第23話 廃教会の死闘

 「そらそらそら! 」



情報屋が左右の手に持つ短剣。


その切っ先が幾度となく俺に目掛けて飛んで来る。


連続突きとでもいうのか、高速で打ち出されるそれらはまるで短剣の雨だ。


その苛烈な攻撃に俺は左右の手に装着した鉤爪で防御する。


あちらは二本の短剣、こちらは二つの鉤爪。


手数は同じのはずだ。


だが、奴の短剣は二本以上あるように見えた。



「ぐうっ! 」



その実、いくつかの突きは鉤爪による防御をすり抜けて、俺の体を傷つける。


頬を、肩を、腕を切りつけられ、そこかしこから血が滴り出す。


一撃は軽いものだが、こうして何度もやられていれば、そのうち血だるまになってしまうだろう。



「良い気になるなよ! 」



そうはさせまいと、俺は反撃に出る。


まずは、迫る短剣を大きく振り払い弾き飛ばす。


多少、短剣の刃をその身に受けることになるが構わない。



「くっ! 」



バチンと一際大きな金属のぶつけあう音が廃教会の中に響き渡る。


それと同時に情報屋は呻き声を上げた。


惜しい。


二本同時に仕掛けたが、どちらも弾き飛ばすことはできず、彼女の手に握られたまま。


だが、奴を後ろにのけ反らせ、体勢を崩すことができた。



「もらった! 」



今が好機。


俺は右腕の鉤爪を振り下ろし、奴の胸から腹にかけてを切り裂きにかかる。



「甘いんだよ! 」



しかし、それは出来なかった。


情報屋は後ろにのけ反った勢いを利用したのか後ろへ宙返りをしながら跳躍。


距離を離され、俺の鉤爪は届かなかったのだ。


しかも、それと同時にアイテムを使ってきやがった。



「くそ、見えねぇ! また煙幕か! 」



粉末が入った袋をまたしても投げつけてきたのだ。


俺の視界は宙に舞う粉末に遮られ何も見えなくなってしまう。


だが、相手も同じなはずだ。


粉末の範囲の広さは定かではないが、奴は俺がどこにいるかも分からないはず。


ここは腰を下ろして、煙幕が消えるまでじっとしているとしよう。



「・・・ん? 」



じっとしていると、足元に何が飛んできたのが見えた。


煙幕の中なので詳細は分からないが、目を凝らせばシルエットくらいは分かる。


魚の骨みたいに、一本の長い棒の左右にいくつかの棒の束がついた形だ。


なんだ、これは?


シルエットだけでは、それがなんなのか判別できなかった。


しかも、それが一つだけではなく二つ、三つ、四つと次々に俺の近くに現れる。


いや、情報屋によって投げられたものだ。


それを理解すると、途端に嫌な予感がした。


最悪なことに、その予感はすぐに的中する。


投げられたそれはバチバチと連続で火花をまき散らしながら爆発を始めたのだ。


これは爆竹だ。


前に俺がいた世界にあったものとほぼ同じものだ。


まさか、この世界にもあるとは。



「あつっ! あっつ! あいたたたたたたた!! 」



と、冷静に考えている場合じゃない。


爆ぜる爆竹の火花による瞬間的な熱さと痛みが俺を苦しめる。


俺はたまらず、その場から離れることにした。



「あいたたた! くそっ! ここもかよ! 」



だが、少し移動したところにも爆竹は投げられている。


煙幕の中にまんべんなく爆竹が置かれているようだ。


爆竹から逃れるには煙幕の外へ出るしかない。



「いらっしゃーい! 」



情報屋の思うつぼだったのだろう。


煙幕から抜け出すと、待っていましたと言わんばかりの嬉々とした情報屋の声がした。


その声がした方向に目を抜ければ、奴は俺から離れたところで短剣を構えていた。


どういうわけか短剣を振りかぶっているのだ。


そんな離れた距離では、短剣の刃は届くはずがない。


と、一瞬だけ思ったが、そんな無駄なことを得意げな顔をしてまでやる必要性はない。


やばい。


猛烈に嫌な予感がして、俺の背筋は凍り付いた。



「[風破ふうは魔法 初級]ウィンドカッター! 」



またも俺の予感は的中する。



「魔法スキルも使えるのかよ!」



情報屋は魔法スキルを使ってきたのだ。


その効果は、武器を振ることで風の刃を発生させるものらしい。


俺に目掛けて、三日月のように弧を描いたかたちとなった風の刃が飛んで来る。


風の刃? なんか弱そうじゃね?


