第24話 因子付与の可能性


 「ふぅ」


俺は一息ついて、腰を下ろす。


それから持っていた治療薬の入った小瓶を全部明け、頭にふりかけた。


応急措置である。


体のあちこちにできていた傷はこれで多少はマシになるだろう。


重症である背中の傷に関しては、しっかりとした治療を受けなければならないが、まだここを離れることはできない。


後始末が残っているのだ。



「ううう・・・痛い。痛いよ~」



腰を下ろしたまま、情報屋を見る。


気付けば、彼女が寝ころぶ周囲の床は彼女の血で赤色に染まっていた。


奴の腹には短剣がまだ刺さっており、そこから血が流れ続けているようだ。


情報屋の様子も先ほどより、静かなものになっている。


こいつはじきに死ぬことになるだろう。


それは少し困ることだ。



「痛いか? それは俺を散々バカにしたツケってやつだ。存分に苦しむんだな」


「ひ、ひどい・・・あんまりじゃない。こんなのって・・・」



情報屋は、涙と腹の激痛でグシャグシャになった顔をこちらに向けてくる。



「あちしは・・・何も持っていないんだよ? 」



急に情報屋は何事かを言ってきた。



「あちしは、この町に捨てられて、頼れる人もいない中ずっと一人で頑張ってきた」



どうやら身の上話をしたいらしい。


普段ならそんな話に聞く耳は立てないのだが、今回はまあ聞いてやるとしよう。


こいつと話すのは最後になるだろうし、まだ時間が必要みたいだからな。



「普通の・・・いや、貴族とか高い身分の家に生まれた人はいいよね。何もしなくても、欲しいものが手に入るんだから」


「そうでもないさ。貴族の家に生まれたとしても、必ずしも良い人生を送れるとは限らない」


「それは甘えだよ。自分が恵まれていることに気づかず、ボーっと行きているからそうなるんだよ」



こいつ、無茶苦茶言いやがる。


どうしようもないときはあるっているのに。


親が期待していたスキルを持っていないとか。


この世界も平等に理不尽だ。


やはり、こいつは自分勝手な奴だ。


自分の境遇ばかり不幸だなんだと言っておきながら、普通とされる家や貴族の家に生まれた奴の苦労を想像しようとも思わない。



「だから、仕方なかったんだよ! 」



急に情報屋の声のトーンが上がりだした。


先ほどまで、苦しそうな顔と死にそうな声だったのに、今はなんか元気だ。


おぅわっ!? まだ動ける力があるのか!


と、俺は表には出さなかったが内心驚いていた。


応急手当をしたからとはいえ、満身創痍の状態と言ってもいい。


そんな状態でもう一戦は勘弁だ。



「ごめんね。仕方なかったんだよ。こんなあちしが這い上がっていくには、たまには手を汚す必要があるっていうか。ちょっと焦ってたっていうか・・・そう、失敗。失敗しちゃったんだぁ」



