第32話 蹂躙
「ブエエエエエエ!! 」
遠くの方から聞き覚えのある獣の雄叫びが聞こえてきた。
怪物化したビショップのスキル[咆哮]で間違いないだろう。
どうやらこの拠点にビショップがやってきて、戦闘が始まったようだ。
もう大人しくしている必要はなくなったようだ。
「[怪人化]」
俺は[怪人化]のスキルで、地龍怪人に変身する。
この怪人の姿の時は、普段の俺よりも腕力などの基礎能力は格段に上がっている。
手足を縛っていた縄も今の俺にしてみれば紙切れも同然。
「ふんっ! 」
少し力を入れただけで引きちぎることができた。
それから俺は立ち上がり、テントの外へと向かう。
「ん? 」
「なっ!? 」
テントの垂れ幕を潜り抜け、外に出てみると左右両サイドに一人ずつ騎士が立っていた。
万が一にでも俺がこのテントから出ないよう見張っていたのだろう。
俺が中から出てきたことに気づき、今の地龍怪人の姿に驚いているようだ。
好都合だ。
驚いたまま、何もせずに死ぬがいい。
「お疲れさん。見張りはもういいぞ」
俺は二人の後頭部を左右それぞれの手で掴み、力いっぱいに地面へ叩きつけた。
二人の騎士の顔面が地面にめり込む。
いや、潰れてしまったのだろうか。
どちらにせよ、二人共死んだのだろう。
血は出ていないがピクリとも動くことなく、生きている気配がしないことから確かなことだろう。
俺は二人の頭から手を離して立ち上がる。
それから周囲を見渡してみた。
俺の近くには騎士達はおらず、遠くの方に集まっているようだ。
ざっと二か所。
一か所は、ビショップがいる方。
ここからでも山羊の魔物となっている彼女の姿が見える。
彼女を倒すために騎士達は向かっているようだが返り討ちにあっているようだ。
その証として、彼女の放った火炎魔法のスキルで辺り一帯は炎に包まれている。
もう一か所はというと、
「おっと」
俺に目掛けて矢が飛んできたので腕で払い除けた。
今の地龍怪人の防御力ならそんなことをしなくてもよかったが、つい反射でやってしまった。
この矢が飛んできたのは、もう一か所の騎士達が集まっている方向。
そこにいる騎士達の大半は弓を持っており、空に目掛けて矢を放っている。
俺に飛んできた矢は流れ矢だ。
彼らの本命は空を飛ぶ銀色。
それは遠目で見る俺には、姿形ははっきりとは認識できない。
夕日の光に照らされてなお、赤色には染まらず銀色に輝いて見えるだけである。
その銀色は宙に舞う紙切れのようにヒラヒラと不規則かつ、空中を鳥のように素早く飛び回っている。
空の銀色に目掛けて、騎士達は必死に矢を放つが一発も当たることはない。
「惜しい! 」
「いいぞ! もっとだ! もっと撃ちまくれ! 」
騎士達の声が聞こえてきた。
彼らの言葉通り、どの矢も銀色に命中しそうであった。
あと少し位置がズレていたら当たっていたであろう矢が多く見られる。
惜しい。あと少し。
その気持ちは分かる。
だが、実際にはそうではないのだ。
銀色があえてギリギリで矢を躱すように飛んでいるのだ。
あの銀色は、騎士達の放つ矢の軌道を完全に読み切っている。
それに気づかず、騎士達は当たる当たると自分と周囲を奮い立たせて必死に当たることのない矢を放ち続けている。
なんと滑稽なことか。
空を飛ぶ銀色も奴らの姿を見て笑っているに違いない。
というか、いつまで遊んでいるつもりだ?
