第36話 バハの絶頂期


 サタトロンがリオ率いる騎士隊および召使いとの激闘があった日から二週間後。


レオニルアの王都の付近に騎士の大群があった。


数にして、およそ五百人。


この国の中級貴族が持つ騎士団の総数と同等の数である。


また、この騎士団を持つ貴族の最大戦力とも言えた。


率いる貴族の名はバハ・ベイル。


彼と率いる騎士団が向かう先はジャンクフィールド。


この国の王族に提案し、実行の許可を得た計画を遂行するために騎士団を率いて向かっていた。


その計画とはジャックフィールドの町の解体。


ジャンクフィールドは、貧しい身分や元は裕福であったが没落した者達が集まる場所だ。


そのような人間の受け皿として機能している町である。


彼等ジャックフィールドに集った者達からすれば、自分達を生かしてくれる最後にすがりつける場所である。


しかし、そうではない者達からすれば貧しくも醜い者達が集まる不潔な場所。


ジャンクフィールドがあるからこそ、貧しい者達が生まれるという考えを持つ者も多くいた。


特に王都に住む貴族の大半はその考えが強く、ジャックフィールドの町を消滅させたいという声は少なくはなかった。


そこでバハはジャンクフィールドの解体計画を提案したのである。


計画の内容は、ジャンクフィールドの住民を他の場所へと移し、町を取り壊すというもの。


この計画は多くの賛同を得て、国王からの計画の実行の許可が下りるまでに至ったのである。


これで貧困の町も人もいなくなると。


しかし、この計画には問題となる部分が存在する。


それは移したジャンクフィールドの住民の扱いについてだ。


場所を移したとはいえ、彼らは他の場所では生きていけないのでジャンクフィールドにやってきた者達が大半だ。


彼れらをどのように支援していくかについては、この計画には含まれていなかった。


そして、不思議なことに賛同した貴族達の誰もこの点について指摘する者はいなかったという。





 夕焼けの赤に彩られるレオニルアの王都近辺の草原地帯。


その王都からジャンクフィールドへと繋がる道を騎士の大群が進んでいた。


大群の多くが歩兵で、騎馬が少数。


何かしらの物資を運んでいるのか馬車の姿もあった。


この大群の最後尾には豪華絢爛な装飾が施された馬車があり、この中にバハがいた。


ジャンクフィールドの解体は、彼にとって貴族として大きく飛躍する足掛かりとなる重要な計画だ。


彼自身それをよく理解している。


にも関わらず、今の彼の表情からは計画をやり遂げて見せるといったような意思を読み取ることはできない。


その反対で面倒くさいなどといったネガティブな意思を感じさせるやる気のない表情であった。


何故ならば、本来は直接出向くつもりはなかったからだ。


彼がこうして直接計画を指示することになったのは、数日前のジャンクフィールドへの騎士隊の派兵が原因である。


派兵の目的は、アイブックス家の娘と彼女を救出してであろう人物の捜索。


結果としては、二人共見つけ出し殺害できたとして派兵は成功。


しかし、その代償は大きく派兵した騎士隊の生き残りは一人だけ。


これが問題であった。


