第二節 スラムの覇者

第10話 謎の襲撃者


 俺の記念すべき最初の部下 ビショップ。


彼女を宿の部屋に残して、俺は雑兵斡旋所に来ていた。


護衛依頼の顛末を報告しに来たのだ。



「ほう、お前が依頼を失敗したのはこれが初めてか。報酬は貰えなかったが気にすることはねぇさ。で、なんの依頼を受ける? 」



貴族が殺されたことで依頼は失敗に終わった。


そのことを説明した時の斡旋所の男の反応がこれだ。


文句の一つや二つそれ以上飛んで来ることを予想していたのだが、拍子抜けである。


何かしらのペナルティもないそうだ。



「いや・・・今日は休みにする。邪魔したな」



目的は果たしたので、俺は依頼を受けずに斡旋所を出ることにするか。


元々、今日は別にやりたいことがあったし、あの斡旋所の男の反応を見てやりたいことが増えた。


ひとまずは宿に戻るとしよう。


いや、違う違う。


もう一つ聞きたいことがあったんだった。



「ああ、すまん。その・・・殺された貴族や傭兵達はどうなる? 」



それは、貴族や傭兵達の遺体があのまま放置されるかどうかの確認だ。


あの貴族の夫婦はビショップの両親である。


放置されるのであれば、墓を作るくらいはさせてもらおうと思っていた。



「ああ? 傭兵ギルドか王都の騎士団が対応するだろうぜ。なんなら一応連絡くらいしておくか」



杞憂だったようだ。


対応してくれるというのなら任せるとしよう。



「なんだ? 仲良くなったやつでもいるのか? 」


「いや、そんなのじゃあない。じゃあな」



聞くこと聞けたし、今度こそ宿に戻るとしよう。


いや、その前に雑貨屋に寄っていく予定だった。


ちょっとした買い物だ。





 「襲われた時のこと・・・ですか? 」



宿屋の借りている部屋に戻り、ビショップに昨日のことを聞いてみた。


俺が部屋に入ったとき、失礼だと慌てて椅子から立ち上がったが話を聞くため大人しく椅子に座ってもらっている。


この後出かける予定があり俺は立っていてもよかったのだが、それはビショップが気まずそうだったのでベッドの上に腰かけている。



「・・・」



あれ?黙っちゃった。


あ、やってしまったかもしれない。


襲われた時といえば、両親は殺害されているし、自分も死にそうになっている。


彼女にとって、辛い記憶のはずだ。


しかも、昨日の出来事で気持ちの整理が出来ていないのかもしれない。


けっこう元気な感じだったので、そういうのを全然気にしてなかった。



「悪い。配慮に欠けていたな・・・」


「いえ、違うのです。ただ暗くて・・・その・・・」



健気にも、辛いだろうにその時のことを伝えようとしてくる。


だが、暗くてよく分からないそうだ。



「魔物に襲われたのか、人に襲われたのか。どっちだ? 」



「・・・人ではありませんでした」



あれ!?


ビショップの返答に俺はビックリした。


顔には出さなかったが。


ここであの時のことを思い返してみる。


当時の彼女が着ていた服は腹の部分が破れていた。


それは爪などで引っかかれて出来るようなものではない。


確実に殺すための一撃。


剣や槍などといった武器による刺突で出来たものに違いない。


それゆえに、俺は人による襲撃だと推測していた。


さらに、どういう連中かもだいたい予測していた。


だが、十名くらいの騎士を相手にその連中が圧勝できるかといえば苦しい。


よって、ビショップに話を聞き、はっきりとさせたかったのだが予想外の返答が来たというわけだ。


なんてこった。


そうなると、あの山羊の魔物以外にも手ごわい魔物がいたということになる。


ちなみに、[因子付与]に成功してからビショップに出来ていたあろう腹の傷は消えている。


つまり、治ったのだ。


あの時、目立った傷は見当たらなかったのでたぶんそうだろう。


ん? あの時・・・あの時ビショップはたしか・・・


おっと、いかんいかん。


今はそんなことを思い出している場合じゃない。



「まいったな・・・」


「も、申し訳ありません。自分が不甲斐ないばかりに」


「ああ、いや違くて。ちょっと・・・なんというか俺の予想とは違って、参った参った!的な、ははは・・・」



落ち込むビショップを励まそうとするも、上手くいかない。


こういうときモテるやつなら上手い言葉が思いつくんだろうが、俺にはできないようだ。


うーん、色々とどうしたものか。





 ビショップから話を聞いた後、俺は部屋で少し休憩した。


特に何もすることもなく、ベッドの上に寝ころび、ぼうっと天井を見上げていただけである。


チラリとビショップに目を向けてみる。


彼女は椅子に座って、窓から外を眺めていた。


横顔も綺麗だな。


いや、そうではなくて。


時間が経ったおかげか、先ほどより少し元気になったようだ。


よかった、よかった。


それはさておき、考えなければいけない。


昨日の護衛依頼のことについてだ。


ビショップの証言により、貴族と護衛の騎士達は魔物に襲われたということになった。


そうなのであれば、それでおしまいだ。


だが、俺には納得できないことがある。


ビショップのことを信じていないというわけではない。


あの護衛依頼の最中におかしいことがあった。


それがどうにも気がかりで、はっきりさせないと気が済まないのだ。


そうとなれば、ぼうっとしていないで行動しなければ。


情報を買いに行くとしよう。


元々、ビショップから話を聞いた後に行くつもりだったしな。



「ちょっと出かけてくる。ビショップは・・・中にいてくれ」



むくりと起き上がり、俺は部屋の外へと向かう。



「サタトロン様」



部屋を出ようとすると、ビショップが俺を呼び止めた。


先ほどまで窓の外を眺めていた彼女だが、今は体ごと俺の方を向いている。



「出来れば私も。サタトロン様のお供をしたいと存じます」



そう言いつつ、ビショップは立ち上がった。


どうやら俺についていきたいらしい。


というかついて来る気満々の様子である。


一人部屋に残されて、やることと言えば窓から外を眺めているだけ。


時間をただ消費するのは退屈なのだろう。


気持ちは分かる。


だが、なるべくならしばらくは彼女には外に出てほしくはなかった。


出てほしくはなかったのだが、本人が外に出たい、俺について来たいと言うのなら閉じ込めておくわけにはいかない。


雑貨に寄ってきて正解だった。


俺は服のポケットにしまっていたものを取り出し、それをビショプに渡す。


それは布。


別名スカーフとも言う。


ここの雑貨屋はバリエーションというものに乏しく、だいたい白か茶色のものしかなかったが奮発して黒色を買ってきた。


黒は高い。



「それで口元を隠せ。あとなるべくひっそりとしておくんだぞ」


「はい! 」



ビショップは嬉々としてスカーフを口元に巻く。


顔を隠すという意図が伝わったのか鼻と口が覆ってくれた。


これなら大丈夫だろう。


しかし、マスク女子っていうのか?


ビショップが巻いているのはスカーフだけど。


口元を隠す女の子も不思議な魅力があるよな。


しかも黒色はなんかエロい気がする。


奮発して正解だったな。


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