第21話 お願いします信じてください

 私達を前にした石才さんは警戒心全開だった。部屋の壁際まで後ずさって、いつ声を上げてもおかしくなさそうだ。

 まあ、一般人立ち入り禁止の場所に、いきなり顔を隠した二人組が訪ねてきたんだから、そうなるのも無理はない。けど、ここで騒がれたらまずい。なんとかしないと。


「そ、そうだ。顔を隠してるのがダメなら、外せばいいじゃない。ほら、水間くんも」

「あ、ああ……」


 二人して、マスクとメガネと帽子を取り外す。これには、いかにもな怪しさを無くすこと以外に、もうひとつ狙いがあった。

 私達の素顔を見て、石才さんは目を丸くする。


「あ、あなた達……」

「どうです。私達の顔を見て、何か思うことありませんか?」


『ウィザードナイトストーリー』の主要キャラであるエミリアとラインハルトそのままの容姿をしている私達。ゲームのストーリーや基礎を考えたこの人なら、それに気づかないはずがない。

 自分の考えたキャラが目の前にいるってのがどんな気持ちなのかはさっぱりわからないけど、これで少しは警戒心を解いてくれるはず。


 だけど石才さんは、相変わらず引き攣った表情のままこう言った。


「せ、整形手術……?」


 ダメかーっ!

 けど、そうだよね。いきなりこんなのが現れても、ゲームやキャラを好きすぎて整形したって思うのが普通だよね!

 けど、これはまずい。顔を隠した不審者が痛々しいファンに変わったところで、ちっとも警戒を解いてはくれそうにない。

 こうなったら、もう直接言うしかない。


「違うんです。私達、『ウィザードナイトストーリー』の世界からこっちの世界に転生した、エミリアとラインハルトの生まれ変わりなんです。ある事情があって、ゲームを作ったあなたに会いに来たんです!」

「えぇ……? あなた、いったい何を言ってるの?」


 おかしい。本当のことを話したのに、ますますドン引きされている気がする。水間くんもそう思ったみたいで、頭に手を当てながら深くため息をついていた。


「お前、警戒させてどうするんだよ」

「だ、だって仕方ないじゃない。だったら水間くんが話してよ」

「ああ。このままじゃ本当に通報されかねないからそうするよ。だが、このマイナスを取り戻すのは難しそうだな」

「いちいち嫌味なこと言わないで!」


 私に変わって水間くんが前に出る。けど、めちゃめちゃ不安そうだ。


「驚かせてしまってすみません。ですが、どうか話を聞いてください。どういうわけか俺達には、こことは違う別の世界で生きたという前世の記憶があって、その生涯があなたの作った『ウィザードナイトストーリー』のストーリーと酷似しているのです。そのことについて話しをしたくて、失礼ながら伺ったのですが……信じてはもらえませんか」


 私の言ったことをもう少し丁寧に説明するけど、石才さんは相変わらず怯えたままだ。

 いきなりこんなこと言われても、信じろって方が無茶だよね。


 すると水間くん。石才さんに向かって、スっと右手を突き出した。


「頭のおかしな奴らと思われても無理はありません。ですが、ただの思い込みでは説明のつかないことがあるんです」


 そう言った途端、水間くんの手から、黒い靄のようなものが溢れ出す。彼が最も得意としている、闇の魔法だ。


 本来ならこれで相手を貫いたり、包み込んでダメージを与えたりするんだけど、もちろん今はそんなことはしない。ただ黒い靄を出しつづてけては、それを部屋全体に広げていく。


「ひっ……!」


 石才さんが、小さく声をあげる。多分魔法を見るのは初めてだろうから、驚くのも無理は無い。


 私も、前世の記憶なんて全て妄想で、自分がただの痛い奴なのではと考えたことがあった。

 だけどそんなことないと思った最大の根拠が、魔法の存在だ。この魔法っていう具体的な力がある以上、あの前世はただの妄想だと切り捨てることはできなかった。


 水間くんの出す黒い靄はますます広がっていき、床や壁や天井を覆われていく。それが進むにつれ部屋の中がだんだんと暗くなっていくけど、天井にある電灯を覆ったところで全ての光が奪われ、ついに何も見えなくなる。


 だけど次の瞬間、一気に光が戻ってきた。水間くんが魔法を解いて、部屋全体を覆っていた靄が一瞬にして消えたんだ。


 呆然としている石才さんに向かって、再び水間くんが問いかける。


「どうです? これで、少しは話を聞いてくれる気になりましたか?」


 どうか信じてと、祈るような気持ちで事態を見守る。

 石才さんはしばらくの間、呆然としたまま何も言わずに固まってたけど、わがてガタガタと震えだし、大きく口を開け、叫んだ。


「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」


 ダメだった!? むしろこれって、私が話ていた時より悪化してない? 思いっきり怖がらせてるじゃない!


