第22話 迫る灰色の影
「どうしてここに? 」
思わず口に出してしまった。
この赤い結界の中にいるのは、俺とヘッドスキンの二人だけ。
三人目の存在があるなど考えすらしていなかったからだ。
「[隠密]っていうスキル。あちし持ってんの」
「[隠密]・・・? 」
言葉の意味からして、姿を消すスキルだろうか?
そういえば、確か銀蝙蝠怪人のスキルウィンドウに同じスキルがあったような気がする。
姿を消せるからなんだというのか。
いや、そういうことか。
「初めからここにお前はいたということか。その[隠密]スキルで姿を消して」
情報屋は結界を張る前にから、この場所にいたのだ。
[隠密]スキルを使用したことで、俺には気づくことができなかったらしい。
「ご明察。姿を消すっていうのは少し違うかなぁ。気配を察知されない。もしくは認識されないっていうのが正しいかな。こうして、攻撃したり声を聞かれることで効果はなくなるけど」
「ああ、そうかい。で? なにをしに来た? 」
「うーん、二万ギラってところかな? 」
情報屋は俺に向けて手をかざし二本の指を立ててくる。
「ふざけるな。俺に不意打ち食らわせておいて」
「あははは! 軽い冗談だよ。まあ、教えてあげてもいいかな」
そう言うと、情報屋の雰囲気ががらりと変わる。
いつものようにヘラヘラとニヤついた表情ではない。
まるで、幾人をも葬った殺し屋のような鋭く濁った眼で俺を睨みつけていた。
寒気がする。
俺にそう思わせるほど迫力があった。
この感じ以前にも感じたことがあるような・・・?
「お前を殺して、バハに差し出すの」
冷たい声で情報屋が言った。
バハって、ヘッドスキンに貴族殺しを命令した奴の名前だ。
そいつにどうして俺の死体を?
「分かんないって顔しているね? バハに貴族殺しの逆賊を討伐した功績を献上するの。こんなのバカでも分かるでしょ」
好き勝手言ってくれるぜ。
要するに俺を貴族を殺したとして討伐、いや殺害したことをバハの手柄にしようということだろう。
スケープゴートというわけだ。
冗談じゃない。
俺は真面目に護衛していたし、貴族は殺されたがその娘は助けたんだぞ?
だが、待てよ。
なんでこいつがヘッドスキンに依頼をしたバハなんていう貴族と関係があるんだ?
「なんでお前がそんなことを」
「あれ? 言ってなかったっけ? あちしもバハに雇われてんだよ。ヘッドスキンのサポートとしてね」
なんてこった。
俺はとんでもないことをやらかしていたらしい。
情報屋がバハに雇われていたとするのなら、敵に情報を貰っていたというわけである。
敵に踊らされていたというわけだ。
考えてみれば、斡旋所の男が廃坑に向かうなんて情報も俺を誘い出して、斡旋所の男に始末させるつもりだったのだろう。
「色々と頑張ったよ。貴族殺しでは、こっそり魔物を使役して援護した。お前を殺すために嘘の情報を流したりもした。まあ、それらは全部お前に潰されたわけだけど。いやぁ、流石は黒鉤爪だ」
パチパチと情報屋が拍手をする。
おのれ、思ってもいないことを。
しかし、妙だ。
こいつがバハに雇われていたとするのなら、あの夜俺を王都進出のパートナーにする提案をしたのはなんだったのか?
