第33話 強敵現る


 「あーもう! マジうざったい! 」


離れたところから、バンディッドの苛立った声が聞こえてくる。


チラリとそちらの方へ目を向けると、彼女はバサバサと激しく翼を羽ばたかせながら空を飛んでいた。


[怪物化]のスキルを使用しており、銀蝙蝠の魔物の姿のままだ。


巨体ながら、その飛行速度は[怪人化]の時と負けず劣らずかなりのもの。


そんな彼女の背後には、大型の蟷螂の魔物。


[怪物化]したバンディッドと同じくらいの巨体を持り、長く半透明の翼を羽ばたかせ飛んでいる。


なかなかの速度で飛んでいるのだが、バンディッドの方が僅かに速い。


だが、バンディッドは蟷螂の魔物に背後を取られ続けており、なかなか攻撃を仕掛けられないでいるようだ。


何故そのような劣勢が続くかと言えば、恐らくは蟷螂の魔物の脅威的な反応速度が起因しているのだろう。


少しでもバンディッドが攻撃の姿勢に移ろうとすれば、蟷螂の魔物は即座に前足の鎌を構える。


それから、バンディッドが間合いに入るや否や構えていた鎌を振り回すのだ。


鎌の振りの速さは、いつ振り始めたのか分からないほどのもの。


いくらバンディッドが速く飛べようとも瞬間的な速さで言えば蟷螂の魔物の方に軍配が上がる。


それを理解しているからこそ、バンディッドは蟷螂の魔物から逃げ続けているのだろう。


並大抵のことでは、この状況を打開することは出来ない。


出来ることなら援護してやりたいのだが、俺もビショップもその余裕はない。


バンディッドから自分の正面へと視線を戻す。


そこにはうつ伏せで倒れているリオと、その傍に立つ黒づくめの男。


自身を召使いと名乗った男だ。


片手で自身の身の丈ほどの刀身を持つ剣を持つ。


大剣と呼ぶことにしよう。


召使いは、その大剣で地龍怪人の自分を大きく吹き飛ばして見せた人物。


彼の攻撃を受けたところは、まだじんじんと痛みが残っており、かなりの怪力の持ち主だ。


さらに状況からすれば、あの蟷螂の魔物を操っているのは、この人物に違いない。


得体は知れないが、かなりの実力者であるのは間違いないはずだ。


油断は出来ない。


俺の隣に立つビショップも同じ気持ちのようだ。


いつでも魔法スキルを放てるよう構えつつ、召使いから視線を外す素振りは見られない。



「ヒッヒッヒッ! 」



警戒する俺達をあざ笑うかのように、召使いは笑い声を上げた。


顔は見えないので、実際に笑顔かは不明だ。



「いいのですか? こちらに来なくて。この娘に何らかのスキルを使おうとしたようですが」



お前がいるから行けるわけがないだろ!


と、心の中で叫ぶ。


口に出せるほど、今は余裕がない。



「ククク、ではお先に失礼させていただきますよ」



何をするつもりなのか召使いは大剣を地面に突き刺すと、ゴソゴソと服の中から何かを取り出し、それをリオの首筋に当てた。


手のひらに収まるくらいのサイズの赤い球のようなものだ。


遠目からかつ、すぐに見えなくなったので、それくらいしか分からなかった。


消えた?


召使いの手が首筋から離れると、赤い球のようなものは消えてしまった。


いや、わざわざ首筋に当てたということはリオの体の中に入れたっていうのか?


俺の[因子付与]のように。


何か嫌な予感がする。



「なっ!? 何をした? 私に一体何を! 」



リオは慌てた様子で、自分の首筋に手を当てる。


変化は見られない?



