第8話 因子付与
俺は貴族の娘を抱きかかえると、馬車の外へと運び出し、仰向けになるように地面に置いた。
今から、この貴族の娘の命を救うためにスキルを使う。
そのスキルを使う準備はすでに整っているので、早速使う。
「すぅー・・・はー」
その前に深呼吸して落ち着かせる。
自分にも失うかもしれないものがあるので、ちょっと緊張してきたからだ。
さて、気を取り直してスキルを使うとしよう。
「[因子付与]! 」
貴族の娘の体の上に手をかざす。
スキル[因子付与]。
このスキルは、他者に因子を付与するというもの。
因子が付与されるということは、付与された物も俺と同じように[怪物化]と[怪人化]ができるはずだ。
そして、肉体もある程度強化されるという。
この肉体の強化により、瀕死から生還させようというのだ。
俺の手のひらから光の塊もとい因子が現れ、貴族の娘の中へと入っていく。
これで完了だ。
あとは貴族の娘次第。
付与した因子が適合するかどうかで、この貴族の娘の生死は変わる。
ちなみに、[怪物化]、[怪人化]では因子はなくならないが、[因子付与]では使った因子を付与するわけだから失敗すれば無くなる。
これが俺が失うかもしれないものの正体。
そして、今回使った因子はなんか張り切って良いものを使ってしまった。
「ふっ、はたして適合できるかな? 」
表では余裕をかましているが。
お願いします!! 成功してください!! お願いします!!!!
と、内心必死に拝んでいた。
「・・・うっ!? ああああああ!! 」
数秒後、貴族の娘は呻き声を上げ始めた。
顔は虚ろで死体そのもの。
だが、声音には苦しみの色が混じっており、確かに苦しんでいるのだろう。
その苦しみを俺はどうすることもできない。
あとは見守るしかできなかった。
「ああああ!! ああああああああ!! 」
呻き声から絶叫に変わる。
体も痙攣し始め、ビクンビクンと打ち上げられた魚のように跳ね上がりだす。
因子の適合に苦戦しているに違いない。
「やべ、失敗か・・・」
そんな貴族の娘に、俺の不安は大きくなる。
「が、頑張れッ・・・頑張れー! 頑張れえええええええ!!!!」
自然と俺は貴族の娘を応援していた。
なにせ失敗すれば因子はパーだ。
応戦せざるをえない。
そのかいあってか貴族の娘の体がカッと光出す。
さあ、成功か失敗か。
俺は光から背けていた顔を貴族の娘に向ける。
「ブ・・・ブエエエエエ!! 」
すると、そこには貴族の娘の姿は見当たらなかった。
貴族の娘の体と同じくらいの大きさの黒山羊がいただけであった。
体を丸めており、生命の力強さを感じない。
じきに死ぬであろう黒山羊がいるだけである。
「失敗か・・・」
ため息をついて落胆する。
この黒山羊は、貴族の娘が変貌した姿だ。
そう、[因子付与]に失敗すれば、付与した生物の姿に変わってしまう。
ちなみに、変貌した姿を見て分かる通り、付与したのは黒山羊の因子。
気合を入れて、良質な因子を付与した結果、失敗したのだ。
以前失敗したときは、獣の因子を使い、付与した相手は兎型の魔物になった。
それを倒してみたところ因子は回収できなかった。
その時はふーんくらいでさほどダメージはなかったが今回は話が違う。
「ああああああ、なんてこった・・・」
崩れ落ちる俺。
せっかく手に入れた良質な因子が無駄・・・じゃなかった貴族の娘を助けられかったのだ。
この俺の落胆具合には、多くの者が共感するだろう。
「ちくしょおおおお!! 」
叫ぶだけでなく、俺はもう泣いていた。
だって、あんまりじゃん?
依頼は失敗して報酬ゼロだし、手に入れた因子もパーだぜ?
もおおおお、黒山羊の因子使うんじゃなかった!
「え? なに? なに!? 」
そんな状態の俺だったが、急に黒山羊がまた光だしたので戸惑った。
いや、さっきとは違う。
ただ光っているのではんく、光の色はあらゆる色に変化しつづけ、ピカッというよりかはガガガガガガッという感じで点滅している。
なにこれ? ゲーミング黒山羊?
などと、戸惑っていたがこの現象は恐らくアレだ。
携帯ゲームのガシャを引くときにたまに出る低レアから高レアに変わる的なやつに違いない。
いや、わけ分からんけど、もうそうだと信じたい。
「こい! こい! お願いします! どうか!! 」
俺が必死に懇願する中、ゲーミング黒山羊は徐々に宙に浮かび上がりだし、やがてカッと一際強い光を放った。
「くっ、どうだ・・・」
あまりの眩しさに目を瞑る。
これで完全に結果が出たに違いない。
俺は恐る恐る見上げてみると、そこには――
「・・・は、はは」
貴族の娘の姿があった。
貴族の娘が膝を抱えた状態で宙に浮いていた。
ちなみに、彼女の着ていた服は黒山羊になったときに始め飛んでいたので全裸である。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
思わず、心の中で歓喜の声を上げた。
これは[因子付与]に成功である。
貴族の娘は黒山羊の因子に適合し、制御してみせたのだ。
普段の俺なら、目の前に全裸の女の子がいれば意識せざるを得ないが今は気にならなかった。
「やった! って、やべ! 」
フッと急に浮力がなくなったのか貴族の娘の体を落ちてくるので、慌てて彼女の下に向かう。
かろうじて受け止めることができた。
しかも、お姫様だっこというやつだ。
これで合ってるかな?
なんにせよ[因子付与]は成功だ。
心の中だけではなく、口から歓喜の声を叫びたいところだが堪える。
なんかこの貴族の娘が起きそうだからだ。
「ん・・・」
本当に起きるみたいだ。
俺にだっこされる貴族の娘がゆっくり目を開けて、俺の顔を見る。
「あなたは・・・」
「目が覚めたようだな。気分はどうだ? 」
「・・・さきほどまで死にかけていたはずですが・・・その元気みたいです」
良かった。
内心ホッとする。
そして、それで俺の精神が安定したことで気づいてしまった。
「あっ! 」
思わず、驚きの声が口に出てしまう。
今の貴族の娘は全裸であった。
けっこう胸があって体つきもエロッ・・・じゃない。
これでは体を冷やして風を引いてしまうかもしれない。
それはなるべく避けたいので――
「そこの馬車に服があるだろう? まずはそれを着よう」
服を着るよう促した。
ギリギリ紳士的対応が出来てホッとする。
因子を付与した以上、この貴族の娘は他人ではない。
なるべくなら、好感度は高い状態を維持しておきたいものだ。
あと、ここは長話するには向かない場所だ。
死臭に誘われて魔物が寄ってくる可能性もある。
ひとまず、ジャンクフィールドの宿に帰るとしよう。
貴族の娘を抱えなながらになるだろうが、[怪人化]して身体を強化すれば数時間で帰ることができるだろう。
親を埋葬すらできなくて貴族の娘には悪いが、そこはどうにか目を瞑ってもらうことにしよう。
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