第三節 消滅するジャンクフィールド

第26話 王都貴族の暗躍


 ここはレオニルアの王都にある施設の中の一室。


そこには、一人の男がいた。


今は夜。


暗くなった部屋の中、机に置かれた火の灯った燭台の明かりを頼りに、男は書類に目を通しては自身の名前を記入する。


彼の座る机には、燭台の他に書類の束が積まれており、その作業をひたすら繰り返している。


それが彼の仕事だ。


男の髪は金色で肩までに長く、彼の頭が動く度にサラサラと揺れ動いている。


顔は非常に整っており美形。


歳は二十半ばくらいだろう。


身に着けている服装は、まるでこれからパーティに参加するとでもいうようなフォーマルなもの。


服の生地は質の良いものが使われており、いたるところに刺繍が施されている。


レオニルアの王都でも高い身分のものでなければ着ることはできないだろう。


彼は、このレオニルアの貴族の一人である。



「お呼びでしょうか? 」



部屋の扉がノックされ、男の声が聞こえてきた。



「入れ」



貴族の男はそう返した後、手にしていた書類を机の上に置く。



「失礼します」



部屋の中に一人の男が入ってきた。


彼の着ている服は、この国の騎士はワンピースのような丈の長い衣服を身に着けている。


この国の貴族達それぞれが持つ騎士団、その一員である騎士が身に着けるサーコートと呼ばれる服だ。


そのサーコートには、貴族の男の家の紋章の刺繍があった。


部屋に入ってきた男は、貴族の男が持つ騎士団に所属する騎士であった。



「夜分にすまないな」


「いえ。ご用件は? バハ様」



騎士は貴族の男をバハと呼んだ。


この貴族の男はバハ・ベイル。


ジャンクフィールドを含む一帯を領地とする貴族で、



「アイブックス家の当主とその家族の皆殺しを依頼した件。雇った奴らからの連絡はあったか? 」



護衛依頼に扮して貴族を殺害を指示した人物であった。


彼は騎士を通じて、ヘッドスキンや情報屋を関節的に雇っていたのだ。


彼らから連絡が来ていないかを確認するために、目の前にいる騎士を呼んだのだった。



「いえ、どちらも連絡は来ていません」


「そうか・・・では、何かが起きたと見ていいな」


「と、言いますと? 」


「傭兵ギルドからアイブックス家の遺体の埋葬が終了したと連絡があったのだが、娘の遺体は無かったそうだ」


「な、なんですって!? 」



騎士は目を見開き、仕える主の前にも関わらず大口を開いて驚いた。



「そんな! 全員殺せと命じたはずです! 」



彼がヘッドスキンや情報屋に命じたのはアイブックス家の全員の殺害。


アイブックス家の転居中に何者かにより襲撃されたことは耳に入っていた。


それで騎士は命じた通りに、計画通りに事が進んでいたと思っていたのである。


まさか、娘の遺体が発見されなかったとは夢にも思わなかったのだ。



「そうだろうな。雑兵共がさらってなぐさみ者にでもしている・・・と思ったが、情報屋のガキの報告が無いんじゃあ、それもなさそうだ」


「一体何が・・・」


「それを調べてもらいたいのさ。それでだ。リオに小規模の部隊を率いて、ジャンクフィールドに向かえと指示を出せ。アイブックスの娘と救出を手引きした奴の捜索をしろとな」