「お前が俺の敵だったということは分かった。なら、なぜあの時俺を誘ったんだ? 」
気になるので聞いてみることにする。
「・・・そのことか。いいよ」
どうやら教えてくれるらしい。
やったぁ。
「あの護衛依頼から帰ってきたことは、あちしが使役した山羊の魔物 サタナキアから逃げられたか倒したかのどちらか。だから、ひょっとしたらと思ったんだ」
「俺が断ったからか」
「そうだよ! お前があちしが差し出した手を振り払うから悪いんだぞ! 」
情報屋の雰囲気がまたもや急変する。
目を大きく開き、歯をむき出しにして、俺に対して怒っているようだ。
「魔物なんかに執着する変な奴だけど、前々から使えるって思ってたんだ! あちしが先に気づいてたんだ! わざわざ遠出までして、お前の素性も調べた! それを・・・どうせあの女に誑かされたんでしょ!? 」
「あ、あの女?」
急に第三者が出てきた少し困惑する。
対して、情報屋は怒りのボルテージが上がっているのか自分の髪を掻きむしり始めた。
「あの女! 口に布なんか巻いて素性隠している女! ああああもうなんなのあの女!! 」
「あ、ああ、ビショップのことか。ビショップはお前の提案を断ったことには関係ないぞ」
「そんなわけないでしょ!? だって、今まであんな奴いなかったじゃん! これまで情報いっぱい渡してあげたあちしへの恩がお前にはあるわけじゃん! そんなお前があちしの提案を断るはずないんだ! あちしのような有能な人間の提案を断れるはずがないんだよ! そうでなきゃ・・・そうでなきゃあああああああ!! 」
「お、おお・・・」
なにかだんだんと具合が悪くなってきたか?
情報屋の奴、怒っているというかそれを超えて狂乱しているように見える。
髪も普段とは違って整えていたはずなのに、今は搔きむしったせいでぐしゃぐしゃだ。
そんなにビショップといたことが気に入らなかったのだろうか?
いや、そうじゃない。
さっきから、こいつは勝手なことを言ってばかりだ。
どうして?と思っても本人以外の人間が理解することは出来ないだろう。
考えても無駄というやつだ。
「だから、俺を殺すっていうのか? バハの手柄にする形で」
「ああ、そうだよ!この弱っちいいハゲを使いつぶす形でね! というか、グウルの力を使ってまで負けるなんて情けなくない!? おい聞いてんのか! このハゲ! 」
そう言うと、情報屋はヘッドスキンの横っ腹を蹴り飛ばす。
「ぐふっ、げほっげほっ! 」
ヘッドスキンはかなり痛かったのか、大きくせき込んでおりとても苦しそうだ。
いくら奴だからといえど、死に際にアレは可哀想だ。
「あの斡旋所の男もそうだ! 偽の情報渡して、完璧にお膳立てをしてやったというのにどうして負けるんだか! どいつもこいつも! あちしの周りには使えない奴ばっかり! このっ! このっ! 」
一回の蹴りで終わることはなかった。
情報屋は怒りに満ちた声を漏らしながらヘッドスキンの体に蹴りを入れ続ける。
同じ貴族に雇われた身なのに容赦がない。
あのーそのへんにしておかないと、そいつ死んじゃうぞ?
「ああああくそっ! ダメだ! 落ち着かなきゃ・・・」
それから、情報屋は荒くなった呼吸を整えているのか静かになる。
これは落ち着いている最中か?
本当に落ち着くんだろうな?
「・・・喜びなよ。散々邪魔してくれたわけだけど、お前がここで死ぬことはあちしの人生に大きく貢献することになるよ」
落ち着いたようだ。
表情はさきほどの鋭い目の冷淡なものになり、声も感情はなく冷たい。
話は通じないのは変わらないが落ち着いていた方がマシである。
あと情報屋というか怒った女性というのおっかなくて仕方がない。
「バハのあちし達への依頼は、貴族殺しのスケープゴートの死体を用意することで完璧に達成される。だから、ここで死んでよ? ね?」
「勝手なことを・・・で? 結局、お前はバハとやらと手を組むというのか? 」
「まあね。今となってはお前に断られて正解だったかも。バハの方は貴族だし、元貴族よりかはかなりマシ。報酬も多くて羽振りがいいし。顔もまあイケメンな方だし、条件次第で結婚してあげてもいいかなーとも思う。まあ、それはバハの今後の頑張り次第かもだけど。王都にも行くこともあるだろうし目移りしちゃうかもなー」
ごちゃごちゃとなんか言ってはいたが、元貴族よりから貴族の方がかなりマシ。
これに関してはそりゃそうだろという感想しかない。
初めからそっちにしとけし。
いい迷惑である。
「あー、あちしバカだったかも。一時でもこんな奴と手を組むなんて思っていただなんて。人生最大の汚点だわ」
これには同意しかねる。
というか失礼すぎるだろ。
勝手に期待しておいて、勝手に失望するなんてのは。
しかし、ここまで話してきてこいつの本性が理解できた。
こいつはクズだ。
こいつは他人を利用して、自分が得をすることしか考えていない。
今の雇い主のバハですら下に見ている有り様だ。
バハが可哀想にすら思えてくる。
きっと、バハよりも地位が高い人間に近づけば、あっさりとそちらに鞍替えするんだろうからな。
鞍替えの条件がバハを殺すことだとしても、躊躇なくこいつは実行するだろう。
正真正銘のクズだ。
そういう生き方があるって、完璧に否定はするつもりは無い。
だが俺は嫌いだ。
長い付き合いでそれなりに情はあったのだが、これで一気に冷めた。
そんなクズに今までいいようにされてきたと思うと、はらわたが煮えくり返る気分だ。
ああ、そういえばなんだって?