「うっ! うぎぎぎぎ!! な、なにこれ!? 」



いや、リオの様子が変だ。



「あがががが!! い、いやいやいやあああああああ!! 」



リオの体が赤く光りだしと思えば、モクモクと赤い霧に包まれた。


その霧は徐々に膨張し、破裂するかのように掻き消えた



「グアアアアアア!! 」



晴れた霧から現れたのは赤い巨体の化け物。



「グウル! 」



その化け物を見た瞬間、俺の口から出たのはその名前。


赤い巨体の化け物は、グウルと似た見た目をしていた。


というかほぼ同じ見た目である。


違うのは、体の大きさが二メートルくらいであるのと、左右の腕の先端が白く剣のような突起であること。


そして、頭部に髪の毛があることだ。


髪の色は明るめの茶色。



「くそっ、やられた! 」



いきなりグウルが現れたということではない。


召使いによって、リオはグウルにされたのだ。


リオは性格はクソだったが、見た目は可愛らしい女の子であった。


それが今は、筋肉がむき出しになったようなグロイ姿となってしまったのだからむごい。


可哀想だがリオグウルと呼ぶことにしよう。


それにしても、この召使いという奴は魔物も操れるし、人をグウルにも変えることが出来るのか。


バハの味方のようだが、リオは知らなかったみたいだし、一体何者なんだろうか。



「ククク、これでちょうど良いバランスになりましたね! 」


「お!? いつの間に! 」



召使いが急に目の前に現れ、片手に持った大剣を振り下ろしてきた。


俺は左右の腕を頭上で交差することで、召使いの大剣を受け止める。



「サタトロン様! 」



ビショップが俺の援護をしようとするが、



「グアアアアアア!! 」



リオもといリオグウルがビショップ目掛けて走り出す。



「くっ! 邪魔を! 」



ビショップが火炎魔法を幾度も放つがリオグウルは止まらない。


接近されては不利になると、ビショップは迫るリオグウルの反対方向へと下がっていく。


すなわち、俺からどんどん離れていってしまう。



「殺すなよ! 絶対に殺すなよおおおおおお! 」



大声でビショップにそう言いつけるだけで精一杯だった。


グウル化ヘッドスキンを倒した後、瀕死の状態ではあったのだが生きていたのだ。


グウルとなったリオもまだ生きてる判定であると思う。


つまり、[因子付与]はまだ出来るはずだ。


一回やろうと思ったのだ。


何が何でもやり切らないとスッキリしないものだ。



「まだ諦めていない・・・か。ククク、一体何をするつもりだったのやら」



目の前の召使いが何事が言い出した。


その声に必死さなどは見られない。


俺は必死だというのに。


この振り下ろされた大剣を押し返そうと必死だというのに。


しかし、大剣は上がる素振りすら見られない。


地龍怪人でパワー負けだと?