と、俺の心の声が聞こえたのか、銀色は矢の嵐を潜り抜けて地上へと急降下。
隕石のように凄まじい速度で落下したが地面には激突しなかった。
地面ギリギリのところで銀色は急降下から低空飛行に進む方向を変えた。
それから騎士達が群がっている場所へ進行。
ぶつかることなく、まるで風のように騎士と騎士の間を通り抜け、再び高く上昇した。
急降下から再上昇をするまでは、ほぼ一瞬の出来事。
その一瞬で終わった。
銀色が上昇してすぐに、騎士達は血しぶきを上げながら体がバラバラになった。
どうやら銀色は通り抜けざまに騎士の体を切り裂いていたらしい。
銀色を狙う騎士達は誰もいなくなり、そこには広い面積の血だまりと人間の肉片の山があるのみ。
圧倒的だ。
やがて、空を飛んでいた銀色は俺の存在に気づいたのか目の前に着地し、
「ハロー、総帥。やっとパーティに参加したみたいだけど、ざんねーん! もうすぐ終わっちゃうよ」
と、銀色もといバンディッドは俺への挨拶を口にしながら跪いた。
空を舞い、騎士達を一瞬で蹂躙した銀色の正体はバンディッドであった。
「ほお・・・」
今のバンディッドは[怪人化]をしている最中であった。
肌は普段の褐色から真珠のような艶のある白色になっている。
髪は普段と同じ銀色だが耳が魔物のような形状に変化。
生えている位置が頭部へと移動しており、三角のかたちで上へと大きく伸びている。
目は普段は白色のところが黒色になっており、瞳孔の色は赤。
腕は前腕部分が変形しており、銀色の蝙蝠の翼の形となっている。
ただ蝙蝠の翼となっているだけではなく、鋼のように硬質化しているようで羽ばたいて飛ぶ以外にも敵を切りつけることにも利用できそうだ。
前腕が蝙蝠の翼のようになっているものの、手は人間の形状のままであり、何かを持つことが出来るようだ。
現れている魔物の特徴はそんなところで、一言で言い表すのであれば漫画やゲームに出てくる女の人に鳥の翼が生えたハーピィという怪物のようだ。
続いて、今の彼女の服装だがこれはビショップと同く目のやり場に困るような感じになっている。
着ている黒色のレオタード。
胸元が開いていたり、袖の部分が無かったり、ハイレグ?っていうのか足の付け根の部分の露出がすごかったり。
所々の露出がとんでもないのだ。
ん? 前から見ていてすぐには気づかなかったが、レオタードの上半身部分の背中バックリ開いてない?
ビショップといい女性は[怪人化]するとエロい衣装にならなければならない決まりでもあるのだろうか。
もうおまけ程度のことのようではあるが、足は膝よりも少し高い銀色のロングブーツを履いている。
「すぐに終わると言ったが、ここにいる騎士達を全員殺すのだぞ? 早々に終わるとは思えない」
「いーえ。もうすぐ終わっちゃうんだってば」
「いや、何を根拠に・・・いや。根拠があるのか? 」
「いえーす! アタシには[索敵]っていうスキルがあってね。それで近くにいる騎士共の位置はまるわかりってわけ」
どうやらバンディッドは、スキル[索敵]によって、この拠点にいる騎士達の数を把握しているらしい。
そういえば、こいつのスキルウィンドウを見たときにそんなスキルがあったような気がする。
効果は彼女の言う通り、周囲の敵の位置を把握できるもののようだ。
どの程度の範囲まで索敵できるかは俺には分からないが、少なくともこの拠点内全域は範囲に入っているようだ。
「なるほど。あと騎士共は何人いる? 」
「ビショップのところに十人・・・あ、今減って八人。あとは逃げてるのかな? 拠点の外に向かって移動している騎士が数人いるよ」
やはり、まだビショップは交戦中とのこと。
そこは問題ないのだが、逃げようとしている騎士達は問題だ。
絶対に一人残らずここで始末しておきたい。
「俺はビショップのところへ向かう。バンディッドは逃げようとする騎士共を始末しろ。一人も逃がすんじゃあないぞ」
敵の位置が分かるバンディッドに逃げる騎士達の掃討を任せるのがいいだろう。
「りょ! じゃあ、行ってくるね! 」
バンディッドはバサッと羽ばたいて宙に舞い、銀色の軌跡を描きながら遠くの方へと飛んで行った。
これでよし。
あとは仕上げに散々俺を痛めつけてくれたリオに挨拶でもしに行くとしよう。
・
・
・
ビショップのいる場所へと辿り着いた。
その前にバンディッドからこの辺にいる騎士は八人と聞いていたのだが、七人減ってあと一人となっていた。
残りの一人は、リオである。
[怪物化]したビショップの巨体を活かした攻撃や、魔法スキルを躱しているのか目立った傷はないようだ。
だが、呼吸は荒く、体を休ませているのか時折その場に留まるような素振りが見られる。
余裕は無いようだ。
対して、ビショップはリオほどではないが少し呼吸が乱れている様子。
リオだけでなく、その辺に転がっている騎士共も相手にしていたからか消耗しているようだ。
それでもリオよりは余裕があるようで関心する。
このまま戦い続ければ、ビショップが勝つことだろう。
「いかがかな? 俺の部下の強さは」
だが、見ているだけにもいかない。
殲滅するとは言ったが、このリオには利用価値があるように思えてきた。
というか、バハとの決着をつけるために利用する。
ここで死なれては困るというもの。
「総帥。申し訳ありません。今すぐこの者を始末します」
ビショップはそう言った瞬間に、リオに目掛けて火炎魔法スキルによる巨大な火の玉を放つ。
待て、待ってくれ。
リオに死なれたら困るんだってば。
というか、止めるの間に合わん。
リオ死ぬ!