俺を殺すだって?
笑わせる。
情報屋風情に勝てると思われるとは、ずいぶんと舐められたものだ。
「もういい。もうお前の声は聴きたくない。俺を殺すというのなら、さっさとやろうか」
ただの人間相手に使うのは普段なら忍びないところだが、この[怪人化]で思い上がったクズを返り討ちにしてやるとしよう。
「[怪人化]! 」
俺は[怪人化]スキルを使用して、地龍怪人に、
「・・・あ、あれ? 」
変身することはできなかった。
バカな、今までこんなことはなかったぞ。
「さっき、お前を蹴る瞬間、アイテムを使わせてもらったんだよ」
「なにっ!? 」
何が起こっているのか。
それを考えているうちに、かなり近い位置から情報屋の声が聞こえた。
気付けば、情報屋は俺のすぐ目の前にいた。
さきほどいた場所から一歩や二歩で届く距離ではなかったはずだ。
とんでもない速度で近づいたというのか。
それから、いつの間にか二本の短剣を両手に持ち、片方が俺の顔に迫る。
上半身と共に首を横に傾けて回避行動を取ったわけだが、躱しきれずに奴の短剣の刃が俺の頬の皮を薄く切る。
「効果はスキル封じ。やっぱり、あの変身はスキルによるものだったんだね。読み通り」
奴自ら[怪人化]を使えない現状のタネを明かしてきた。
どうやら今、俺はスキル封じの状態にあるらしい。
名前の通りこの状態では、スキルが使用できなくなる。
つまり、今の俺は[怪人化]や[怪物化]は出来ないということだ。
パッシブスキルに属するものは使用できると思うが、[因子回収]では戦いになんの役にも立たない。
状態異常とでもいうのかこの世界には、スキル封じのように行動を制限されたり、他にも継続的にダメージ負うような現状を引き起こす術があるそうな。
今回はアイテムによって、引き起こされたらしい。
いつのことだ?
俺には検討つかなかった。
そんなことより、こいつ戦い慣れていやがる。
情報を集めるくらいで戦えないとばかりに思っていたが、その認識は違ったようだ。
「あれ? 言ってなかったっけ? まあ、それはお互い様だよね。サタトロンもスキル使えること隠してたもんね? 」
こいつはどうやら、俺の並みの雑兵以上に戦えるらしい。
それも従来の雑兵のような魔物を相手するような戦いをしていたわけではないのだろう。
アイテムを使用して、自分を有利な状況や環境を整えるやり口。
この辺の雑兵ではやらないやり方だ。
そんなことをしなくても、この辺のだいたいの魔物は倒せるからだ。
この辺でこういう絡め手を使う必要があるのは、知能が高い生物が相手の場合くらいなものだろう。
「あちし情報屋以外に暗殺屋もやっているんだよね。たまーに、バチバチの殺し合いになるから、けっこう強いと思うよ? 」
情報屋はいつものように、ヘラヘラとした笑みを浮かべる。
つまり、こいつは対人の戦闘に慣れているんだ。
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