第25話 銀蝙蝠のバンディッド



 「うーん・・・こんなものか」



あの廃教会の死闘から二日後の午前。


俺は宿屋にいた。


あの後、どうしたかと言えばなんとか宿屋に帰ることが出来た。


治療薬で応急手当をしたとはいえ、重症の身。


疲労もだいぶ溜まっていて、フラフラと足がおぼつかない状態であった。


他の奴から見れば、酒にでも酔っているのだと思われていたのだろうか。


そんなはずはない。


この世界でも未成年はお酒を飲んではいけないのだ。


実際には、ことジャンクフィールドでは、その常識はかなり薄くなっているが。


なんにせよ、誰も助けてくれなかった。


俺、ボロボロの状態なのに、少し重いものも運んでいるのに。


まあ、この町で人をアテにするようなものじゃないか。


それから俺はなんとか宿屋に帰ると、ビショップが出迎えてくれた。


色々何か言いたそうだったが、そこから覚えていない。


ちょうど、そこで気を失ったんだと思う。


その間、恐らくビショップが看病してくれたのだろう。


今日、完全復活したというわけだ。


背中にあった傷も完全に無くなっている。


少し質の良い治療薬のストックが宿屋の部屋の中にあったのだが、全部なくなっていた。


恐らくは、それを使ったのだろう。


勝手に使ったことには怒らない。


むしろ、グッジョブである。


それにして、この世界に治療薬があって良かった。


これがなかったら今頃死んでたか、全治一か月とかそんなもんだったぜ?


と、帰ってから一日は俺は寝続けていたわけだ。


それで、今何をしているのかといえば[因子合成]のスキルを試している最中である。


ヘッドスキンと情報屋が死んだことで、この町のゴタゴタがなくなり、一旦は暇になったので、こうして試しているというわけだ。


結果としては、金獅子の因子をゲットすることができた。


百個以上の大量の獣の因子を合成し続けて、やっとそれになったのだ。


レナな因子が出来たのは嬉しいがコスパが悪いように思える。


しかも、鳥の因子と虫の因子もあったので、それぞれで合成したのだが二種類とも失敗し続けて全部パーになってしまった。


失敗の確立の偏りひどくない?


なにはともあれ、一つなレアな因子が手に入ったのでヨシとするか。



「総帥、なにしてんのー? 」


「うわっ!? 」



頭上から声が聞こえ、俺は驚いてしまった。


何故なら、この部屋には俺一人しかいなかったはずだからだ。



「なにって、[因子合成]というスキルを使っていたのだ。一つだけ良い因子が手に入ったぞ」



俺は見上げることなく、言葉を返した。


そいつがいつどこからこの部屋に入ったかは知らない。


だが、そいつが誰なのかを俺は姿を確認しなくても分かる。


さらに、そいつは敵ではなくむしろ味方なので、注意を向ける必要もない。


どうせ逆さまになって、天井にでもぶら下がっているんだろう。


そういう姿勢が好きな奴だ。



「おおっ! ってコトはアタシ達の仲間が増えるんだ! やりぃ! で? 次はどんな娘? ビショップには言わないから、教えて教えて? 」


「まだ決まっていない。っていうか、バンディッド。お前は何をしに来たんだ?」


「ちぇー! まあ、いいや! あらよっと! 」



俺の目の前に銀色の髪を持つ少女が降りてくる。



「なにって朝のご挨拶ですよ、我が総帥」



そして、俺の前で跪き、妖艶な笑みを見せてくるが、



「・・・なんてね! おはよー総帥! 」



すぐにニコニコと満面の笑みを向けてきた。


こいつの名はバンディッド。


情報屋に銀蝙蝠の因子を付与して生まれた俺の新しい部下である。


髪と服装は、廃教会で会った情報屋のときと変わらない。


変わっていたのは髪と肌と背丈だ。


まず髪は灰色から銀髪へと色が変わっている。


灰から銀はあまり変わらなくね?


と思うかもしれないが、今はツヤが良くキラキラと光っているように見える。


銀蝙蝠の因子の影響だろう。


髪型はサイドテールから、ツインテール・・・ではなく、ツーサイドアップというのか。


後ろ髪を残したまま、頭の左右で二つ結っているという感じだ。


これは銀蝙蝠の因子は関係ないだろう。


イメチェンか?