と、甘く見てはいけない。


魔法スキルというのだから、ただの風であるはずがない。


余計なことを考えるのはやめて、俺は鉤爪を交差に構えて風の刃に備える。


咄嗟に出来ることはそれくらいしか出来ないからだ。



「うおっ! あぶねぇ! 」



風の刃を受け取ることはできた。


だが、それはほんの一瞬で受け続ければ、鉤爪が持たないだろう。


俺は精一杯力を振り絞り、鉤爪を大きく振り払うことで、風の刃を受け流す。



「いってぇ! 」



受け流しは成功して、風の刃は俺の左肩の上を通り抜け、後方の赤い結界の壁面に衝突して消える。


直撃は避けることができた。


だが、少し左肩を斬られてしまい、そこから血が大量に流れだす。


動かせなくはないが、左腕を動かすと痛みが走るようになってしまった。



「くっ、嘘だろ・・・」



さらに最悪なことが俺に降りかかる。


風の刃を受け流したのが遅かったのか左右の両方とも鉤爪が折れてしまった。


残った部分はまだ凶器になりえるが、リーチは短くなってしまい、奴の短剣と切り結ぶには厳しい。



「あれ? 怪我しちゃった? 自慢の鉤爪も折れちゃったねぇ。あはは、困ったねぇ」



そんな俺をあざ笑うかのように、離れたところから情報屋はニヤニヤと笑みを浮かべている。


奴にはまだいくつかのアイテムはあるだろうし、魔法スキルも恐らくはまだ使用していないスキルもあるだろう。


俺に関しては、スキルを封じられ[怪物化]も[怪人化]もできなきれば、左肩を負傷し、武器も壊されている。


絶望的な状況だ。


奴のアイテムをふんだんに使った小狡いやり口で、俺は今絶望的な状況に陥っていってしまった。


これは困ったぞ。





 「もう終わりだねぇ。すぐに殺してあげるよ」



そう言いながら、ゆっくりと情報屋が近づいて来る。


自分の勝ちを確信しているのか余裕の様子だ。


だが、まだ終わったわけではない。


俺は服の中に仕込んでいた小瓶の一つを取り出す。


予想外だったのか情報屋は、「あ・・・」と声を漏らして、その歩みを止めた。


そんな彼女には構わず、俺は小瓶のコルクを片手で開け、その中に入っていた液体を左肩にぶっかける。


くぅ~効くぅ~。


これは傷にかけるタイプの治療薬だ。


安物で完全には傷を癒せないが、止血と痛み止めくらいにはなるだろう。


ちなみに、副作用とまではいかないが傷口にかけるとすごくしみる。


目に入ってしまった場合は、すぐに目を洗ったほうがいいだろう。


ん? 目に入ってしまったら・・・か。


飲むタイプの治療薬もあるのだが、この傷にかけるタイプの治療薬を口に入れたらどうなるのだろうか?


