第23話 この世界に来た理由

 水間くんが言うには、ラインハルトだった頃遺跡の調査をしたのは、最初から古代兵器の発掘が目的ってわけじゃなかったらしい。


「戦争の最中、遺跡をそのまま要塞として利用する計画が持ち上がった。古代の技術は、建築においても優れていたからな。位置と状態さえ良ければ、新しく要塞を作るより都合がよかった。それで、実際に使えそうか、俺が現地調査に行ったんだ」


 当時のラインハルトは、部族連合に参加している中の、一部族の王。

 そんな人が遺跡の現地調査なんてと思ったけど、その頃の王といえば軍団の将としての意味合いが強く、要塞建設に関わる重要事項と思えば不思議はない。


「その時、遺跡の奥の調査もやったんだが、そこで見つけたのがこいつだった」


 水間くんがそう言ってスフィアを指さすと、今度はスフィアが、それを引き継ぐように話し始める。


「ワタクシは元々、かつてあの地で暮らしていた人々、あなた方の言うところの古代人をサポートするために作られました。ですが知っての通り、彼らの文明は衰退。その経緯については長くなるので省略しますが、ワタクシも機能を停止し、数千年ほど休眠モードに入っていました。ですが、ラインハルト様がそれを見つけあれこれ触ったことで、休眠モードは解除。晴れて再起動したのはいいのですが、サポートするべき主は既にいない。途方に暮れていたところを、ラインハルト様は、だったら自分に使えたらどうかと言ってくれたのです」

「そ、そうなんだ。なんだか、サラッと凄いこと言ってるような気がするんだけど」


 一つの文明が滅びてから数千年もの間眠っていたなんて、途方もない話だ。


 しかも、目覚めた時にはかつての仲間は誰もいない。私も、かつての仲間達とは二度と会えなくなったけど、いきなりそれを突きつけられたとなると、途方に暮れるのもわかるような気がした。


 なんだか同情しちゃうな。そう思ったけど、それはほんの一瞬だった。


「ラインハルト様にお仕えすることを決めたワタクシは、今が戦争の最中であると聞いて、遺跡内にある兵器を使ってはどうかと進言しました。幸い、遺跡内のどこにどんな兵器が置かれていたか、どうやって使うか、整備方法などといった大事なことは、ワタクシのデータにバッチリ入ってましたから」

「なにそれ! じゃあ、あなたがいなければ古代兵器復活もなかったかもしれないってこと!?」


 前言撤回。同情なんてするんじゃなかった。

 古代兵器が復活したせいで、世界も私達も、どれだけ大変な目にあったことか。


 思いきり問い詰めてやりたかったけど、そこで水間くんが口を挟んだ。


「スフィアはあくまで俺の命令に従っただけだ。自分で考え自分で動くと言っても、人間のサポートをするというのがこいつの基本理念だからな。それに文句があるなら俺に言え」

「うっ……」


 そう言われると、とたんに何も言えなくなる。

 そりゃ、水間くんにだって言いたいことはあるけれど、今はそういう諸々の因縁があるとわかった上で、一時休戦している身だ。ここで揉めてる場合じゃない。


 わたしが黙ったのを見て、水間くんは話を進める。


「これで、スフィアがどういうやつかはわかったな。俺が部族連合を裏切り世界に戦いを挑んだ時も、お前と最後に戦ったあの浮遊城でも、こいつは側にいてサポートしてくれた。だが、それがどうしてこの世界にいるかは俺にもわからない。俺達みたいに、気がついたらこの世界に生まれ変わっていたってわけじゃないよな?」


 当時は知らなかったけど、あの最終決戦の時も、スフィアは浮遊する城のどこかにいたんだ。

 これでスフィアが人間なら、私達みたいに転生して来たんだろうなと思うけど、それだとそんな不思議な体のままこっちにいることに説明がつかない。

 確か、この世界で人造魔物を初めて見た時も、同じようなことを思ったっけ。


 水間くんの質問に対して、スフィアはうーんと言いながら、丸い体全体を斜めにする。

 多分私達で言うところの、考える時に首を傾げるようなものだと思う。ロボットみたいなものだと言うけど、こういうところは実に人間くさく見えた。


「ワタクシとしても、あなた方がこの世界にいることに大変驚いているのですが、生まれ変わりですか。これは興味深い。しかし、まずはワタクシ自身のことから先に話しましょうか。エミリアさん。あなたはラインハルト様と戦った際、魔法具を使って城を破壊しようとしていましたよね」

「ええ。あの戦いはラインハルトを倒すのはもちろん、古代兵器を城ごと壊すの目的の一つだったからね」


 その魔法具は、決められた時間が来れば大爆発を起こすようになっていて、ラインハルトと戦う前に、城のあちこちに仕掛けておいた。


 そして、ちょうど私とラインハルトが相打ちになった頃、私達を巻き込んで大爆発を起こしたはずだ。


「それです。その魔法具による爆発で、予想外のことが起きてしまったのです!」

「予想外のこと?」


 そこまで言ったところで、スフィアは再びその体を傾け、今度は今度は天を仰ぐような体勢になる。本当に、人間くさいリアクションだ。


「そうです。あなた方が古代兵器と呼んでいたあれらの道具は、非常に強いエネルギーを持ち、とてもデリケートな調整が必要でした。しかし、爆発による衝撃でエネルギーが暴走。その結果空間が歪み、別の世界へと繋がる次元の穴が空いたのです」

