第25話 乙女ゲーム転生の真実

 そう思っていると、石才さんはさらに言葉を続けた。ただし今度は、さっきまでのハイテンションと比べると、少し落ち着いた様子だった。


「あと、乙女ゲームなら、マルチエンディングにできるってのも理由かな。大抵の乙女ゲームって、途中の選択肢でどれを選ぶかによって、ストーリーが変わるでしょ。私はそれを使って、スフィアが話してくれたあなた達の物語を、ハッピーエンドにしたかったんだ」

「ハッピーエンド……」


 それを聞いて思い出したのは、真逆の意味であるバッドエンドだった。


『ウィザードナイトストーリー』におけるバッドエンドは、エミリアとラインハルトが相打ちになって終わる。そしてそれこそが、スフィアが話したであろう、私達の辿った物語だ。

 自分の人生の最後をバッドエンドと言われることになってしまったけど、戦いで命を落としてしまったんだから、そう認定されるのも無理はない。


 それに石才さんが史実をバッドエンドとしたのも、決して私達を侮辱してのことじゃないってのは、なんとなくわかった。


「ラインハルトとエミリア。二人とも死んじゃうって結末を、私の想像でもいいからハッピーエンドにしたい。そう思いながら、それぞれの攻略対象ルートの話を書いたわ。この世界線では、幸せになってくれますようにって」

「あ、ありがとうございます」


 私達の話を聞いて、なんとか幸せになってほしいと思ってくれた。

 そうやって出来たのが、私と仲間達とのラブストーリーだったってわけだ。

 そんな風に私達のことを考えてくれたんだって思うと、なんだか凄く嬉しい。


 ただ、ほんのちょっとだけ恥ずかしくもある。


「じゃあ、私が仲間達とくっつくルートは、全部石才さんの妄想だったんですね」


 今までは、ちょっとしたきっかけで仲間達の誰かと恋人になれたかもしれないんだって思ってたけど、実は全部妄想の産物だったのね。


 けど、考えてみたらそうよね。いくら一緒にいて苦楽を共にしたからって、私がそんなモテモテになるわけないか。


 そう思ったのに、そこでスフィアがとんでもないことを付け加えてきた。


「ちなみに、エミリアさんやその仲間達についての情報を収集した際、噂話レベルの話も多数集めました。その中には、仲間の方々がエミリアさんを取り合う多角関係になっている、にも関わらず、エミリアさん本人は全くそれに気づいていないというのもありました」

「ふぎゃっ!」


 ちょっと。いきなり何言ってるの!

 私の知らないところで、いつの間にかそんなことになってたの?

 いやいや、スフィアの言ってるのはあくまで噂。真実とは限らない。ここは、これ以上深くは考えないことにしよう。


 雑念を振り払ったところで、石才さんの話もいよいよ大詰めだ。


「だいたいの話が完成したら、あとはそれを企画書にまとめてオトメンタルさんに持ち込んだんだけど、その辺はスフィアが頑張ってくれたわ。企画書を作ったのはほとんどスフィアだし、プレゼン方法のアイディアも凄かったんだから。さらにあの手この手を使ってキャラデザ原案まで任せてもらって、おかげでエミリアやラインハルト達の姿も、実物とそっくりにすることができたわ」

「ワタクシには、人間以上の分析力と、長い時を生きた年の功がありますからね。その辺は得意分野なのですよ」

「本物の異世界の知識にロボットのサポートなんて、なんだかチート能力を使って無双したみたいで申し訳ないけど、そのおかげで企画は無事採用。あとは知っての通り、そうして作られた『ウィザードナイトストーリー』は、見事発売されました。これが、今日やったトークショーでも話さなかった、真の『ウィザードナイトストーリー』制作秘話よ」


 そこまで話したところで、石才さんは大きく息をつく。

 乙女ゲーム業界で大ヒットしたっていう『ウィザードナイトストーリー』。だけどまさかそんな経緯で作られていたなんて、わかる人は誰もいないだろうな。


 そして今のを聞いて、私の中でずっと思っていたことを、根底から崩してしまった。


「あの。それじゃ、私や水間くんは乙女ゲームの世界から転生してきたわけじゃなかったんですか?」

「まあ、そうなるわね」


 私は今まで、『ウィザードナイトストーリー』っていう乙女ゲームの中にも世界が存在していて、自分達はそこからこの世界に転生してきたと思ってた。


 けど真実は違った。私達のいた世界の話を元にして、『ウィザードナイトストーリー』が作られたんだ。


 別にそれで何か困ることがあるってわけじゃないけど、長い間こうだと思っていたことが覆るってのは、なかなかに衝撃だ。


 だけど水間くんは、私と違ってそれほど驚いている様子はなく、淡々とした様子でこう言った。


「まあ、そりゃそうだろうな。と言うか、俺は最初から、自分達の前世がゲームの中の世界だなんてありえないと思ってた」

「えっ。水間くん、私の言ったこと信じてなかったの?」


 この話は今までにも何度かしてたのに、ずっとそんな風に思ってたの? なんだかショックだけど、さらに追い討ちをかけるように水間くんは続ける。


「ああ。そりゃ、別の世界から転生したってのは間違いないだろうが、それが誰の作ったゲームの中だったってのは、いくらなんでも無理があるだろ。むしろ、なんでそんな風に思ってたんだ」

「そ、それは、小百合の持ってた本に、乙女ゲームの世界に転生したってのがたくさんあったから。だったら、その逆もあるんじゃないかって思ったんだけど……」


 自分の考えを告げるけど、既に間違っていたことがわかっているから、言っててだんだん恥ずかしくなってくる。

 説明する声が次第に小さくなっていく中、水間くんは呆れたようにため息をついた。


「いいか、一つ言っておく。本の内容と現実をごっちゃにするな」

「うぅっ! だ、だってぇ〜っ!」


 そんなこと言われると、なんだか自分が妄想癖持ちの痛いヤツみたいに思えてくる。ううん。みたいじゃなくて、まさにそれかも。


 そんな私に、石才さんが優しく囁いた。


「気にすることないわ。私も、自分が乙女ゲームの世界に転生したらってのは常に妄想し続けているから。そんな風に考えるのは、全然普通のことよ」

「は、はい……」


 果たしてこれは喜んでいいのだろうか。どうすればいいのかわからず、困ったように笑い返すしかなかった。


 何はともあれ、これで私達が世界を超えて転生した理由も、『ウィザードナイトストーリー』との真の関係も判明したわけだ。

 今までずっと疑問に思ってきた謎が解けてスッキリした。


 だけど、これで全ての話が終わったわけじゃない。むしろ、ここからが本番だ。


 水間くんも、話が一段落ついたと判断したんだろう。改まった表情で、スフィアに向かって話しはじめる。


「これで、今までいったい何が起きていたかはだいたいわかった。だか俺達がここに来た理由は、別にあるんだ」

「と、言いますと?」

「今この世界に、人造魔物が現れている。俺達の前世である向こうの世界を知ってる奴なら、その理由もわからないかと思ったんだが、お前は何か知っているか?」


 突然私達の周りに現れた人造魔物。元々その手がかりを掴みにここまでやって来たんだけど、今まで聞いた話では、まだ何もわからないままだ。


 水間くんの言葉を聞いて、スフィアは首を傾げるように、体全体を斜めに傾けた。

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