「くっ! まだこんな力が! あうっ! 」
リオは寸でのところで火の玉を躱すが、火の玉が地面に炸裂した衝撃でゴロゴロと地面に転がり、地面に伏せる状態となる。
まだ生きているようで、ビショップではなく俺を睨みつけてくる。
その手には剣が握られたままであり、まだ戦う意思も失われていないようだ。
あ、あぶねーまだ生きててくれてよかった。
ナイス回避!
「ビショップ。もう手を出すな。ここからは俺がこいつの相手になる」
「し、しかし! 」
食い下がるビショップ。
本当、君達一回言っただけじゃあ言うこと聞いてくれないよね。
彼女の周囲には、複数の火炎魔法スキルで生み出した火の玉が宙に浮かんでおり、いつでも発射できるような感じになっている。
リオにトドメを刺す気満々である。
なんか異様に殺意が高くないか?
確かに全員殺せとは命令とは言ったが、俺やめろって言ったぜ?
ひょっとして、あれか?
バンディッドに俺がリオにかなり痛めつけられたことでも言ったのか?
「卑劣にも総帥を縄で縛って身動きの取れない状態にし、この世のものとは思えない拷問をした罪は万死に値する! 焼き殺してやる! ブエエエエエエ! 」
くそっ、これは言ったっぽいな。
あいつめ、余計なことをしやがって。
「命令だ。お前には悪いがこいつは俺の獲物だ。手を出すんじゃない」
「・・・仰せのままに」
やっとビショップは俺の言うことを聞いてくれた。
[怪物化]も解除し、元の姿に・・・戻ることはなく、[怪人化]スキルを使ったようで黒山羊怪人の姿になった。
こいつ、まだリオを殺る気があるというのか?
今、仰せのままにって言ったよね?
命令を聞いたっぽいが、まだ油断は出来んな。
「さて、俺のことが分かるな? サタトロンだよ」
「サ、サタトロンだって!? お前・・・絶対に許さない! 」
リオは、怒りの形相で俺を見てくる。
声もまるで自分の親を殺した奴でも相手にしているかのように迫力のあるものだ。
だが、俺には一切響かない。
俺の獲物だと意気込んだものの、もう戦いの決着はついたようなものなのだから。
最後のビショップの余計な一撃のおかげで、リオは体を強く打ち付けて動けなくなっているようだからだ。
これでいいのだけれど、リオとは直接対決で立場を分からせたかったなー。
まあ、もう済んだことだ。
「許されないんだよ! こんな・・・自分を魔物にするどころか、人を魔物に変えるような邪悪極まりなことは! 私の邪魔をするやつは! 死刑! 死刑! 死刑! 殺してやる! 下民に生まれたことを後悔しながら死ねぇ! 」
地面に伏せたままのリオがわめき散らかす。
「負け惜しみだな。そんな体で何が出来る? お前は負けたんだ。それに、人を魔物か怪物か何かに変えているのは俺だけじゃない」
「は? 何を言って・・・」
「お前の大好きなバハもやっていることだ。どうせ信じないだろうがな」
それが最後にリオへ言う言葉になる。
俺はリオの元へとゆっくりと歩いて向かう。
何をするかといえば、こいつに[因子付与]をするつもりだ。
こいつは、バハなんていう訳の分からん奴を心酔し、貴族より下の身分の奴を見下すとんでもなく嫌なやつだ。
だが、戦闘力だけは高く評価している。
この金獅子の因子を付与することで、さらに強くなることも期待している。
さらに、こいつはバハの騎士団の一員であるのだ。
上手く使えば、バハの情報を探らせたり、俺に都合の良い行動を誘導させたりもできるはずだ。
こいつを部下にすることは良いこと尽くしであるに違いないのだ。
「や、やめろ・・・来るな! 下民ごときが私を殺すつもりだっていうの!? 嫌、嫌ぁ! 私はこんなところで! 」