次に肌だが、以前の白っぽい色から褐色になっている。


ツヤがあり、僅かに光を反射しているように見える。


これは銀蝙蝠の因子は関係ある・・・のか?


銀蝙蝠の魔物のどこの部分だよ。


日焼けサロンにでも行ってきた?


まあ、いいか!


最後に背丈だが、前は俺よりも少し背が高かったのだが、今は少し俺の方が高くなっている。


背が縮んだのか?


と思ったが、顔が若干幼くなったように見えるあたり、どうやら若返ったという方が正しいのだろうか?


まだ推測に過ぎないが、もしそうならどこまで若返るのか試してみたいところ。


体つきはというと、分からない。


はっきりとは分からないが、気づくと胸や尻を見ているあたり、やはりエロく・・・いや、やめておこう。


部下をそういう目で見るのはよくないことだ。


俺がまだ十歳だと言うことを考えると、まだ子供だしな。


それで、肝心の人格はというと、



「今日も相も変わらずイケてるー! フゥー! 」



こんな感じで、軽いノリで絡んで来る人格になっていた。


前とあんま変わらなくね?


と少し思ったが、前よりかはウザく感じない。


それどころか、軽いノリというか明るい様子を見ているとこちらもなんだか元気になるような気がして悪くない。


総帥である俺に対して、あまり敬意を感じられない雰囲気だが良しとしよう。


こんな軽いノリだが、しっかり俺を慕っている感じが伝わってくる。


というか、この軽いノリはひょっとしてギャルか?


ギャルなのか?


ギャルというのか?


ギャルなのか。


明るいというかテンションたけーな!


なんでこうなってしまったんだろう?


別に嫌じゃないのだけれど。


なんにせよ、[因子付与]は成功し、新しくバンディッドが俺の部下になったわけだ。


あの後、こいつを背負って宿に連れて帰り、こうして同じ宿に泊まっている。


同じ部屋ではなく別室だ。


この機会にビショップも別室の部屋に泊まっている。


三人分の部屋を取っているので、支払うお金もその分多い。


とほほ・・・


これで当分は贅沢できない生活が続くことになる。


まあ、一つの部屋に三人は流石に多いので仕方ないだろう。


そういえば、こいつ本当にどうやって俺の部屋に入ったんだろうか?



「ねえ、チューしよ? チュ~! 」



バンディッドは何を思ったのか、手を広げてつつ口をすぼめだした。


俺にキスをせがんでいるとでもいうのか?


え? それ本当?


チューしていいんっスか!?


じゃなくて!


からかわれているんだ。


総帥である俺に対して、悪戯を仕掛けてくるとは・・・


いや、まだ許容できる範囲の悪戯だ。


慕われている証として、今回は目を瞑ってやるとしよう。



「ははは、こいつめ! からかうのはやめろ。あと、早く部屋から出るんだ。さもなないと、ビショップが・・・」


「うーん、しないの~? じゃあ、こっちからやりにいちゃうよっと! 」


「は!? ちょ、おまえ! 」



いきなりバンディッドの奴が飛びかかってきた。


急だったもので、回避とか防御といった対応が出来ない。


やられた!


俺のこの世界でのファーストキッスが!


と、身構えたのだが口にはしてこなかった。


奴はいつの間にか俺の後ろに回り込んで、背中から抱き着き、首に口を当てようとしていた。


え!? 首っスか?


首って・・・お前、まさか!



「やめっ! やめろ、バカ! 血でも吸うつもりか!? 」


「え~吸わないよ~。アタシ、血吸いコウモリなんかじゃないよーだ! 」



血を吸うのかと思ったら、そうではないらしい。


そうなの?


蝙蝠はみんな血を吸うものだと思っていたが、因子の元となった銀蝙蝠の魔物が血を吸うタイプではなかったようだ。



「でも、総帥のことは食べちゃう肉食系なのだー! あーん! 」



口を開いているのか、奴の吐息が俺の首と肩に吹きかかる。


噛みつこうとでもしているのか?


あ、食べるってそういう。


バンディッドの吐息を肌に感じ、俺はゾワゾワした気分になる。


わ、悪い気はしない気がする。


というか、むしろ・・・あ、ダメだこりゃ。


今のこいつに抵抗できない。


バカな、部下の誘惑に負けるとでもいうのか?


