第18話 いざ、トークショーへ
小百合から、『ウィザードナイトストーリー』のスタッフが出演するイベントの情報を聞いてから数日。ついにイベントの日がやって来た。
そしてここは、そのイベント会場の入口だ。
ドーム式の建物で、普段は主にスポーツの会場として使われることが多いけど、今日その中は、アニメやゲームといったサブカルチャーに埋め尽くされることになる。
『ウィザードナイトストーリー』のスタッフさんから話を聞けば、人造魔物の出現っていう訳の分からない事態の謎を解くヒントを得られるかもしれない。そう思うと、緊張から胸がドキドキしてくる。
だけど、私以上にドキドキワクワクでハイテンションな子がいた。小百合だ。
「ついに、ついに恵美と一緒にイベントに来られた! いつかこんな時が来るのをずーっと待ってたんだよ。しかも、水間くんまで一緒だなんて!」
目を爛々と輝かせながら、一緒にやって来た水間くんを見る。
このイベントのことを水間くんに知らせたら、すぐに自分も行くと言ってくれた。元々、ゲームスタッフから手がかりを得られないかと提案してきたのは彼なのだから、まあ当然だろう。
「話を聞いて、あのゲームのこと、少し知りたいと思ったからな。こういうところに来たのは初めてだから、よろしく頼む」
「はい。よろしく頼まれます!」
エミリア似の私だけでなく、ラインハルト似の水間くんまでいるんだから、小百合の喜びは最高潮。と言いたいところだけど、なぜかそこで、小百合は一気に声の調子を落とした。
「でもね……ひとつだけ、ひとつだけ不満があるの。言ってもいい?」
「な、なに?」
あまりの落差に、恐る恐る頷く。すると小百合は、再び声を張り上げ言った。
「二人のその格好! なんで二人揃って、マスクにメガネに帽子っていう、完全に顔を隠すような格好なの!?」
「あぁ、そのことね」
小百合の言う通り、今の私と水間くんは、ありとあらゆる手段をとって、これでもかってくらい顔を隠してた。このために、わざわざかける必要のないメガネも用意した。
おかげで、傍から見れば不審者に思われるかもしれない風体になっちゃったけど、これにはちゃんと理由があるのよ。
「だって、私達が揃って顔を晒すとみんな見てくるじゃない」
「悪目立ちするのは嫌だからな」
ここには、『ウィザードナイトストーリー』のファンもたくさんいるだろうからね。そんな人が私や水間くんを見たらどうなるか。小百合を見ていたらだいたい想像がつくよ。
「私としては、むしろ目立ってほしいのに。こんな奇跡のそっくりさんがいるんだって、みんなに知ってほしい。今回は間に合わなかったけど、実は二人のコスプレ衣装も作ろうかって思ってるんだよ」
「ええと……それは、また次の機会にね」
小百合は相当無念そうだったけど、私がなだめたら、一応は納得してくれたみたい。
それから、三人で会場の中へと入っていく。
世の中にはアニメやゲームの大きなイベントがあるっていうのは知ってたし、小百合からそういう話を聞いたことは何度もある。
だけど、自分で実際に来てみたことは一度もない。
会場の中を見回すと、まず人の多さに驚く。中にはコスプレをしてる人もずいぶんいたけど、私や水間くんも、もしかしたらこの中に混じっていたかもしれないのか。
もちろん、会場の中はただ人がいるだけじゃない。様々なゲームやアニメの企業のブースが並んでいて、モニターで新作紹介の映像を流したり、グッズの販売をしたりしている。
そして小百合は、それをワクワクしながら眺めていた。
「『ウィザードナイトストーリー』トークショーは中央のステージであるけど、それまでもう少し時間があるのよね。それまで『オトメンタル』のブースに行ってみたいんだけど、いい?」
「ええ、そうね」
ここに来たのは完全にトークショー目当てだから、それまで何をするかなんて全く予定にない。
右も左もわからないんだし、ここは小百合に付き合おう。
水間くんもそれでいいみたいで、小さく頷く。
こうして、揃って『オトメンタル』のブースへと移動した私達。
乙女ゲームブランドの大手だけあって、実に色んなゲームのグッズ販売をしていたけど、中でも一番扱いが大きいのが『ウィザードナイトストーリー』だ。
もちろん、販売しているグッズの種類も実に豊富。攻略対象のイラストが描かれたアクリルボードにキーホルダーに缶バッジと様々だ。
小百合はそれらを次々と手に取り会計の列に並ぶけど、お小遣い大丈夫なのかな?