 これには私も水間くんも大慌てだ。


「水間くん、なんてことしてくれるのよ!」

「だから言っただろ。お前の作ったマイナスを取り戻すのは難しそうだって!」

「人のせいにしないでよ。だいたい、いきなりあんな禍々しい闇の魔法を見せられたら、誰だって怖がるに決まってるじゃない。こんなことなら、私が得意な光の魔法にすればよかった」


 だけど私達で揉めている場合じゃない。不毛な言い争いをしている中、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。さっきの悲鳴を聞いて、誰かやってきたんだ。


「どうかされましたか? 大丈夫ですか?」


 まずいまずいまずい!

 これ以上騒ぎを大きくしたくはないし、これはもう逃げた方がいい?


 どうしようかと迷う中、石才さんが私達の傍をすり抜けドアの方へと向かう。

 力ずくで止めるわけにもいかないし、いよいよ万事休すかも。


 だけどドアを開けるその前に、こっちを振り返ってこう言った。


「あなた達、どこかに隠れて」

「えっ?」

「いいから。それとも、このまま見つかってもいいの?」


 そう話す石才さんはの顔色は、相変わらず悪いまま。だけど部屋の隅を指さして、身を隠せそうな場所を示してくれた。

 もしかして、助けてくれるの?


「あ、ありがとうございます」


 二人して隠れると、石才さんはドアを開け、やってきた人と話をする。だけど、私達のことは一切口にしなかった。


「ごめんなさい、何でもないの。ただちょっと気分が悪くて声をあげただけ。本当に大丈夫だから」


 相手がその言い分を全部信じてくれたかはわからないけど、それを聞いてなんとか出ていってくれた。

 た、助かった。


「あ、ありがとうございます」


 隠れていた場所から顔を出してお礼を言う。だけど、石才さんは何も答えない。答える前に、崩れ落ちるようにペタリとその場に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄り様子を伺うと、まるで全力疾走した後みたいに、大きな呼吸を何度も繰り返す。

 さっき話をした時は平静を装ってたっぽいけど、やっぱり相当無理してたみたい。

 けどそんな状態でも、私達のことを庇ってくれた。


「あの。俺達の話、信じてくれたのですか?」


 水間くんが尋ねると、石才さんはさらに何度か大きな呼吸を繰り返し、ようやく息を整える。

 さらにそれから、頭を抱えながらうんうん唸っていた。どうやら、未だ私達のことを受け止めるのは難しいみたいだ。


 だけどひとしきり唸ったことで少しは落ち着きを取り戻せたのか、ようやく顔を上げて言う。


「あなた達の話、まだ半信半疑よ。ゲームの世界から転生してきたなんて、正直最初は痛い人達が来たんだと思ってた」


 ですよね。私も、それが普通の反応だと思う。


「けど、さっき使った魔法はトリックか何かだとは思えない。それに、そういう話は、全部が全部嘘だとは思えないから。少なくとも、私にとってはね」

「それって、どういうことですか?」


 微妙な言い回しに、どういうことかわからず首を傾げる。

 だけど石才さんはそれには答えず、逆にこんなことを聞いてきた。


「ねえ。あなた達がゲームの世界から来たって言うなら、どのルートから来たの?」

「えっ?」

「ゲームの世界って言っても、攻略対象毎にストーリーが違うでしょ。あなた達が辿ったのは、どのルートなの?」

「えっと、バッドエンドです。空に浮かぶ城の中で私とラインハルトが戦って、相打ちになって、それからこの世界に生まれ変わりました」


 私はゲームを直接プレイしたことはないけど、小百合から何度も話を聞いてるから間違いない。


 石才さんはそれを聞くと、またしばらく黙り込む。

 もしかして、どうせならバッドエンドよりハッピーエンドの世界から来てほしかったのかも。

 けれど、こればかりは仕方ない。


 次はいったいどんな反応が返ってくるだろう。

 見守る私達に向かって、石才さんが言う。


「あなた達。私に用があるなら、これから私の家に来てくれない? 話なら、そこでゆっくり聞くから。それに、会わせたい人もいるからね」

「いいんですか?」


 そんなの、もちろん行くに決まってる。一応、水間くんはどうだろうと思って顔を向けたけど、こっちも大きく頷いていた。


「行きます! ありがとうございます!」


 不安でいっぱいの、アポなし直接対面。だけどどうやら、少しは信じてもらうことができたみたいだ。


 だけど、会わせたい人っていったい誰だろう?

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