「リオ・・・あのナイトブレイド家から出向してきている彼女にですか? それはよろしいのですが、素直に言うこと聞いてくれますかね・・・?」



騎士は苦笑いをする。


ジャンクフィールドは貧民の町。


王都の貴族にはとりわけ不潔と意味嫌われる場所である。


リオという騎士は、ナイトブレイドという王都でも名門の貴族の生まれであり、その傾向は顕著なものだろう。


彼女は今、バハが持つ騎士団に所属している騎士とはいえ、出向中の他の貴族。


部下だが身分はあちらの方が上のため、とても扱いが難しい存在であった。


騎士は、彼女が貴族の立場を利用して指示を断るか心配であった。



「それに今回の件に関わらせるのは・・・あのナイトブレイド家との関係が悪化する可能性があるようなことは控えるべきでは? 」


「問題ないさ。それに、他の隊長を任せられる奴は残しておきたい。国王の許可が下りたんだ。あとは実行するだけってんで、色々準備しておきたい」


「は、はあ・・・ではその時でよろしいのでは? どうせ、ジャンクフィールドはこの国の地図から・・・」


「おい」



バハは騎士の言葉を遮るように口を出した。


それだけでなく、ビクリと体を震わせた騎士の顔を睨みつける。



「言葉を慎めよ? 俺がやれって言っているだから口答えをするな」


「・・・はい」


「分かったなら、いいさ」



騎士が返事をすると、バハは睨みつけるのをやめ、普段の調子に戻った。



「なに心配はないさ。リオはオレを憧れの存在だと言っていたんだろ? まあ、憧れるのは無理もない。美形で若いながらも才覚溢れるこのオレなのだからな! 」



それ自分で言ってしまうのか。


騎士は心の中で呟いた。


しかし、否定はできなかった。


今のバハは、素の状態の彼の性格だ。


表では、身分分け隔てなく優しく接する物腰柔らかな好青年を気取っている。


その演技の賜物か王都に暮らす平民や部下である騎士、自分と同じく貴族身分の者からも人気がある。


さらに自分自身で言うように、バハは女性受けの良い顔と二十半ばという若さで家の当主に上り詰めた男。


とりわけ、女性の人気は凄まじいものであった。


リオもその一人である。


まさに自他ともに認める実績があるというのだ。



「このオレ直々の命令だと言えば、喜んで引き受けるだろうさ。じゃあ、頼んだぞ」


「は、はあ。そのように」



騎士は気乗りしないながらも、バハの言葉に頷く。



「明日にでも出発させるよう伝えておきます。失礼します」



騎士はバハに一礼した後、この部屋から出ていった。


扉が閉まると、部屋の中はシンと静まり返る。



「・・・さて、次だ。いるか? 召使い」



部屋には自分一人しかいないにも関わらず、誰かに話しかけるように呟いた。



「ここに・・・」



呟いたというのは少々の誤りか。


実際にこの部屋には、もう一人の人物がおり、その者に話しかけていたのだ。


その者は机の影からニュッと現れては、バハの前に立つ。


外見は一言で表せば黒ずくめ。


フードの突いた黒い外套に、その身の全てを包んでいる謎の人物である。


名前も不明であり、自分のことを召使いと呼ぶように言うため、バハはそう呼ぶことにしている。


召使いの言う条件を聞く代わり、バハは彼から力を借りるという形で二人は協力関係にあった。


ちなみに、この関係は周知していない非公式なもの。


バハは一番信頼している部下に対しても、この召使いとの関係は秘密にしている。


もし、この秘密に近づく者がいたとするのであれば、彼は誰であろうと口封じのために殺すことだろう。



「ひょっとしたら、お前にも出てもらうかもしれない」


「ヒッヒッヒッ! 」



バハの言葉を聞き、召使いは体を小刻みに震わせつつ、奇妙な笑い声を上げる。


耳にすれば思わず顔をしかめてような、不気味で不快な声だ。


だが、バハは慣れているのか涼しい顔で、召使いの笑い声を聞き流している。



「わたくしめが出張る必要があるとお考えで? 」


「オレの考え得る最悪の予想だと、あの町に厄介な奴が潜んでいる。お前に貰ったアイテムを雑兵共にくれてやったんだぞ? 」


「ふむ、アイテム・・・グウルが数体と魔物はなんだったか・・・」



召使いは頭をトントンと叩く仕草をしながら考える。



「・・・ああ、サタナキアとカマソッソでしたかな? ほほう、なるほど、なるほど」



召使いは何かに納得したかのか手を叩くと、うんうんと頭を上下に振り動かした。



「要するに、グウル達も大型の魔物達でも歯が立たなかった。そんな傑物けつぶつが存在すると。そうおっしゃるので? 」


「そういうわけだ。信じ難いことだが残念なことに、オレの感がそう言っている」



バハは苦虫を噛み潰したような顔をする。



「なるほど、なるほど。その感が正しければ、確かにわたくしめがお相手をする必要がありそうだ」



召使いの声は嬉々としたものであった。


目深に被ったフードの陰で窺い知ることはできないが、今の彼は笑顔になっているのだろう。



「おーおー嬉しそうにしちゃって。手ごわい相手? 冗談じゃない! ただ厄介で面倒くさいだけだろうに・・・」


「単純にわたくしめの用意した選りすぐりの魔物を倒した者がどれほどのものか興味があるだけですゆえ」


「うへぇ、ますます分からないってもんだ」



この点に関しては、二人はそりが合わなかった。



「ま、やれる自信はあるというわけだ。頼もしいもんだ」


「ククク、わたくしめもそれなりの実力はありますからな。しかし、普段のようにアイテムを渡すのではなく、わたくしめを直々にお使いなさるとなると高くつきますぞ?」


「そう言うなって。ちょっとは考えてくれたって、いんじゃないのか? 普段からあんたの言いつけ通り頑張っているんだぜ? 裏でコソコソ必死にさ」


「ああ、ああ。分かっておりますとも。魔物召喚具とグウルシードをこの王国に広めてくださっているのは重々承知でございますとも」


「だろう? なら、ちょっとは融通してくれるよな? 」


「仕方がありませんね。アイテムだけを運ぶのも退屈でしたし、我らへの日々度重なる貢献具合に免じて良しとしましょう」



召使いはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


対してバハは、彼の返答に満足したのかにんまりと笑みを浮かべていた。



「では、今日はこれで。次にわたくしめを呼ぶときは、その時だと肝に銘じておきますゆえ」



再び影の中に潜って消えてしまった。


さきほどまで、そこに召使いがいたという痕跡はなく完全に消えていた。


召使いが来た時と同様に、バハに気にするような素振りは見られない。



「オレを不審にでも思っているのか色々と嗅ぎまわっていたアイブックスはこれで消えた。と、思ったらこれだもんなぁ」



バハはため息をついた。


自分の思い描いたとおりに事が進んでいる。


それは思い込みで、実際には見えないところで予期せぬことが起っていると知り、落胆しているのだ。



「ククク、ハハハハ!」



しかし、バハは笑った。



「どこの誰かは知らないが深く後悔するがいい。このオレを敵に回したことをな」



そして、誰に言うわけでもなくそう呟いた。


勝ち誇ったかのように、得意げな笑みで。


バハは今度こそ全てが自分の思い通りになると確信していた。


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