ジャンクフィールドという町には雑兵と呼ばれる魔物を相手に戦う者がいるものの、騎士相手では手も足も出ない弱きものというのが王都の貴族達の通説だ。


騎士隊の生き残りが一人だけというのは、その通説に大きく反する失態であるのだ。


直接隊を指揮していたのはリオではあるが、派兵を命じたのはバハである。


多くの犠牲者を出した派兵の責任は彼が負うことになるのだ。


他人とりわけ他の貴族達からの評判を強く意識するバハにとっては由々しき事態であった。


そこで不本意ながらジャンクフィールドの解体計画を直々に指揮し、名誉挽回を測ることにしたのである。



「失礼します。まもなくジャンクフィールドへと到着いたします」



騎士が数回のノックの後、扉を開いて馬車の中のバハに伝える。



「そうか。到着後、騎士達に手はず通りに展開しろと伝えろ」


「は、はっ・・・」


「待て。どうかしたのか? 」



馬車の扉を閉めようとする騎士をバハは呼び止めた。


騎士の浮かない顔が気になったのである。



「その・・・リオの奴が気になるのです」


「リオの? 」



騎士の言葉にバハは眉をひそめて怪訝けげんな表情をする。



「ハハハハハハ! 」



その直後、バハは大きく笑い声を上げた。



「なに、お前はああいうのが趣味なのか? 確かに見てくれはいいが歳が離れているぞ」


「ち、違います! バハ様はおかしくは感じないのですか? 」


「おかしい・・・か? 何がだ? 」


「ジャンクフィールドへの派兵から生還してからのリオです。雰囲気が変わったというか、まるで別人になったというか・・・」



リオはジャンクフィールドへ派兵した騎士隊を指揮し、一人だけの生還者であった。


騎士は帰還した彼女の様子がおかしいと感じているようであった。



「別人とはよっぽどだな。特に変わった様子は見られないが・・・」



対して、バハはリオの様子がおかしいとは感じていなかった。



「ピンとくるようなこともないな・・・よし、どのあたりが変だとというのか言ってみろ」



バハが騎士へリオが変だという点について話すよう促す。



「帰還した彼女が身に覚えのない大きな剣を背負っています。たしかリオは我らが騎士団で支給されている剣よりも良質な剣を持っていたはずです」


「敵の戦利品が気に入ったんだろう。別にどんな武器を持とうが戦いに勝てれば文句はないさ」


「か、髪が金髪になっていたのは? 」


「そうか? 前とあまり変わらない気がするがな」


「で、では、たまにですが語尾にですわ・・・などといったおかしな口調で話すようになったのは・・・」


「まあ、あいつも貴族の娘だ。背伸びして大人びた口調を試してみたいこともあるだろうさ。おかしいなんて思わず、温かい目で見てやればいい」



次々と騎士がリオの変あるいは不審な点を上げていく。


この数日間で彼がリオを見て感じたことだ。


今、この場にいるのは彼だけであるが他の騎士達も同様のことを思っていることでもある。


つまり、多くの騎士達がリオの様子がおかしくなっていると感じているのだ。


しかし、バハはどれも気にする素振りもなく、大したことでないように扱った。



(これだけ言ってもおかしいとは思わない!? なぜ・・・いや、そうか。この人はそういう人だ)