「これで三対三。使役されし者は使役されし者同士。使役者は使役者同士。さあ、一騎打ちを楽しみましょう」



こいつの言っている通り、俺、ビショップ、バンディッドはそれぞれ別の相手と戦う状況になってしまった。


しかも、俺達全員劣勢気味だ。


まずい、非常にまずいことになった。


さっきまでは超余裕で思い通りに進んでいたのに。


全部、この召使いとかいう奴のせいだ。


絶対に許さん。





 「お前は一体なんなんだよ! 」



召使いの大剣を地龍怪人になり、硬質な岩のように鎧化した腕で弾き飛ばす。


斬られて血が出るようなことはないのだが、大剣の刃に触れる度に痛みが走る。


単純に召使いの力が強いのだろう。


小細工をしてきそうな見た目のくせに。



「召使い。今はそうしか答えるつもりはありません」


「じゃあ、勝ったら教えてもらおうか! 」


「ヒッヒッヒッ! それが出来ますかな? 」



召使いに向けて拳を突き出す。


だが、その拳は空を切るのみで召使いには触れることもない。


召使いの攻撃は重く、大剣は巨大な見た目に相応しくかなりの重量があるようだ。


そんな武器を持っているにも関わらず、召使いの動きは軽快だ。


こちらの攻撃が当たる気がしない。


しかし、あいつの攻撃は俺に当たる。


完全に劣勢だ。


このままでは、いずれ痛みに耐え切れずに大勢を崩すかして致命的なダメージを負うことになるだろう。


出来れば、援護をもらいたいところだがチラッと見た感じ、ビショップもバンディッドも苦戦しているようだ。


きっと彼女達も俺と同じく援護を必要としているに違いない。


一人でやるしかない。



「この程度ですか? あなたという人は」



大剣を振り回し、俺の攻撃を躱しながらも召使いには喋る余裕があるようだ。


なんか煽るようなことを言ってくる。


言い返すような余裕は無いので返事はしない。



「試練と判断したのですが、拍子抜けですな」


「試練? 」



変なことを言ってきたので、思わず返事をしてしまった。



「そう、試練ですとも。我々は大業を成そうとしている。苦難の道です。一つ一つの試練を乗り越え、それを糧とし、日々精進せねばなりません」


「殊勝なことだ。だが、傲慢だ。俺はお前達ごときのちっぽけな夢の途中経過になんぞなるつもりはない」


「ちっぽけと思いなりますか。さぞご立派な業をお持ちのようで」


「聞きたいか? 」


「いえ、聞く必要はありません。この戦いで、その業の大きさを測らせていただきましょう」



そう口にした途端、召使いの攻撃が苛烈になる。


まるで木の枝でも振り回すかのように、軽々と大剣を振り回してくる。


凄まじい攻撃速度に加えて、一撃一撃もしっかりと重い。


この召使いの猛攻に、俺は攻撃をする暇がなくなり腕を交差したままの防御の構えをし続けることになった。


ようやく本気を出したと言うことだろうか。


さらにどうしようもなくなってしまい、正直泣きたい気分だ。



「[大打撃]」



さらに追い打ちをかけるかのごとく、召使いはスキルを使ってくる。


大打撃。


地龍怪人の俺も使える威力の高い打撃攻撃を繰り出すスキルだ。


俺はパンチに使っているのだが、この時の召使いは突進に使用するらしい。


肩を突き出した姿勢で、勢いよくこちらに向かってくる



「ぐっ! 」



召使いの突進を俺は交差した腕で受け止める。


腕に激痛が走ると同時に、視界が暗くぼやけたように見えた。


どうやら眩暈めまいを起こしたらしい。


足にも力が入らず、よたよたと後ろへと下がっていってしまう。


まずい。


このままでは倒れてしまう。


そうはいかないと俺は気合で眩暈を吹き飛ばし、足に力を込めて踏ん張った。


なんとか後ろへ倒れこむことはなかった。


ホッと息を吐きたいところだが、まだ早い。



「[ヘビースラッシュ]」



召使いは俺の目の前にいた。


さらに、スキルを使用したようだ。


しかも、俺の知らないやつ。


今、召使いは上半身を横に捻りながら、片手に持った大剣を振りかぶっている体勢だ。


その体勢から想像できる次の動作は、横の薙ぎ払い。


ただの大剣の薙ぎ払いではなく、スキルによるものだ。


ヘビー?なんて名前がついていたから、きっと重いというか威力が高いスキルなのかもしれない。


防御するのはマズイかも。


即座にそう判断すると、俺は自分が出せる限界の速さでしゃがみこんだ。


間一髪。


俺の頭のスレスレのところを召使いの大剣が通り過ぎた。


少しでもしゃがむのが遅ければ、いくら地龍怪人の体が硬くても切り裂かれていたことだろう。


リオが使っていた[スラッシュ]とは比べほどにもない威力があったに違いない。


大技は躱したがまだ安心は出来ない。


俺は召使いとの距離を取るために、彼から背を向けて走り出す。



「まだまだこれから。あなたもそうなのでしょう? 」



クルリと召使いに向き直る。


少し離れた場所の召使いは、肩に大剣を担いで立っているのみ。


距離を取る俺に追撃をしてこなかったのだ。


俺を倒すなんてのは余裕とでも言いたいのか。


それとも、警戒して迂闊に手を出してこないのか。


後者だとしたら厄介極まりない。


召使いを倒すには、まずはこちらもスキルを使わなければいけないと俺は考えている。


悔しいことに腕力、速度、技量のどれもが召使いより俺の方が劣っている。


正攻法では勝ち目がない。


だから、確実に当てる必要があるし、一撃必殺の威力を出す必要がある。


要するに召使いの意表を突くことが、俺のこの戦いの勝利条件ということだ。


警戒されている中で、この条件を達成するのは至難の業だと思うのだがやるしかない。



「さてね。ただ、この戦闘・・・いや、試練だったか? ぬるい試練にはならないことだけは覚悟してもらおうか」



なんか言い返さないのは、どうにも負けた感じがしてきたので強がりを言ってみた。


言ってみたのだが、どうにも情けない気持ちになった。


何が情けないかといえば自分で言っておいて、この戦いは俺にとってもキツイ試練でもあるからだ。


言わなきゃよかった。


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