とにかく、情報屋に邪魔をされることなく、治療薬を使えたのは大きい。



「ふーん、お前もアイテムを使うんだね。そりゃそうか。雑兵だもんね」



情報屋は悔しがることも怒ることもなかった。


ただ、淡々と俺が左肩に治療薬を使用した事実を受け止めていた。


そのうえで、悔しがることも怒ることなかったのだ。


悔しいがそうだろうと思う。


なぜなら、傷を少し癒したところで状況はちっとも変わらないからだ。


だから、油断して俺に治療薬をまんまと使わせた自分を許したのだ。


非情に悔しいが正直に、素直に認めるとしよう。



「情報屋、お前は俺よりも強い」


「だからなに? 新手の命乞い? そんなの今更だっての」



俺の言葉に、情報屋はフッと呆れたように息を吐く。


俺が人を・・・いや、敵を言葉にして誉めるのはなかなか無い機会なんだがな。


ちっとも嬉しそうではないことが残念だ。



「命乞いではないさ。これで終わりになるだろうから言っておいたんだ 」


「遺言ってこと? また殊勝な心掛けじゃない! 」


「遺言でもないっての! 」



俺と情報屋は同時に駆けだした。


長期戦はこちらが圧倒的不利。


ヘッドスキンが死んだら赤い結界は壊れるだろうが、その前に俺がやられるだろう。


これが最後のチャンスというわけだ。


今まで以上に身を削ろうが、ここでやらなくてはならない。



「[アクセル]! 」



情報屋がスキルを使用した。


その瞬間、俺の方へと向かってきていた奴の姿が消える。


まずい!


俺は慌てて、左手で首を、右手で心臓をガードする。


相手の位置が分からない以上、急所を守るのが一番の行動だと思ったからだ。



「遅いよ」



情報屋の声が後ろから聞こえる。



「ぐああっ! 」



振り返る間もなく背中に激痛が走った。


この横に広がる痛みの感触は、どうやら背中を横に切られたらしい。


首や心臓を狙えないと思ったのか、俺の背中を攻撃することにしたようだ。


瞬間移動した?


いや、そんな便利なものではないらしい。


奴の声が聞こえてすぐ、俺の横で強風が吹き荒れたからだ。


前から後ろへと向かう強風である。


何か速い物体が横を通り過ぎたときに発生するような風だ。


どうやら、奴が使ったスキルは姿を消すものではなく、瞬間的に加速して移動するスキルのようだ。



「ぐううっ・・・」



かなり、痛い。


血も大量に出ていることだろう。



「うおおおお!! 」



だが、俺は即座に後ろへ振り返り、装着していた鉤爪を外す。


そして、情報屋へと掴みかかった。


鉤爪を外したのは、情報屋に掴みかかるのに邪魔だったからだ。


ぐうううっ、超痛ぇ!


痛みで体がどうにかなりそうだが、それは根性でカバー。



「うそっ! そんなんで動けるの!? 」



どうやら、不意を付けたようで、情報屋の左右の腕を掴むことに成功。


このまま押し倒してやる。



「くっ! このっ! 離せ、離せよ! このヘンタイ! 」


「ぐう・・・うおっ!? 」



そのつもりだったのだが、逆に振り払われて仰向けに倒れてしまった。


予想以上にダメージはでかく、情報屋に力負けするほど弱っているようだ。



「はーあははは! 惜しいね! あとちょっとのところだったみたいだけど。ほらよっと! 」


「があっ!! 」



仰向けの俺の腹の上に、ドスンと情報屋が馬乗りになる。


腕は動かせるが体を動かすことは出来ない。


少しは抵抗できるだろうが、素手では短剣の刃は防げない。


最悪だ。


だが、まだなんとか出来る可能性はある。



「これでトドメ」



俺の首を一突きにしようというのか、その体勢から右手の短剣を振り上げる。


あれ?


左手に短剣がない?


ここで、俺は情報屋の左手に短剣が持たれていないことに気づき、周囲を見回してみる。


すると、自分の近くの床の上にその短剣を発見した。


どうやら、俺を振り払ったときに左手からすっぽ抜けていたようだ。


その短剣は右手を伸ばせば届く距離にある。


だが、俺は短剣に手を伸ばすことなく、左手に持っていた小瓶のコルクを口で開ける。


情報屋に倒されるときに、左手で服の中から取り出しておいたのだ。


そして、小瓶の中の液体を口に中に放り込む。


飲み込みはしない。


口にふくむだけだ。



「は? ここで治療薬を飲むの? あはははははは! 少し回復したところで、どうにかなるとでも思っているの? 」



この俺の一連の流れを見て、情報屋は笑っていた。


たしかに、この状況で治療薬を使うのは、さすがに場違いだ。


時すでに遅しと言われてもしょうがないだろう。



「あはははははは! 最後の最後で! 笑わせるんじゃないよ! あはははははは! 」



ツボにでも入ったのか、滅茶苦茶笑いよる。


短剣と振り下ろす腕をほど、彼女にとっては面白い行動のようであった。


そんなに面白かったのか?