騎士は納得する。


バハという人間は、自分をより良く見せることに関心を向ける分、他人への関心が低い。


元のリオの性格や普段の立ち振る舞いを把握していないため、今のリオと比較して変化していることをに気づかないのだ。


リオとは一度だけではなく、数回も顔を合わせている。


そのことを踏まえれば、彼の他人への関心の低さを窺い知れよう。


残酷なことだがリオから憧れの対象とされていることには気づいているものの、バハは彼女に少しも興味が無いのだ。



「俺としてはそんなことよりも、この計画で大いに役立ってくれるならば文句はない」



話は終わりだと言わんばかりに、バハは騎士の言葉を待つことなく言い放った。


リオもジャンクフィールド解体計画に参加していた。


当初の予定では、リオはこの計画からは外す予定であった。


前のジャックフィールドへの派兵では生還したとはいえ、死にかけたと言ってもいい。


リオはレオニルア王国でも名門のナイトブレイド家の出身。


次期当主ではないにせよナイトブレイド家からすれば、大事な娘を死地に追いやったとして関係が悪くなったことは言うまでもないだろう。


バハとしては、これ以上ナイトブレイド家との関係を悪化させたくはなかった。


だが、リオは志願してきたのだ。


しかも、自らナイトブレイド家を説得したうえで。


リオは、万が一なことが起こったとしてもバハに責任は一切及ばないよう働きかけたのである。


そうまでしたのであれば、バハとしてはリオの志願を断る理由がなかった。



「健気なことじゃないか。名誉挽回のために自分の家を説得してくるなんてのはさ。その心意気に免じて、俺はもう許しているよ。奴の失態をさ」


「は、はぁ・・・」


「なに心配はいらんよ。すべて上手くいく。今の俺は神に愛されていると言ってもいいほどにな」


「・・・そうですね。信じましょう。全てが上手くいくことを。では、失礼します」



騎士は馬車の扉を閉めて去って行った。


馬車の中にはバハ一人のみ。



「そうさ。全て上手くいく・・・俺が直接出向いて指揮するなんてこと以外は、上手くいっているんだよ」



バハは懐からガラスの小瓶を取り出す。


彼の手のひらの上にあるガラスの小瓶は一見して香水入れのよう。


霧状の紫に色めいた物質が中に納められている。



「ククク・・・ハハハハハハ! 」



そのガラスの小瓶を見つめながらバハは笑い声を上げた。


それは召使いと名乗る者からもらったもの。


見た目の通りに、ただの香水というわけではない。


それは魔物召喚具と呼ばれているもので、使用することで中に封印されている魔物を召喚、使役することが出来る。


バハが笑い声を上げたのは、この魔物召喚具を見て召使いのことを思い出したからだ。


生還したリオからは、アイブックスの娘と彼女を救出してであろう人物を殺害したこと、自分以外の隊の騎士が死んだことが主な報告内容であった。


それ以外に、戦いに黒づくめの男が乱入し、その男も殺害したとの報告もあった。


男は魔物を使役したり、人を悍ましい化け物に変化させる技を持っていたという。


報告を聞いた他の騎士達は皆、そんな者がいるのかと信じられないといった反応であった。


しかし、バハ一人だけは、そのようなことが可能である人物に心当たりがあった。


その日以来、バハの前にその人物が姿を現すことはなかった。


バハは確信した。


その殺害した黒づくめの男こそ召使いであると。


何故、指示を出していないにも関わらず、ジャンクフィールドへと向かったかは、バハにとっても分からない。


なかなかの強者であるはずの召使いがどのようにして倒されたかの報告もなく定かではない。


バハにとっては分からないことだらけであった。


にも関わらず、バハはその報告を聞いた後、一人になったところで笑い声を上げていた。


今しているような大きな笑い声を。



「すべて思い通りだ! 俺の計画を邪魔をした奴らも! これから邪魔になるやつも消えた! 俺の勝だ! 絶対的勝利だ! 」



バハは召使いと協力関係にあった。


しかし、彼が出世するうえで召使いという存在と協力関係にあるというのはデメリットであった。


召使いは魔物を使役する術を持っていたり、人をグウルという化け物に変える術を持つおぞましい存在だ。


そのような者と協力関係であったことを知られれば、バハは国家反逆罪で罰せられることだろう。


故に、バハはいずれは召使いを始末するつもりであった。


つまり、バハにとっては召使いはもう用済みであったのだ。


それが数日前に始末の指示を誰に出すまでもなく死んだという。


バハにとっては、大いに好都合なことであったのだ。


先ほど彼は、リオがジャンクフィールド解体計画に志願したことで彼女を許したと言っていたが嘘である。


この報告があったからこそ、彼はリオを許したのだ。


もしこの召使いが死亡したという報告がなければ、バハは自分に責任が及ばない手段でリオに対して罰を与えていたことだろう。


それほど、バハにとって召使いが死亡したことは喜ばしいことであったのだ。



「ククク、これは神が俺に大貴族になれと言っているに違いない」



上機嫌な様子のバハ。


しばらくは、彼の上がり切った口角が元に戻ることはなかった。


このときがバハにとっての人生の絶頂であったに違いないだろう。


そして、その絶頂がこれからも続いていくことをバハは少しも疑うことはなかった。


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