第36話 ラインハルトルートのストーリー

 私がラインハルトルートをプレイしたと知った水間くん。だけど驚きはしたものの、すぐに意外なくらい落ち着いてみせた。


「昨日の今日で会いたいなんて言ってきたくらいだからな。なんとなく、こんなことになる気はしたよ。それで、ゲームで俺はどんな奴ってことになってたんだ?」

「そうね。まずゲームの序盤では、古代兵器を復活させた部族連合の若き重鎮。中盤からは、その古代兵器を使って世界全てに戦いを仕掛けた、恐怖の魔王」


 つまりここまでは、前世の出来事とほとんど同じだ。そしてゲームでも、ラインハルトは大抵のルートで世界全ての敵みたいな扱いになって、倒されることになるそうだ。

 だけど、ラインハルトルートでは違った。


「ラインハルトルートでは、途中から独自のストーリーが展開されて、他では描かれなかった彼の一面がわかるようになっていた。例えばそう、正体を隠して治めている国の様子を見て回ったり、そこで出会った身寄りのない子供達の相手をしたりしていたこととかね」


 それは、まだラインハルトが部族連合を裏切る前。私、というかゲームの中のエミリアが、彼の治める領地に潜入した時のエピソードだった。


 そこで出会った、風変わりな青年。彼は、困っている人を助けたり、子供達の面倒を見て遊び相手になってあげたりするような人で、ふとしたきっかけでエミリアと仲良くなる。

 そしてその正体は、自らの素性を隠したラインハルトだったというわけだ。


 ゲームでそんな一面を見ていたから、さっきの莉奈ちゃんとのやり取りも、驚きはしたけどどこか納得もできた。


 それからゲームの中のエミリアとラインハルトは、お互いの正体を知らないまま交流を続け、惹かれ合う。

 だけどそんな時間は長くは続かなかった。ふとしたきっかけで正体がバレて、敵同士だということがわかったからだ。


「でも、たとえ敵だというのがわかっても、エミリアはラインハルトを嫌うことはできなかった。ラインハルトが世界に対して宣戦布告した後も、それは同じ。だって、街で出会った彼は優しくて、悪いやつだとはどうしても思えなかったから」


 敵に対してこんなことを気持ちを抱くなんてどうかしている。そう思いながらも、ラインハルトの優しかった一面が頭から離れないエミリア。

 それはまるで、私がこの世界で水間くんと出会って、だんだんと心を許していったことと似ている気がした。


「ラインハルトとはたまに戦場で出会うこともあったけど、彼もどこかエミリアを気にかけているように見えた。剣を交えながらも、彼に対する思いはどんどん大きくなっていった。そしてそうしていくうちに、エミリアは次第にラインハルトのことが好きに……って、これはなし! 最後のは聞かなかったことにして!」

「あ、ああ……」


 ラインハルトのことが好きになる。うっかりそう言おうとして、慌てて口を閉じる。

『ウィザードナイトストーリー』が恋愛ゲームであり、ラインハルトがメインのルートである以上、当然二人の恋だの愛だのって話も展開されていた。けどそれを水間くんの前で言うのは、さすがに気まずいし恥ずかしい。


 乙女ゲームの一番大事なところを外すような気がするけど、恋愛要素は抜きで語らないと。


「と、とにかく、そうやってゲームの中のエミリアとラインハルトは、敵同士でありながら仲良くなっていくの。けど戦争そのものの流れは変えられなくて、最後は前世の私達みたいに、あの城の中で1体1で戦うことになるの」


 そのシーンをプレイした時は、結局このまま戦って、前世と同じく相打ちになって死んじゃうのかとハラハラした。

 けど、そこからが違った。


「ゲームの中のエミリアは、本当は戦う気なんてなかったの。ただ、ラインハルトがどうしてこんなことをしたのか。古代兵器兵器を奪って世界全てに攻撃をしかけたのか。その理由を知りたくてそこまでやって来たの。ラインハルトも、めちゃめちゃ言うのを渋ってたけど、最後は本当のことを話してくれた」


