前世は聖剣で戦う乙女ゲームのヒロインでしたが、今は現代に転生してJKやってます。 〜同じクラスにかつての宿敵だった魔王っぽいのがいるんだけど〜
無月兄
前世は乙女ゲームのヒロインでした
第1話 プロローグ
重力から解き放たれ、空に浮かぶ巨大な城。それは、この世界における恐怖の象徴だった。
こんなものが空を飛ぶというのも脅威だけど、本当に恐ろしいのは、備えつけられた巨大な魔力砲台だ。
空に浮かぶこの城と同じく古代文明の遺産であるその砲台は、たった一度放たれると、それだけで大地を抉り山をも吹き飛ばす。
そしてその悪夢のような兵器を使うのは、人々から魔王と呼ばれ恐れられている男。
自らの目的のため数々の非道を行い、恐怖で人を支配しようとする、最低最悪の奴だった。
初めてこの城が空に浮き、大砲により大地が焼かれたその日から、人々は、次は自分の住む街が焼かれるのではないかと震え、恐怖した。
故に、人々は結束した。この蛮行を止めるべく、国や種族の垣根を越えて共に戦うことを決めた。
その戦いの最前線にいるのが、私、エミリアだ。
「覚悟しなさい。魔王ラインハルト」
腰に挿した聖剣を抜きながら、私は玉座に座ったその男を見据える。
夜のような黒髪に、端正な顔立ち。こんな状況でもなければ、その美貌に惹き込まれてしまうかもしれない。
けどその中身は、世界を我が物にしようとし人々を恐怖に陥れる、まさに魔王そのものだった。
「剣の聖女、エミリアか。戦場では何度か相見えていたが、こうして一対一で向かい合うのは初めてだな」
ラインハルトもまた、玉座から立ち上がり剣を抜く。
私の聖剣と対になる、魔剣と呼ばれるものだ。
「それにしても、まさかたった一人でここまで乗り込んでくるとは思わなかったぞ。仲間はどうした?」
「私の仲間達は、外で必死に戦っているわ。城の結界を破った者。外へと解き放たれた人造魔物の相手をする者。それらの作戦を指揮する者。ここにはいなくても、みんな一緒に戦ってくれている。一人で戦うあなたとは違うのよ!」
これだけ広い城だというのに、中にいた人間は、ラインハルトたった一人だけ。あとは、古代文明の技術で作られた人造魔物が警備をしているだけだった。
それだけ、この男が人を信用していないということだ。
「みんなのためにも、私は絶対に負けない!」
仲間達の奮闘に思いを馳せながら、これまでのことを思い出す。
元々私は、少し剣の心得があるくらいの普通の女の子だった。それがふとしたことから伝説の聖剣に選ばれ、強制的に戦場に出ることになったんだから、運命って本当にわからない。
だけどその戦いも、これで終わり。目の前にいる魔王ラインハルトさえ倒せば、世界に平和が戻るんだ。
「やぁぁぁぁっ!」
声を張り上げ、剣を振るう。それからは、まさに死闘だった。
聖剣の力を得た私は、剣も魔法も常人を遥かに超越した力を持っている。
けれどラインハルトの力も、また常軌を逸していた。二人ともその力の全てを使い、互いの命を削っていく。
傷だらけになり、息をきらし、両者共に満身創痍といったところ。
なのにそんな状況で、ラインハルトは突然こんなことを言ってくる。
「ひとつ聞くが、この城がもうすぐ消滅するというのはわかっているな。このまま長引けば、俺もお前も死ぬことになるぞ」
「そんなこと、百も承知よ」
仲間達の作戦と諸々の工作で、この城の至るところに、特殊な魔法具が取り付けられている。間もなくそれらが大爆発を起こして、城も大砲も跡形もなく消し飛ぶことになっていた。
それなのに私がここに乗り込んできたのは、ラインハルトを確実に倒すためだ。
例えこの城を落とすことができたとしても、この男が健在なら、また同じような悲劇を生み出すかもしれない。そんなことにならないよう、確実に討ち滅ぼすため、危険を承知でここに乗り込んできたんだ。
「今から逃げれば助かるのではないか?」
「ふざけないで! そうやって逃げ出そうって言うの!」
もちろん私だって命は惜しい。ラインハルトを倒した後、生きて帰れるなら、その方がいい。
だけど覚悟もある。例え爆発に巻き込まれ命を落とすことになったとしても、ここで逃げ出そうとは微塵も思わない。
「健気なことだな。だが、無駄なことだ!」
「なっ──!」
それまでに見せたどんな剣技よりも早くて鋭い一撃が、私を襲う。
なんとか避けようとしたけど、元々ボロボロだったのに加えて不意打ち気味に放たれたとあっては、完全にかわすことはできなかった。
「あぁっ!」
肩を斬られ、痛みで意識が飛びそうになる。体に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。
そんな私を、ラインハルトは冷ややかな目で見下ろしていた。
「さて。その傷では、もはやまともに戦うこともできまい。これでもまだ逃げる気はないか?」
「くっ──誰がそんなことを」
ラインハルトの言う通り、このケガじゃ剣を握るのがやっと。状況は絶望的だ。
それでも、逃げるなんてしたくない。こんなところで、諦めたくなんかない。
(私の体、動いて。ほんの少し。あと、ほんの少しだけでいいから!)