自分が殺されると思っているのかリオのわめき声は悲痛なものへと変化する。
いくらわめこうが俺が足を止めることはない。
そして、俺はリオの目の前にまで辿り着き、金獅子の因子を纏った右手をリオの体に向ける。
あとは腕を伸ばしてリオに因子を付与するだけだ。
「な、なにっ!? 」
あとはそれだけであったのだが、俺の体は動かなかった。
何かしらの力によって、体が動かなくなったのではない。
衝撃的な光景を目の当たりにし、その驚きで体を硬直させてしまったのだ。
その衝撃的な光景とは、巨大な銀蝙蝠がいくつものテントをなぎ倒しながら吹き飛んでくる様だ。
幸いにもこちらには来ず、俺とリオとビショップに被害はない。
「痛てて・・・くっそー! やってくれるじゃん! 」
瓦礫となったテントの上で、むくりと巨大な銀蝙蝠が起き上がる。
この銀蝙蝠は[怪物化]したバンディッドだ。
どうして[怪物化]しているか。
何があって吹き飛ばされてきたのかは分からないが無事のようであった。
「バンディッド! 何があった! 」
「マジあり得ん! 急に強い魔物が出てきたの! 」
「なに!? 」
強い魔物だと?
どこにいるのかと思えば、バンディッドが吹き飛ばされた方からヌウッと巨大な生物が現れる。
それは巨大な
緑色の蟷螂をそのまま大きくしたような巨大な生物がそこにいた。
蟷螂型の魔物であるのだろうとは思う。
だが、このような魔物はこの辺にはいないはずだ。
どうやら、バンディッドは[怪物化]してこの魔物と交戦し、何らかの攻撃によって吹き飛ばされてきたようであった。
「な、なんなのよ! あれは!? 蝙蝠に蟷螂!? あれもお前達の仲間っていうの!?」
リオが俺に向かって、そう言った。
どうやらこいつもあの魔物のことを知らないことのようだ。
だとしたら、一体どういうことだろうか?
「驚きましたよ。魔物と人間の中間の存在になることが出来るとは」
ゾクリと背筋が凍るような気がした。
その声はこの場の誰ものものではない。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
俺は慌てて、[因子付与]をやめて腕を交差して防御の構えを取る。
防御が間に合ったのか交差した腕に強い衝撃を受ける。
剣で強く叩きつけられたようだ。
その場に留まることは出来ずに、俺は後方へと大きく飛ばされる。
着地は出来たものの、リオとの距離はだいぶ離されてしまった。
「総帥! 」
近くにいたビショップが俺の元へと駆け寄ってくる。
それでいい。
今は、離れたところにいるより、近くて集まっていたほうがいい。
何故なら、先ほどまで俺のところにいた場所には得体のしれない人物がいるからだ。
「何者だ! 」
俺がそう問いかけると、
「ヒッヒッヒッ! 何者でもございませんよ。しかし、名を呼ばれないのも不憫というもの。どうかわたくしめは、召使いとお呼びください」
全身黒ずくめの人物は、怪しく笑った後に自身を召使いだと名乗った。
召使いは黒い外套に身を包んでおり、声の低さと背の高さから成人のい男性であろう。
片手には、自身の背丈ほどの巨大で幅が広い剣を持っており、肩に担いだ状態で立っている。
もう片方の腕は外套に隠れて見えない状態だ。
なんにせよ、いきなり出てきて訳の分からない奴だ。
だが、二つだけ分かることがある。
それはこいつはバハの味方であり、俺達の敵であるということだ。
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