 そこまで言ったところで、水間くんの様子を見る。

 ほとんど黙ったままだから、何を考えてるかはいまひとつわからない。


 だけどこれから話すことは、多分水間くんにとって隠しておきたいことなんだと思う。

 でなきゃ昨日、ラインハルトの真意について聞いた時、あんな風に誤魔化したりはしなかったはずだ。

 だけどもう、私はその答えを知っている。そして、それを告げる。


「ラインハルトが世界全てを攻撃したのは、バルミシア王国と部族連合を協力させるため。自分という共通の敵を作ることで、それまで争っていた両者に手を取り合わせる。それこそがラインハルトの、あなたの狙いだった」

「────っ!」


 水間くんは相変わらず何も答えない。だけど見ていて、明らかに動揺しているのがわかった。

 けれど私の話はまだ終わらない。一から順を追って、彼のしたことを話していく。


「あなたも最初は、部族連合の一人として、勝利を収めるために戦ってた。けれど復活させた古代兵器の強すぎる力を見たことで、その考えが変わった。このままこれを使って勝ってしまったら、部族連合が一方的にバルミシア王国を支配してしまう。それも、覆せないくらいの強い力を持った上でね。それを望まなかったあなたは、バルミシア王国の力をある程度削いだところで、停戦をしないかと部族連合に提案した。けどダメだった。確実に勝てる力を持ってしまったことで、バルミシア王国を徹底的に潰してやろうと考える者がほとんどだった」


 ゲームではこれが語られた直後、ラインハルトが如何に苦悩したかが書かれていた。

 自らの国を守ろうとしたその決意に嘘は無い。だけど、他国を力で虐げるのも望んでいなかった。

 彼が目指していたのは、支配でなく平和だった。でもこのままだと、それは絶対に叶わなくなってしまう。それも、自らのしてきたことがきっかけでだ。


 そうして悩みに悩んだ彼が下した決断は、さっき言った通りだ。


「部族連合から古代兵器を奪ったあなたは、世界全てを敵に回した。強大な力を手にした自分を倒すため、部族連合とバルミシア王国が手を組むことを祈って」


 もちろん、敵の敵は味方なんて言って、それまで敵対していた両者が簡単に協力するかはわからない。

 だけどラインハルトは、そうなるよう巧妙に下地を整えていた。


 彼がまだ部族連合にいた頃から、部族連合とバルミシア王国それぞれの、和平を望む者、反対に徹底抗戦を望む者を徹底的に調べあげていた。そして少しでも和平派が有利になるよう根回し、部族連合を裏切った後は、抗戦派の陣営を執拗に攻撃することでその力を削いだ。


 そしてその目論見は見事成功。力と発言権を得ることのできたバルミシア王国と部族連合の和平派は、互いに手を取り合い、共に共通の敵であるラインハルトと戦うことを決めたんだ。


「あなたが前世の私や仲間達についてずいぶんと詳しかったのもそのため。それぞれどういう思想かを徹底的に調べあげたあなたは、私達こそバルミシア王国和平派の中核になると判断した。私やその仲間達なら、あなたを倒した後も部族連合と手を取り合おうとするはずだって考えた」


 そして、その判断は間違っていなかった。部族連合との和解を一時的なものにせず、これからも共に歩む道を模索していく。それが、私や仲間たち。それに手を取りあった部族連合の人達の共通の思いだった。


 あの時私達は、誰もが互いに手を取り合う未来を目指すようになっていた。


「そして、そんな和平派の一人である私があなたを討ち倒すことで、和平派の力がより強固になるのもあなたの狙いだった。これが、ラインハルトが世界を敵に回した理由。って言っても、これは全部ゲームの中で言ってたことだけどね。本当のところはどうなの?」


 ゲームで知った事実を語り終えたところで、水間くんに尋ねる。


 今話したのは、あくまでゲームに登場したラインハルトの話だ。ゲームのシナリオを考えた石才さんは、スフィアから聞いた話を元にしてるって言ってたけど、これは彼女が勝手に考えたオリジナルの設定ってこともあるかもしれない。

 だけどなんとなく、その真偽がどうなっているのかは想像できていた。


 しばらくの間沈黙が流れ、それから水間くんはゆっくりと答える。


「まいったな、その通りだよ。今の話、ゲームをやったらみんな知ることができるんだろ? 誰にも知られずあの世まで持っていくつもりだったのに、まさか別の世界でこんな形で広まるなんてな」


 ため息をついてそう言った水間くんは、どこか観念したようにも見えた。

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