平静を保ちつつも、心の中で身構えていたが杞憂だったようだ。


情報屋は、すがるような上目遣いをしており、話す声は猫が餌をねだってくるときのような甘ったるい感じ。



「だから・・・ね? 助けて? あちし、これからはサタトロンに一生尽くしちゃうよ? 」



これは命乞いだ。


この期に及んで、こいつは俺に命乞いをしていた。


虫が良すぎる。


俺を殺しに来たくせに、死にそうになったらこれだ。



「はあ・・・」



呆れすぎてため息が出そうになる。


というか出たわ。


もうたくさんだ。


最後だと思って話をと思ったが聞くんじゃなかった。


問答無用で息の根を止めるべきだった。


・・・おっと、いかんいかん。


これまでの積み重ねによる怒りで、目的を見失うところだった。


こいつはこの通りクズだが、俺は評価している。


前々から情報取集能力には一目置いているし、戦ってみてその高い戦闘センスも高評価だ。


できれば、部下にしたいと思っている。


だから、俺はスキル封じの効果が切れるまで、[因子付与]のスキルが使えるまで待っていたのだ。


たった今、その状態異常の効果が切れたようで、なんと言えばいいのかスキルが使用できる感覚が戻ってきたのが分かった。



「いいだろう。助けてやる」


「ほ、本当!? あちしを助けることが出来るの? 」



パアッと花が咲くように、より一層情報屋の顔が明るくなる。



「もちろん。そういうスキルがあるんだ。任せておけ・・・っと、短剣を抜くから少し我慢しろよ」


「う、うん! 我慢する! 」



助けるなんて言ったものだから、情報屋は素直に俺の言うこと聞きやがる。


仰向けになった奴の腹に刺さっている短剣の柄を掴み、俺は一気に引き抜いた。



「うっ! ううっ・・・」



これまで以上の激痛だろうに、情報屋は悲鳴を上げることはなかった。


なかなか根性あるじゃないか。


最後の最後で、情報屋に関心するとはな。


さて、準備は整った。


俺の期待通りであれば、情報屋は優秀な部下になるはずだ。



「[因子付与]! 」



スキルを発動すると、俺の右手は銀色に輝き出す。


それは因子の輝き。


その銀色に輝く右手を情報屋の腹の傷口に突っ込んだ。


別にそうしなくても[因子付与]は出来るのだが、せっかくなんで突っ込ませることにした。


成功すれば、どうせ治るし。


ああ、ちなみに今回使用した因子は銀蝙蝠の因子だ。


獣の因子とか虫の因子といった質の悪いものでもするか。


と、少し考えたのだが思い切って使うことにした。


なんか相性良さそうだし。


さあ、お祈りの時間だ。



「痛い! 痛い! いたあああい! ほ、本当にこれで助かるの・・・あ、ああっ!? なにこれ!? 体が熱い! 」



因子を付与された情報屋に早速変化が現れる。


痛みはあるんだろうと思っていたが、体が熱くもなるようだ。


それを俺は合掌しながら聞いていた。


頼む、頼むぞ~?



「ああああああ!? へ、変だよ、これ!? なんかゾワゾワして・・・こ、怖いよ! サタトロン様! って、あれ? なんで、アタシ・・・サタトロン様なんて・・・」


「お? 」


「あ・・・ああああああ!! やだ! あちしはアタシじゃない! おかしいおかしいおかしいっ! あちしがどんどん無くなっていく!? 」



情報屋は頭を抑えながら、体を左右に振り動かして暴れ始める。


口にしていることも支離滅裂だ。


何言ってんだ? こいつ。


と、事情を知らない奴は思うのだろうが、俺にとっては期待通りの反応だ。


支離滅裂な言葉の中に、何かに抗うような様子が見られたため、そう判断した。



「それはそうだ。俺が欲しいのはお前なんかじゃないからな」


「な、なにを言って・・・!? 」


「お前みたいなクズはいらないと言ったんだ。欲しいのは、新しく生まれ変わった従順な部下」


「ど、どういう・・・い、意味が分かんない! 」


「分からないか? バカでも分かると思ったのだがな。要するにお前の人格は消して、新しく別の人格に変えてやるってんだよ」



ビショップを見ていた思ったのだ。


ひょっとしたら、[因子付与]をすれば俺に従順な人格に変わってしまうのだと。


だから、こんなクズみたいな奴に[因子付与]を行ったのだ。


ビショップの時は意図していなかったが、今回は情報屋のクズな人格が消えるよう思いを込めてみた。


それが[因子付与]を制御する方法かは分からないが、様子を見るに思惑通りに進んでいるらしい。


奴の人格は消えつつあり、新しい人格が芽生えつつある。


その新しい人格がどんなものかは想像できないが、俺に従順なことは確かだろう。


しかし、人格を変えてしまうとは改めて恐ろしくひどいスキルである。


だが、気に入った。


どれだけ優秀な奴がいても敵だったり、俺のスタンスに合わないとなればなびくことすらないのだからな。


それが[因子付与]をしてしまえばあら不思議、俺の従順な部下になってしまうからな。


これはいい。


これからは、俺に敵対するような反抗的な奴から積極的に使っていくこととしよう。


そのほうが良心が痛まないしな。



「い、いやああああああ!! 消えたくない! 消えたくない! お願い! お願いだから消さないでええええええ!! 」



情報屋はやっと状況を理解したようだ。


恐怖しているのだろうか、顔は見たこともないほど崩れており、美人だったときの面影は一切見られない。


口から出る声はまさに絶叫と呼べるほどけたたましい。


今日一の声のでかさなのでは?


まあ、今は人格が消えそうなときなのだから仕方ないか。


ああ、恐ろしい。


人格が消えるという感覚は想像できないが、少なくとも自分は味わいたくないものだ。



「・・・おや? 」



情報屋の絶叫を聞きながら様子を見ていると、奴の体に変化が現れる。


光り出したかと思えば、赤や青、緑と次々と違う色の光を放ちだしたのだ。


に、虹色? ゲーミング情報屋?


ビショップの時とは違う反応で困惑する。


失敗か? いや、それにしては長いな・・・


虹色に光ってから、新しい変化は見られなかった。


なにこれ? この演出長すぎるよ・・・


と、思った時廃教会の中全体を照らすような大きな光を放った。



「おお!? お、おおおおおお!! 」



光が止んだ後、かつて情報屋が寝ころんでいた場所に立つものを見て、俺は歓喜の声を上げた。


どうやら、体が虹色に光り出したのは確定演出か何かのようだ。


そうに違いない。


今後、[因子付与]を使う上で参考にするとしよう。


まあ、[因子付与]を使った後は、どうすることもできず、これまでと同じように祈ることしかできないのだが。


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