もう声を出すことすら辛くて、だけど心の中で必死に願った。
せめて最後にあと一撃でいいから打ち込みたい。その結果、私の体が壊れたって構わない。
その想いが、ほんの一瞬だけ、痛みを凌駕した。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
持てる魔力の全てを、剣に込めて振るう。もはや作戦も駆け引きもない、残る力の全てを振り絞った最後の攻撃だった。
「くっ──」
身構えるラインハルト。
果たしてこんな馬鹿正直なやり方が奴に通じるかはわからない。だけど、そんな余計な不安は捨てた。肩の痛みも、全身の疲労も忘れた。
この一撃でラインハルトを倒す。ただそれだけを考えた。
そして、その全身全霊をかけた一撃は、届いた。
私の振るった聖剣は、それを阻もうとしたラインハルトの魔剣をへし折り、さらには彼自身をも貫いた。
「バカな……」
ラインハルトが信じられないといったように声をあげ、その場に倒れ込む。
信じられないのは私も同じだ。絶体絶命のあの状況からここまで持ってこれたのは、奇跡といっていい。
けど、せっかくの奇跡もそれが限界だった。
「あっ──」
私もラインハルトと同じく、崩れ落ちるように倒れ込む。全身から力が抜け、指一本だって動かない。
さらに、ラインハルトを斬りつけた聖剣も、その衝撃で真っ二つに折れてしまっていた。
(これまでか……)
けれど、後悔はなかった。
ラインハルトを見ると、ギリギリ生きてはいるものの、私と同じように動くことすらままならない。
そして、この城は、もうすぐ起きる爆発によって崩壊する。彼も私もそれに巻き込まれ、終わりを迎えることだろう。
命を落とすのは嫌だけど、魔王と呼ばれたこの男を倒し、世界を救うことができた。それで十分だ。
ラインハルトはどうだろう。野望を砕かれ、逃れられない死が迫り、絶望しているのだろうか。
そう思いながら、なんとか顔を動かし彼の方を向くと、彼もまた、同じように私を見ていた。
そして、言う。
「──すまなかったな」
それは、とても魔王と呼ばれた男の言葉とは思えなかった。
だけど、悲しそうな、申し訳なさそうな顔で、彼は確かにそう言った。
どういうこと? どうして、たった今殺しあった相手に謝ったりするの?
だけど、抱いた疑問の答えが返ってくることはなかった。爆発の時間がきたんだ。
城中に取り付けられていた魔法具が発動し、至る所で爆発が起こる。
爆発は城全体を、そして私とラインハルトを巻き込みながら、ここにある全てのものを無に返していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──ハッ。 夢か!」
けたたましい目覚ましの音が鳴り響く中、私はベッドから跳ね起きる。
あの夢を見るのも、ずいぶん久しぶりだ。
剣の聖女なるものに選ばれた私が、魔王と呼ばれた男と世界の運命をかけて戦う。
知らない人がこれを聞いたら、ずいぶんと壮大な夢を見たなと思うかも。
だけど私は、あれがただの夢じゃないって知っている。
今見た夢は、全部私の前世だ。
何をバカなことって思うかもしれいけど、決して痛々しい妄想とかじゃない。
その証拠に──
「光よ、出よ!」
手の平をかざしてそう唱えると、その先にキラキラとした光の塊が出現する。
夢の中の私、エミリアも使えた、光の魔法だ。
こんなことができるんだよ。なのにあれをただの夢だと思うなんて、それこそありえないでしょ。
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