第19話 トークショー開幕
様々な企業のブースが並ぶ会場の端には一際高いステージが設置されていて、時間毎に特別イベントが行われる。
私達がここに来た目的である、『ウィザードナイトストーリー』のキャストやスタッフによるトークショーがあるのも、このステージだ。
ステージの側にやって来た時には、既にたくさんの人が集まっていて、トークショーの開始を待っていた。
そして、間もなく予定していた時間がやって来る。
備え付けられていたスピーカーから、華やかな音楽が流れ始める。これは、『ウィザードナイトストーリー』のオープニング曲だ。
その途端、周りからワッと歓声が上がり、ステージ上で司会進行役のお兄さんが声をあげる。
「皆様、お待たせしました。『ウィザードナイトストーリー』特別トークショー、これより開幕です。まずは、主要キャストの皆様にお越しいただきましょう。どうぞ!」
そうして現れたのは、エミリアや攻略対象キャラの声を担当した声優さん達。みんな登場時に一言ずつセリフを言うけど、エミリア役の人、私に声似てたな。
だけどそれ以上に気になったのが、攻略対象達のセリフ。なぜなら、セリフの内容がこんなのばっかりだったから。
「エミリア、俺にお前を守らせてくれ」
「エミリアがいたおかげで、僕は僕でいられたんだよ」
「エミリア、俺はもう、二度とお前を離さない!」
みんな、揃いも揃ってエミリアへの愛を囁いている。乙女ゲームの主人公と攻略対象なんだからそれでいいのかもしれないけどさ、私としてはどうにもむず痒くなるものがある。
「おい、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
悶える私を見兼ねて、水間くんが声をかける。
ここでギブアップしたんじゃ何のためにここまで来たのかわからない。なんとか気力で耐えなければ。
けど、そう思ったのも束の間だ。
「おっ。次は俺。と言うか、ラインハルト役の人か」
冗談じゃない! ラインハルトがエミリアに愛を囁く。しかもそれを水間くんにも聞かれるなんて。
そんなことになったら、受けるダメージはさっきのグッズの比じゃない。絶対阻止しなきゃ!
「水間くん、耳塞いで! 何も聞かないで!」
「あ、ああ……」
決死の訴えが通じたのか、律儀に耳を塞ぐ水間くん。
セーフ。これでどうにか致命傷は避けられた。
そうしているうちにキャストの紹介は全て終わって、次はスタッフの登場だ。
そしてついに、目当ての人がやって来た。
「続いてはこの方。企画、シナリオを担当された、石才優香さんです」
司会者の人がそう言うと、ステージの袖から、一人の女の人が出てきた。ロングヘアで、中々の美人。歳はけっこう若そうで、多分二十代くらいかな。
あの人が、石才優香さん。『ウィザードナイトストーリー』のシナリオを考えた人。
緊張する私をよそに、周りは相変わらず大盛り上がりだ。キャストの声優さん達が登場した時に負けないくらいの歓声があがってる。
そばにいる小百合も当然の如く声をあげているけど、こんな時に申しわけないと思いつつ、少しだけ尋ねてみる。
「ねえ。あの石才優香さんって人、なんだか凄い人気だけど、シナリオライターさんってみんなそうなの?」
なんとなくだけど、キャラの声当てをやってる声優さん達の方が知名度が高く、お客さんの反応も大きいだろうなってイメージがあったけど、あの石才優香って人への歓声は、声優さん達にも負けてないような気がする。
「うーん、この人がシナリオ書いてるなら買おうってくらいの人気の人もいるけど、誰でもそうってわけじゃないよ。そもそも中には、一切顔出ししない人だっているしね。けどあの石才さんは、なんて言うか特別なの」
「特別?」
「そう。さっきの紹介でも言ってたけど、あの人は正確には、シナリオだけでなくキャラデザインの原案や企画の立ち上げも、ほとんどあの人がやったの。と言うかね、元々オトメンタルの社員でもなかったのよ。なのに、自分でゲーム企画書を作って持ち込んで、見事採用。そのままその会社に入ってヒットさせちゃった。そのゲームってのが、『ウィザードナイトストーリー』なの」
興奮気味に語る小百合。私にはゲームを作るってのがどういうことかわからないけど、実力も行動力も相当でないとできないことなんだろうなってのは、なんとなく理解できる。
「それって、凄いことなんだよね?」
「もちろん。雑誌でも、乙女ゲーム界に鬼才現るって特集記事が組まれたんだから」
「そうなんだ……」
そんな凄い人が、私の前世であるエミリアや、その他のキャラクター。それに、あの世界の物語を考えたのか。
そう思うと、なんだか少し擽ったく感じる。
ステージ上ではその後何人か別のスタッフも出てきて、いよいよトークショーが開始される。
さあ、いよいよだ。どうやって私達の物語が作り出されたか、あの世界に私達の知らない秘密があるのか。今起こっている人造魔物の出現を何とかするヒントがあるのか。
決して聞き逃さないよう、じっと聞き入る。
だけど……
「どう? 何か、これだって思えるような凄い情報ってあった?」
トークの合間で、隣にいる水間くんに小声で聞いてみる。
「いや。俺たちにとって色々懐かしいことを言っているなとは思うが、今知りたいのはそれじゃない」
そうなのよね。話している主な内容は、それぞれのキャラの好きなところとか、声優さんがアフレコした時の苦労話とか、そういうのばっかり。ストーリーや世界観についての話も出てきたけど、どれも基本的なことばかりだ。
そもそも、肝心の石才さんは一歩下がった立ち位置にいて、そこまで頻繁に発言してるわけじゃない。
集まった人のほとんどは喜んでるし、乙女ゲームのイベントとしてはそれでいいんだけど、私達としては、もっと違うことを知りたかった。
だけどこれは、ある程度予想通りの展開でもあった。
「まあ、そう都合よくこっちの欲しがる話をしてくれるわけはないか」
「うーん、やっぱりそうよね」
薄々わかってはいたけど、やっぱりそう甘くはなかったか。残念だけど、こればかりは仕方ない。
だけど私も水間くんも、だからといってここで諦めようとは思っていなかった。
「こうなったら、次の作戦をとるしかなさそうだな」
「そうね。やっていいことかどうか、ちょっと迷うけど」
若干躊躇いながらも、私達は顔を見合せ頷き合う。
私達の立てていた次の作戦。それは、このトークショーが終わった後、直接石才優香さんに会いに行くことだった。
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