総帥を舐める・・・あっ、息が首にかかって力が出ない・・・


ダメだ、おしまいだ。


ああ~怪人銀髪褐色蝙蝠ギャルに食べられる~。



「おはようごいます、総帥」



ガチャリと扉が開き、ビショップが部屋の前でお上品にお辞儀をする。


ちょうど良いところに来た。


こいつをなんとかしてくれ。


俺じゃあ無理だ~!



「本日はお日柄も良く・・・って、何をしているのですか! 」



俺の心の声が聞こえたか定かではないが、部屋に飛び込む勢いで入ってきてはバンディッドを羽交い絞めにして、俺から引きはがそうとしてくれる。



「や~め~て~よ~! 今、超絶に良いとこだったのに~」



ビショップは強い力で引きがそうとしているはずだ。


それにも関わらず、バンディッドにはあまり効いてはいないようだ。


俺の体から離れることはなく、ビクともしない。



「いでででででで!! もっと優しくしてくれええええええ!! 」



ビショップが引っ張っる力とバンディッドがそれに耐える力。


その二つが俺の体に激痛を与えて苦しめる。


こいつら俺と違って人間の状態でも因子の力を使えるせいか基礎能力が高い。


つまり、パワーも並はずれだ。


人間に向けてはいけないレベルのパワーだ。


それを二人とも無遠慮に俺に向けてきやがる。


俺、総帥だぜ?



「このっ! いい加減にしないと実力行使ですよ!? この新参者! 」


「お? いいね。偉そうに古参ぶっているイモ女に、どっちが総帥に相応しいかメスか分からせたかったとこ・・・だぞっと! 」



二人の言い争いが始まったかと思えば、バンディッドが俺の体から離れた。


ふぅ、助かった。


あやうく、この女怪人共にバラバラにされるところだったぜ。



「イモ女? 総帥に相応しいメス? ・・・ああーよく言いました。覚悟は出来ているんでしょうね? このドブコウモリ」


「当然っしょ! でなきゃ言ってないっつーの! ・・・ドブコウモリ? はっ! やってやんよぉ! 」



いやいや、一息ついている場合ではない。


俺の左側にはビショップが右側にはバンディッドが立っている。


二人は互いに見つめ合っている・・・というか睨みえ合っていた。


さ、錯覚か?


二人の間でバッチバチに火花が散っているように見える。


これはマズイ・・



「待て、やめてくれ! 今は金が無いんだ! ここが一番良い宿屋なんだよ! 出禁にされるわけには・・・」



なんか喧嘩しそうな雰囲気なので止めなければ。


こいつらなんで喧嘩しそうになってんの?


やめてよぉ、言うこと聞いてよぉ。


俺、総帥だぜ?



「殺す。焼き殺してやるぞ・・・」


「ズタズタの細切れにしてあげる・・・」



ビショップは左右の手のひらの上に炎の球を出し、バンディッドは二本の短剣を左右の手に持つ。



「「・・・」」



お二方の目が完全に座っていらっしゃる。


一触即発である。


ヤバい、ヤバい、ヤバいって!



「やめろ! やめろとっているのだ! やめ・・・ねぇ! 聞こえてる? ねぇってば! 俺の声聞こえない!? 」



も~お願いだから聞いてよぉ。


やめろって言ってんじゃん・・・


俺、総帥・・・だよな?



「「シネエエエエエエ!! 」」



というか戦いが始まった。


なんでだよおおおおおお!!


壊れる、壊れるて!


お前達二人が本気でやり合ったら、宿屋壊れちゃうってば!



「やめろおおおおおお! やめてくれええええええ!! 」



俺の絶叫がたぶんジャンクフィールド中に木霊する。


聞かねぇ!


こいつら俺の言うこと聞かねええええええ!!


誰か止めてくれえええええええ!!


あれ? 部下が増えたことで、少しは楽になるかと思ったが逆に心労が増えている気がするぞ。


ひょっとして、部下が増える度に俺のやること増えたりする?


いや、まさか・・・そんなことは・・・


一抹の不安を覚えつつも、俺は宿屋を守るために人の姿をした山羊の怪物と蝙蝠の化け物共の戦いを必死に止めるのであった。


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