリと笑った。
ちょっと恥ずかしかったけど、それよりも、この人にはちゃんと言わなきゃならないことがある。
再び足に力を入れて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「あの。話を聞いてくれたり、水間くんの手当てをしてくれたり、本当にありがとうございます」
思えば、石才さんにはすっごくお世話になったものだ。
そもそもこの人が私達の前世を元に乙女ゲームを作ろうなんて思わなければ、このおかしな転生のカラクリを知ることも、次元の狭間に行って人造魔物を生み出すクリスタルを壊すこともできなかったかもしれない。
「いいのよお礼なんて。それより、あなたも疲れたでしょ。今はゆっくり休んで」
「は、はい。ありがとうございます」
何から何までお世話になりっぱなしだけど、ここはお言葉に甘えてさせてもらう。
椅子に腰掛け、石才さんが入れてくれた紅茶をいただくと、一気に体から力が抜けてきた。
思えば、イベント会場にで石才さんと会ってから今までずっと緊張の連続で、相当疲れが溜まっていた。
石才さんは、そんな私の正面にテーブルを挟んで座りながら、相変わらずどこか嬉しそうに見つめてくる。
そのまま無言の時間が少しの間続いたけど、そこで石才さんが静かに言う。
「貝塚さん。さっきあなたは私にありがとうって言ったけど、私としては、むしろこっちがお礼を言いたいくらいよ。だって、ずっと話に聞いてたラインハルトとエミリアの生まれ変わりに会えたんだもの」
「そ、そうなんですか?」
そんな風に言われると、少し照れくさい。
けど石才さんは、わざわざ私達を題材にしたゲームを作ったくらいだ。よっぽど強い思い入れがあるってのは、嫌でもわかる。
「しかも、ラインハルトとエミリアの生まれ変わりに二人が仲良くしてるなんて、嬉しかったわ」
「いえ、別に仲良くは……」
仲良くはない。思わずそう言おうとしたけど、なんだか迷う。
私達、仲が良いって言ってもいいのかな?
だって、元は命をかけて戦った宿敵同士だよ。そりゃ最近は揃って行動することも多かったけど、それは人造魔物の問題があったから休戦してただけ。
けどまあ、そのおかげで前よりは水間くんに対する警戒心は減ったと思う。それに、さっきの戦いで水間くんが私のことを身を呈して庇ってくれたのは本当に感謝してるし、無事だって聞いて心底嬉しかった。
少なくとも、以前ほどは嫌いじゃない。
けど、それを素直に認めるのはなんだか恥ずかしい。
「う、う〜ん。仲、良いって言っていいんでしょうか?」
曖昧な言葉で返事を濁す。すると、再び石才さんが話し始めた。
「さっき『ウィザードナイトストーリー』の話をした時、スフィアが話してくれたあなた達の物語をハッピーエンドにしたくて作ったって言ったでしょ。中でも一番力を入れたのが、ラインハルトルートだったの。わざわざ隠しルートにしたのも、その方がプレイヤーの興味を引きつけると思ったからよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ラインハルトの真意をエミリアも知ることができたら、その上で、二人ともわかり合えることができたら。ずっと、そんな妄想を続けていたのよ」
「ラインハルトの、真意……?」
以上さんが何を言ってるのかわからず、首を傾げる。
そりゃ私だって自分の人生がハッピーエンドになってくれたらそっちの方がいいけど、前世でラインハルトとわかり合えたかって聞かれると、正直難しいと思う。
だって、世界を力で支配しようって奴だったんだよ。いくらなんでも、その頃のラインハルトと仲良くなれるとは思えない。
多分、今までだったらそう思ってた。
だけど、ラインハルトの真意って言葉がどうしても引っかかった。
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