それとも、自分の勝ちを確信して余裕をかましているのか?


どちらにせよ、この俺の行動を笑ったことを情報屋は後で泣くことになると予言しよう。


これはお前にとって意味不明なことなのだろうが、俺にとってはこの戦いに勝つための一か八かの作戦なのだ。



「死ね! サタトロン! 」



大いに笑って満足したのか、情報屋が短剣を振り下ろしにかかる。


今だ!


それと同時に、俺は口に含んだ治療薬を勢いよく噴射した。



「あっ!? なに!? 」



俺の口からブシャアと飛び出した治療薬は、情報屋の目にかかる。



「い、痛い! なにこれ!? 目が・・・あちしの目があああああああ!! 」



情報屋はボロボロと涙を流しながら、目を擦り出した。


狙い通り、ちゃんと治療薬が目に入ったらしい。


その安物の治療薬、かなりしみるだろう。


情報屋は治療薬が目に入り、その激痛に苦しんでいる様子。


あろうことから、右手に持っていた短剣も手放すほど痛いようだ。


姑息な手を使うのは慣れているようだが、自分に使われるのは慣れていないみたいだな。


いい気味だ。


実に痛快である。


なんにせよ幸運だった。


短剣を二本とも手放したこともそうだが、一番は俺が口に含んだ治療薬を飲むタイプだと勘違いしたことと、その行動に疑問を思わなかったことだ。


そうでなければ、この作成は成功しなかたった。


俺は右手で短剣を拾いあげると、今残っている精一杯の力を込めて、



「いっ!? ぎゃああああああ!! 」



情報屋の腹に目掛けて突き刺した。


目以上の激痛なのか彼女は大口を開けて絶叫する。


耳を塞ぎたくなるほどの声量だ。


声量に負けじとばかりに、彼女の腹からもドバドバ大量の血が流れだす。


じきにこいつは死ぬだろう。


それはともかくとして、一応やっておきたいことがある。


そのために俺は情報屋の体を突き飛ばして立ち上がる。



「これでゲームセットだ! 」



手にした短剣をヘッドスキンに目掛けて投げつけた。


その短剣は真っすぐに飛び、俺の狙い通り奴の首に突き刺さる。


それと同時に、廃教会の中を包んでいた赤い結界が鏡が割れたような音と共にバラバラと崩れて消えていく。


これでまだ情報屋が隠し玉を持っていたとしても、逃げることができるだろう。


というか、赤い結界がちゃんと壊れてホッとする。


これで壊れなかったらもう完全に詰みの状態だからな。


なにはともあれ、これで終わりだ。


ヘッドスキンは死に、情報屋はかろうじて生きている瀕死の状態。


非情に辛い戦いではあったが、ようやく決着がついた。


この戦いは俺の勝利である。


その勝利の余韻に浸りながら、「ああああああああ! 」と叫びながら腹をかかえてる彼女を見下ろす。



「情報屋、お前はたしかに強かったよ」



そして、言ってやった。


聞こえていないかもしれないが、言ってやりたかったのだ。


死力を尽くして戦った相手への敬意・・・ではなく、今回は敗北した相手への煽りを。


散々、俺をコケにしてバカにしてきたのだから、言ってやらないと気が済まなかったのだ。


ついでに、これも遠慮なく言わせてもらうとしよう。



「だから、俺も小狡い手を使わせてもらったというわけだ」



結果が伴ったんだ。


みなまでいう必要はなかったかな?


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