普段から、推しにかけるお金は惜しまないと言ってるけど、そのお金をどうやって捻出しているのかは謎だ。
一方私は、それらのグッズを見て、正確にはグッズに描かれているキャラ達を見て、どこか感慨深い思いが込み上げてきていた。
「みんな……」
これらに描かれている攻略対象は、私にとってはゲームのキャラじゃない。みんな、かつての仲間達だ。前世の私が通ったのはバッドエンドなんだから、決して恋仲になることは無かったけど、苦楽を共にした彼らのことは、今も大切に思っている。
そして、彼らに対して強い感情を抱いているのは、私だけじゃない。
「あいつらか……」
いつの間にか隣に立っていた水間くんも、グッズに描かれている面々を見て、静かに呟く。
「稀代の魔術師に、王国最強の騎士。若き天才軍師に、部族連合から寝返った暗殺者。改めて見ると、これらの中心にいた剣の聖女を含めて、ものすごいメンバーだな。よくもまあ、これだけの奴が集まったものだ」
「そうでしょ。みんな、すごい人達ばっかりなんだから。けど、敵だったのにずいぶんと詳しいのね」
私にとっては大切な仲間でも、水間くんにとってはかつての宿敵達だ。もしかすると憎い奴らみたいに思っているのかも。そう思って顔色を伺うけど、意外にもその表情は穏やかだった。
「敵だからこそ、調べもするさ。それぞれの生い立ちや、どうやって出会ったか、どんな人間関係を構築していったかもな」
「そこまで調べたの? どうやって?」
「俺がまだ部族連合にいた頃は、間者を目一杯放って、あの手この手で情報収集した。部族連合を裏切り世界に宣戦布告してからは、偵察に特化した人造魔物を放った」
「はぁ。そこまで……」
「それだけ、手強い相手だと判断したってことだ。細かな情報まで、逐一探りを入れたさ」
なんだかプライバシーが心配になりそうなことを言う。いったい、私達のことをどこまで知ってるんだろう。
けどそれに文句を言う前に、水間くんはこんなことを言ってきた。
「最後の戦いが終わって俺達が死んだ後、こいつらは、そしてあの世界はどうなったと思う?」
「それは……」
私達が死んだ後の世界。それは水間くんに言われるまでもなく、これまでに何度も考えていたことだった。
私も仲間達も、ただ戦争に勝つだけでなく、その先にある平和な世の中を目指して戦っていたんだから、気になるのは当然だ。
小百合にそれとなく、バッドエンド後の世界がどうなったか聞いたことがあるけど、どうやらそのルートは、エミリアが死んだところでプッツリと終わってしまったらしい。
まあ、バッドエンドなんてそんなものかも。
だけどあの後世界がどうなったかについては、実はそれほど心配していない。
「きっと、平和になったよ。そりゃ全く問題が無いわけじゃないけどさ、前みたいに戦いっぱなしってことはないと思う」
元々の争いの発端となった、バルミシア王国と部族連合との対立。
だけどラインハルトを倒すため、それまで敵対していた両者は手を組み、それをきっかけに和解の道を探る人達も出てきた。
それまでの戦いによって、双方が疲弊しきっていたのも理由だけど、少なくともすぐに衝突するなんてことはないだろう。
何より私の仲間達は、誰もが平和を望んでいた。戦いが終わった先を見据え、部族連合との和解に向けて力を尽くしていた。
みんなが必死に頑張っていたんだ。きっと大丈夫だと信じてる。
「やっぱりお前もそう思うか」
どうやら水間くんも同じ意見らしい。
思えば、世界全ての敵とも言えるラインハルトがいたからこそ両者が手を組むきっかけになったというのは、なんだか皮肉な話だ。
その当人は、いったいそれをどう思っているのだろう。水間くんの様子だと、無念だとか悔しいとか思ってるようには見えないけれど、さすがに直接聞く気にはなれずに、グッズに視線を戻す。
すると、並べられたグッズの中に描かれた、一つのイラストが目に飛び込んできた。
「ふぎゃっ!」
その途端、思わず変な声をあげる。けどこれは、無理もないと思う。だってそこに描かれていたのは、水間くんが私を──じゃない。ラインハルトがエミリアをお姫様抱っこしているところだった。
(何よこれ!?)
そりゃ、ラインハルトも隠しとはいえ攻略対象だし、しかも小百合の話ではかなりの人気キャラらしい。
だからこういう商品が出るのも、一応はわかる。
だけど私にとってラインハルトはあくまで宿敵だったし、何より今すぐ隣に、その生まれ変わりである水間くんがいる。そんなところでこんなの見せられたら、気まずさと恥ずかしさでどうにかなっちゃいそうだ。
「どうかしたのか?」
「なんでもない! それより、小百合の会計、もう済んだんじゃない?」
ただでさえ感情がぐちゃぐちゃになりそうなのに、水間くんにこれを見られたりしたら、いよいよどうすればいいのかわからない。
幸いなことに、小百合も本当にそのタイミングで会計を終え、私達のところにやって来た。
「いやー、買った買った。それじゃ、次はいよいよトークショーだね」
トークショー。その言葉を聞いて、あたふたしていた気持ちが、少し引き締まる。
「そうだね。いよいよだ」
時計を見ると、開始予定の時間まであと少しだ。
これで、私達が今陥っている状況をどうにかできるかどうかはわからない。
それでも、もしかしたらと期待せずにはいられなかった。
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