「それって……」


 別の世界だの次元の穴だの、普通なら信じられない話だ。

 だけどその言葉を聞いたら、あとはもう何があったかだいたいの想像はついた。

 水間くんもそうみたいで、確認するように尋ねる。


「ならお前は、その次元の穴に落ちてこの世界に来たって言うのか?」

「その通りです。爆発に包まれ、ワタクシの永き生涯もこれまでと思ったところで、突如空いた次元の穴に飲み込まれ、気がついたらこの世界にやって来ていました。先程も申し上げたとおり、それは全く予想外の出来事。しかも次元の穴はすぐに消滅し、元の世界に戻ることもできませんでした。さすがのワタクシも、あまりのショックにしばらくの間思考を停止していました」

「それは、苦労したんだな」


 生まれ変わってこの世界で生を受けた私達と、前の世界からその身一つでやってきたスフィア。どっちが大変かなんて比べられるもんじゃないけど、私達とは違う苦労もありそうだ。


 けれど、スフィアの話はそこで終わりじゃなかった。


「いいえ。結果から申し上げますと、ワタクシはとても幸運だったと言えるでしょう」


 スフィアはそこで一度言葉を切ると、床の上をクルクルと転がり、石才さんのところへ寄っていく。


「もちろん最初は、いきなり見知らぬ場所やって来て、どうすればいいのかわからなくなりました。そんな時です。この優香と出会ったのは」

「私がまだ子供の頃だったから、もうずいぶん経つわね。たしか、今から十五年くらい前だったかな」


 十五年前。ちょうど、私達がこの世界で生まれたのと同じくらいだ。

 石才さんはそのまま話しを続けながら、スフィアを抱えあげ、なんだか懐かしそうに微笑んだ。


「って言っても、別にドラマチックな出来事があったってわけじゃないんだけどね。当時小学生だった私が一人で家に帰っていたら、その途中にある原っぱで、たまたま転がっていたこの子を見つけたの。何だろうと思って近づいたら、いきなり、ここはどこですかって喋り出したのよ。ビックリしちゃった」


 そりゃ、いきなりこんなのが喋り出したら驚くだろう。子どもならなおさらだ。


「けど、どうしたのかって聞いてみたら、なんだか迷子になって家に帰れないみたいなことを言ってね。かわいそうだから、こっそり私の家に連れて帰ってきちゃった」

「連れて帰ったって、怖くはなかったんですか?」


 犬や猫を拾ったような感じで話すけど、その相手は動物でなく、異世界のロボットだ。怖いってのは言い過ぎかもしれないけど、警戒しなかったのかな?


 けど当時の石才さんは、そんな風には思わなかったみたいだ。


「本当に困っていたみたいだから、放っておけなかったのよ。あと、丸くて可愛いかったってのもあるかな」

「あの時ほど、この丸々ボディに感謝したことはありません。それから優香に全ての事情を話したのですが、それならこのまま家にいたらどうかと言ってくれました」

「原理はわからないけど、スフィアは永久機関で動いていたから食費もかからないし、家族に見つかってもオモチャのふりをすればバレないだろうからね。そうして、他の人には秘密のまま、ずっと一緒に暮らしてたの。もうすっかり相棒よ」


 スフィアを抱えて笑う石才さんは、本当に楽しそう。二人が出会ってから今までどんな風に過ごしてきたかは知らないけど、本当に仲がいいんだろうな。


 これでスフィアがこの世界にいる理由は大体わかったけど、そのスフィアは、そこからさらに話を続けた。


「それと、これは推測なのですが、お二人の場合は、次元の穴が空く少し前に命を落とされたのではないかと思われます。そうして体から抜け出た魂が次元の穴を通ってこの世界にやって来て、生まれ変わるという形で生を受けた。つまりワタクシとの違いは、体ごとこちらに来たか、魂だけがこちらに来たか、それだけなのでしょう」


 そうなのかな。当時の記憶を探ろうとするけど、スフィアの推測が本当だとすると、私達は次元の穴が空いた時点では既に死んでたはず。そうなると、思い出せるはずもない。

 けど、納得のいく話だとも思った。


「次元の穴なんて言われても簡単には信用出来ないが、こうして揃いも揃って別の世界に来たんだ。それくらい突拍子もないことでも起きない限り、説明はつかないだろうな」

「そうだね」


 私達の理解を大きく超えた出来事だけど、自分自身がその証拠と言えるんだし、今さらそれを疑おうとは思わない。


 これで、それぞれどうやってこの世界にやって来たかはわかった。だけど、それで全部の謎が解けたわけじゃない。今の話を聞いて、ひとつ疑問を抱かずにはいられなかった。


「あの。それじゃ、石才さんが考えた『ウィザードナイトストーリー』のお話が、私達の前世と同じだってのは、どういうことなんですか?」


 私はこれまで、自分は乙女ゲーム『ウィザードナイトストーリー』の世界から、たくさんあるルートのうち、バッドエンドというルートから、この世界に転生してきたと思ってた。


 けどスフィアがこの世界にやって来た経緯を聞いて、そこで出会ったのが、後に『ウィザードナイトストーリー』を作った石才さんであると聞いて、今までとは違う別の考えが浮かんできていた。


 私の言葉に、石才さんとスフィアは顔を見合わせる。それから先に口を開いたのは、石才さんの方だった。


「そうね。それじゃ、順を追って話しましょうか。私がどうやって『ウィザードナイトストーリー』を作ったのかを」

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