第9話 最初の部下 黒山羊のビショップ


 ここは、ジャンクフィールドの宿の一室。


質の悪いベッドと小物入れつきの机、その椅子があるくらいのシンプルな内装だ。


壁材はところどころが剥がれ、床は歩くとギシギシと音がなる。


雨が降れば、雨漏りがする。


そんな感じだが、ジャンクフィールドの中ではマシな方だ。


ベッドの上には貴族の娘が眠っており、俺は椅子に座っていた。


あれから数時間でジャンクフィールドに帰ってきて、今は明け方である。


宿に帰ってから話を再開しようと思ったのだが、移動の途中で貴族の娘が眠ってしまっていたようなので、こうして寝かしておいている。


ちなみに、俺はさっきまで机に突っ伏して寝ていた。


前の世界から早起きな方なのである。



「ん・・・ここは」



貴族の娘が起きたようだ。



「こんなところで悪いな。寝心地は悪かっただろう」



実際に寝心地は悪い。


ここに来た当初は、貴族の家のベッドに寝ていたので慣れず、なかなか眠ることはできなかった。


そのときは、ここよりさらにボロいところだったのでなおさらである。


それがスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていたので関心していたところだ。



「い、いえ、滅相もございません! 」



慌てた様子で貴族の娘は飛び起きると、俺の目の前に立つ。


その時、改めて彼女を見る。


あの時は血まみれの瀕死の状態だった。


その時も美少女だと思ったが、今はさらに美少女感が増したように見える。


長い紫色の髪も綺麗で、今着ている黒いワンピースはとても彼女によく似合っていると思う。


そんなことを思っていると、貴族の娘はその場に跪いた。



「改めまして、命を救っていただき感謝の念が尽きません」



跪いて頭を下げる彼女の姿には気品があり、優雅にすら思えた。


仕草か言葉遣いがそうさせるのか。


はたまた貴族の娘だという先入観がそうさせるのか。


なんにせよ気持ちの良い振る舞いであった。



「気にするな。それであの時の条件を覚えているだろうか? 」


「はい。忘れもしません」



[因子付与]をする条件。


それは、俺の部下になるということだ。


[因子付与]をされたということは[怪物化]と[怪人化]が出来るということ。


これは恐らく俺固有のスキルである。


俺固有のスキルを持つ者を野放しにしておくわけにはいかない。


何故なら、このスキルはまだ秘匿したいからだ。


仮にこいつがあたりかまわずスキルを使用した場合に、俺がスキルを持っていることさえ露見しかねない。


それと、もう一つ理由がある。


それはこいつが貴族の娘だからだ。


何かと秀でた特技があるかもしれないし、俺を追放したドラゴロッソ家の[龍化]のようなレアスキルを持っているかもしれない。


まだ詳しくは分からないが可能性はある。


黒山羊の因子に適合したことだし、今後が楽しみだ。


まあ、それはこいつの返答次第であるわけだが



「改めて聞こう。俺の部下となり、俺の野望を果たすために身を粉にしてすべてをささげるか」



俺はスキル[怪人化]を使い、地龍怪人に変身する。



「俺の努力を無駄にして死ぬか。再度、選ばせてやろう」



地龍怪人に変身したのは、脅しと準備である。


もし部下になることを拒んだら、残念ではあるがこいつを殺さなければいけない。


スキルの秘匿はそれほど重要度が高いのだ。



「・・・! 」



俺の問いかけに、貴族の娘はハッと俺の顔を見上げる。


より神妙な顔つきになる。


緊張しているのか彼女の片腕はワンピースをグッと力強く掴んでいた。


皴になるぞ。


と、一つ煽りを言いたいところだが、やめておこう。


貴族の娘は、問いかけをしてから俺から目を離さなかった。


覚悟は決まっているようだ。


やがて、彼女の口が開かれる。



「もちろん、あなた様の部下になります。命を救っていただいた恩は、私のすべてをささげることでお返しさせていただく所存です」



真っすぐに見つめられながら、貴族の娘は答えた。


どうやら俺の部下になる覚悟が決まっていたらしい。


想像していなかったわけではないが、そんなに真っすぐに言われたら惚れてしまいそうだ。


・・・って、冷静に考えてみると俺、この娘にどえらいことを言わせてないか?


スキルの秘匿、断ったら殺すくらいしか考えていなかった。


やべーどうしよう。


一瞬、彼女から目を離した後、再度目を向けてみる。


まだ俺のことを見ていた。


そして、なんか満ち足りたかのように柔らかかく微笑んでいた。


目も躊躇なく合わせてくる。


あ、瞳の色も紫なのな・・・って、そうじゃなくて!



「ふ・・・」



とりあえず、そうか覚悟はできているようだなとでもいいたげにすましておく。



「では・・・」



それから決めようとするも、肝心なことを忘れていた。


この娘の名前なんだろう。


やべーしまらねぇ。


聞くにしろ今聞いてからだと、なんかダサい気がする。


ま、いいか、俺が決めちゃおう。



「ときに、なんか特技というか得意なことある? 」



名前を決めるために最低限特徴を知りたかったのだがこんな感じになってしまった。


面接かよ。



「得意・・・まだ未熟ではありますが、魔法のスキルを持つ家系の生まれ。少々の魔法が扱えることかと」



魔法か。


なるほど、道理で黒山羊の因子に適合するわけだ。


よし、決まった。



「これからお前はビショップだ。このサタトロンに誠心誠意尽くすがいい」



この貴族の名前はビショップ。


魔法に特化して強くなってほしいこともあり、魔法使いっぽくカッコいい名前にした。


それと、さりげなく俺の名前も教えとく。


で、あなたは?と聞かれる前にという配慮の気持ちだ。



「ビショップ・・・それが新しい私の名前。ビショップ・・・」



ビショップという名を噛みしめるよう呟く。


感極まっているのかプルプルと体が震えている。


いや、本当にそうか?


ひょっとして笑い堪えてる? 笑ってないよね?



「はっ! 仰せの通りに。 我が主 サタトロン様」



貴族の娘もといビショップは優雅に平伏し、俺への忠誠を示した。


これで最初の部下が出来たわけだ。


黒山羊の因子と適合したことで成長に期待が出来る。


ただ一つ物足りないことと言えば、彼女が「我が主」と表現したところ。


そこは主じゃなくて総帥にしてほしかったなー。


暇なときに総帥って呼んでって言っておくことにしよう。


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